七海のグラデーション

七海 司

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オガミ部の活動日誌

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 三珠学園では誰でも人を呪うことができる。
 冗談のようなキャッチコピー。けれども、左手に浮かび上がった青と赤の寄生虫のような刻印を見ると笑えなかった。
 どうやら、誰かの怨みを買ったらしい。
 誰が何のために? 俺は何かしたのか。心がざわつき、焦りだけが降り積もっていく。
 授業に集中できない。パラパラと意味もなく教科書のページを捲る。
 ふわりと窓から秋風が入り、芳香を運んできた。紗奈が好んで使う制汗剤のようだと思い、ふと紗奈のことが気になってしまう。
 チラリと後ろを振り向くと紗奈が愛くるしく微笑みながら、「前を向け」と指差してくる。
 突如、腹痛に襲われた。内臓を鷲掴みにして捻られるようなギリギリとした痛みが声を奪う。
「先生 柾君が!」
 保健委員の凪さんが先生に知らせ、保健室まで肩を貸してくれた。



 保健室の天井を眺めていると唐突に声をかけられた。
「やあやあ。君かね、呪われた後輩というのは」
 扇子で仰ぎながら3年生が入ってきた。
 三白眼に左腕には無数の切り傷。
 やばい人が来た。
「思ったよりも元気そうで結構。結構。おっと自己紹介がまだだったね。学園の呪いを一手に引き受けるオガミ部が部長。尾上迅だ。覚えておきたまえ」
 一息に散らかった思考のままに言いたいことを言い切った。
 無遠慮にベッドの端に腰を下ろしたかと思うと、淑女対するように恭しく、しっとりと右手を取られた。気持ち悪い。
「二色の呪いとはこれまた珍しい。相当複雑な感情で呪いをかけられたものだね」
「二色の呪い? 刻印は一色なのですか?」
 「常識だよ君。呪いとは感情の発露だ。呪った人物の感情に呼応した色が刻印に反映される。一年生だ。この尾上が教えてあげよう。なに礼など気にしなくていい」
「呪いは解けるのですか」
「待ちたまえ。呪いを解くには情報を整理して社様へ返上する必要があるのだよ」
「社様?」
「君の呪いを代行した神様だ。呪う方法は、おいおい教えよう。今は解く方が優先だ」
 胡散臭いなコイツという思いを飲み込むためにこくりと頷いて見せた。
「知りたいことは、4つあるのだよ」
 一つ一つ指を折りながら勿体つけて語る。

 症状
 トリガー
 動機
 呪術師の名前

「君を呪った犯人に心当たりはあるかね」
「ないです。人から怨みを買うほど人付き合いはしていないので」
 我ながら言い切って恥ずかしい。
「ふむ。質問を変えよう。3日以内に君の手に触れた人物は誰かね」
「幼馴染の紗奈と保健委員の凪さんが衛生チェックの時に……」
「ではどちらかが犯人だろう。まあ、動機は自分の胸に手を当てて考えてみたまえ」
 ここ数日の行動を思い返しても恨まれる要素は思い当たらない。紗奈とは、家で本を読み耽るくらいには仲良しだ。凪さんとは隣の席という以外に関わりが無い。
「先輩、トリガーって何ですか」
「トリガーとは発動条件とも言える。君が特定の行動をした時に定められた呪いが降りかかるのだよ」
 呪いなんてオカルトじみているが、実態は約束事に従う機械的な物プログラムだと思った。
「教科書を捲ったら腹が痛くなりましたし」
「トリガーはそれか。残りは、誰が呪ったか」
「保健委員の凪さんだと思います」
 紗奈が呪うなんてことは無い。ただの希望的観測だと分かっていながらも口にする。
「ふむ。言い切るなら、呪詛返しを試してみようか」
「呪詛返し?」
「見ていたまえ。社様に返上して呪いは無くなるはずだ」



 四方を校舎に囲まれた中庭。聳え立つ校舎が夕陽を遮り、陰鬱な雰囲気の植物が茂っている。
 来るな。と場所そのものが人を拒んでいるようだ。
 そんな陰鬱の中心に社はあった。思っていたものよりも小さくて粗末だった。
 それでも社の前だけは雑草が抜かれて整備されている。定期的に誰かが参拝をしているのだ。
「さて、呪詛返しをしようじゃないか」
 道中で説明された通りの礼法に乗っ取り宣言する。
「凪より下された、捲ることで起こる腹痛の呪い。返上いたします」
 風が止み、梢のざわめきも消えた。時が止まったように動くものがなにもない。
 無音の闇に声が溶けていく。
 二色の刻印は変わらずにこびりついたままだった。
「凪より」
「やめたまえ。失敗だ。何かが間違っているようだ。呪いの三要素は全てが揃わないと返上できないのだよ」
 何が間違っているというのだ。容疑者は実質一人でトリガーも確定しているじゃないか。この胡散臭い先輩を信じるべきではなかったのか。
「ここまで絞り込めているのにありえない。前提を間違えているのか」
 当の先輩は、忙しなく扇子を広げたり閉じたりを繰り返しながら、熟考しているようだ。
「情報を改めて得よう。明日の昼休みに紗奈さんと凪さんに話を聞く場をセッティングしたまえ。場所は、オガミ部の部室を使ってくれて構わない」


