絶望の鈴音(りんね)~夢幻の牢獄と僕と……~

華音 楓

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十五回目

第38話

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——————今日は20✕✕年8月5日の朝です!!朝です!!起きるのです!!——————

 ……
 なんで僕は愛理を……

 そう思った瞬間、僕の中で何かが揺り戻される気がした。
 その途端押し寄せる、後悔の念と、懺悔。
 そして大切な愛理を殺してしまった自分への嫌悪感。
 そのすべてがごちゃまぜになって、胃の中からいろいろなものがせり上がってきた。
 その場に全てぶちまけてしまい、それでもまだ止まることは知らない。
 僕の身体がおかしくなってしまったんじゃないのかって思えるほど、吐き続ける。

 何とか近場にあったゴミ箱を手に出来たことが幸いだった。
 吐き気が収まると、そう思わざるを得なかった。
 それだけ今もまだ気持ち悪さでいっぱいだった。

 いったい僕の中で何があったんだ。
 自分自身も傷つけた……
 家族も……ルリも殺した……
 そして、愛理まで……
 どうしてこんなことになったんだ……
 どうして……

 いまだ心の整理がつかないまま、僕はうっすらと日が差し込んでいるカーテンを開ける。
 窓からは、夏の日差しが部屋に一気に入り込み、新しい一日を予感させる。
 さすがに吐き出したすえた臭いがさらに気持ち悪さを助長するため、僕は窓を全開にした。
 外からは生温い湿気を含んだ風が、部屋に入り込む。
 すえた臭いよりはましだけど、やはり不快感は不快感だ。

 もしかして僕は呑まれていたのか?
 サイコパスな犯人を考えすぎて、僕もまたそっちに引っ張られる?
 いや、さすがに非現実的すぎる……
 感化されたのにも程がある。
 この死んだら元に戻る世界に、完全に汚染されたのかもしれない。
 くそ、人の命はそこまで安くないはずなのに……

コンコンコン
 
「お兄ちゃん……大丈夫?体調悪いの?」

 僕の状況を察してか、ルリが心配そうに声をかけてくれる。
 それだけで僕は泣きそうになってきた。
 きっと僕はこの関係さえも、何も感じなくなってしまっていたのかもしれない……

「ごめんルリ、心配かけたね……僕は大丈夫だから……大丈夫……だから……」

 僕はルリの気遣いに、とめどない涙が溢れる。
 いままで止まっていた感情があふれ出るかのように。

 ひとしきり泣き切った僕は、少しだけ気持ちが晴れた気がした。

 それから窓から顔を出すと、夏の朝独特の空気が感じられる。
 それが嫌な気持ちもせず、ただただこの日が尊く感じる。
 めいっぱい深呼吸をすると、とても晴れやかな気分になる。

 窓の外では通勤中の車や、犬の散歩をする人、ランニングをする人。
 それぞれの人が、それぞれの人生を謳歌していた。
 僕はそれがうらやましくてたまらなかった。

 なぜなら、僕は……またこの日にやってくるから。
 前の世界の人々は、僕の死の先の人生を歩んでいるはずだ。
 でもそこに僕は居ない……
 それがたまらなく寂しく感じてしまう。

 家の塀には黒猫が居座る。
 日向ぼっこが気持ちいいのか、大きなあくびをしてる。
 そこだけがまた特別な空間だとでも言いたげだ。


 それから僕は一階に移動する。
 いつも通りに父さんは新聞を読んでいる。
 母さんは食事の支度。
 ルリは少し音程がズレた鼻歌交じりで、ご機嫌に髪の毛を梳かしている。
 これが僕の家族の一日の始まり。
 僕の大切な家族だ。

「おはよう悠一……どうしたんだその顔……まあいい、とりあえず顔を洗ってきなさい。」
「はい……」

 父さんが一瞬だけ顔を合わせると、すぐに洗面所へ行くように僕に促す。
 その答えは鏡を見てすぐにわかった。
 瞼が物凄く腫れていた。
 そりゃあれだけ泣いていれば、これもうなずける。
 僕はすぐにタオルを水で濡らし、目にあてがう。
 少しでも腫れが引くといいんだけど。

 数分当てていると、少しはましになったようで人に会うには十分じゃないだろうか。
 ルリもまだ心配そうにしている。
 なんだか悪い気がしてきたな。

「もう大丈夫なようね。だったら食事にしましょう。ルリ、手伝ってちょうだい」
「はぁ~い」

 母さんは僕の顔を見るなり、少し安心した様子で笑みを浮かべていた。
 ルリもどうやら少し安心したみたいだ。
 母さんからの手伝い命令もご機嫌で請け負っている。
 普段だったら、少し面倒臭そうにするのにね。

 それから程なくして、朝食が準備された。
 いつもと同じメニュー。
 それが僕にとってありがたいことだ。
 だからこそ僕は、このありがたい一日を護りたい。
 犯人なんかに負けたくないと思えた。

——————臨時ニュースです。昨夜○○県✕✕市の路上で、男性の遺体が発見されました。状況から殺人とみて警察が捜査を開始した模様です。詳細については……——————

 食事を終えると、いつものようにニュースが流れる。
 朝から警察も動き、サイレンがひっきりなしに聞こえてくる。
 それが犯人を追いかけてなのか、取り締まりのものなのかは分からない。
 ただ、たくさんの警察が動いていることは間違いなく思える。

「それにしても怖いよな。」
「ほんとだよね。でも安心して、お兄ちゃんは私が護るから!!」

 ルリはそう言うと、空手の型の様な動きをする。
 なんとも頼もしい妹だ事。

「いや、それはうれしいんだけど、せめて広い場所でやろうな?」
「あ、ごめんなさい」

 そう言ってルリは少し縮こまっていた。
 でもその表情は明るく、舌を軽く見せて笑みを浮かべるだけ、余裕が有るんだろうな。

「それでも二人とも、気を付けて学校に行くんだぞ?」
「そうね、絶対に変な人について行っちゃだめよ?」

 どうやらこの両親にしてこの子有りだ。
 僕の心配症は両親譲りだったらしいね。
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