 オガミ部部室。
 折り畳み式の長机とパイプイスがあるだけで殺風景だ。
「もっとこう藁人形的なもので散らかっていると思ってたよ」
 いつもよりも饒舌に紗奈は喋る。
「紗奈の部屋じゃないんだから」
 ひどーい。と言いながら頬を膨らませ怒りをアピールしてくる。
「よくきてくれた。学園の呪いを一手に引き受けるオガミ部が部長の尾上だ」
 前口上は尾上のお気に入りなのかもしれない。
「困ったことに行き詰まった。そこで第三者視点として彼について教えてほしい」
「頼む。このままだと本が読めないし、勉強も手につかない」
「しょうがないなぁ。柾は私がいないとダメなんだから」
 どこか嬉しそうに微笑みながら引き受けてくれた。
「分かっていることは3つ。呪いは腹痛。トリガーはページを捲る。容疑者は二人」
「えっ?! そんなはずは」
 呪いの効果を聞いた紗奈が狼狽し出した。
「何を知っているのか教えたまえ」
「柾は昔から、人の気持ちに無頓着すぎるから」
「そんなことはない」
 人の嫌がることはしないように心がけている。悪口も言わないし、嫌がらせもしない。
「お家デートの時に一人でずっと本を読んでいたのはだーれーかーなー」
「痛い痛い」
 力強くガンガンと脇腹を突かれる。紗奈の動きに合わせて揺れた髪からリンゴの芳香が鼻腔をくすぐる。昔から紗奈は、本気で怒った時は物理的手段に訴えてくる。
「っあ」
 身体の内側から来る痛み。腸内で熊が爪研ぎをしているようだ。
「ふむ。呪いのようだね。トリガーはひょっとして別なのか」
「え? え? ページを捲る音を聞いていないのに?!」
「それ、よりも、腹痛を何とかしてくれ」
「我慢していてくれたまえ。もう少しで全容が掴めそうだからね」
 この男は……
「柾、大丈夫?」
 くの字に折り曲げた背中を、優しく摩ってくれる。撫でられるたびに痛みが増していく。
「ふむ。近づくと痛みが増すようだね。
 ああ。なるほど、だから二色で容疑者が二人か」
 音を立てながら扇子を開き、口元を隠した。まるで能楽のようだ。
「万全とは言い難いが、キーワードは、出揃った。今度こそ、呪い解きなぞときといこうか」
 準備があるからと言い残して、尾上はどこかへ行ってしまった。

 腹痛も柔らぎ、思考力も戻って来た。
「柾、まだ休んでいた方がいいんじゃない?」
 心配そうに顔を覗き込んでくる紗奈の瞳を見つめ返す。紗奈に近づくと痛みが増し、離れると落ち着く。凪さんに近づかれた時は、こんなことはなかった。
 だから、たどりつけてしまった。
「違ってほしいと思っていた。けれども、俺を呪ったのは紗奈、君なんだね」



 尾上に呼び出され、俺と紗奈、凪は社の前に来ていた。
 まるで探偵の推理ショー直前のような緊張感がある。
「やあやあ、お揃いで。これから君にかけられた呪いを解いてあげよう」
 三白眼で、睨め付けられるとまるで容疑者の一人になった気分だ。
 そんな俺への態度とは打って変わって、凪さんへは、初めましてなんて言いながら笑顔を浮かべて、軽い握手を交わす。
「紗奈さんの呪いは、本人が解き明かすのが筋だ。君が自力で辿り着きたまえ」
「そんな」
 探偵役は俺だった。
「呪いというのは、感情の発露だ。その時の気持ちによって色が決まるのだよ」
「混ざり得ない複雑な気持ち……」
「複雑な気持ちなら、色味もまた、ごちゃ混ぜになっているものだよ」
「混ざらない時点で特異性がある」
「ならば何故、混ざらないのか、答えたまえ」
「知るかそんなも……まてよ、容疑者は二人……二色は混ざらない。感情と色の相関」
「同じ人を見ても、見た者が違えば抱く思いは異なるものだ」
 ああ、そうか。二色とはそういうことか。整合性はとれる。が、信じたくない。どちらにせよ凪さんに動機はない。ならば
「第3の容疑者は……」
「役者は揃っている。次の質問だ。トリガーは何かね」
「ページを捲ること」
「捲ると何が起こるのかね」
「そんなの腹痛に決まっている」
「ふむ。実証しようではないか」
 言い終わるよりも早く、メモ帳を取り出しパラパラとページを捲りやがった。
 ふわりとリンゴの芳香が緊迫した空気に紛れ込んでくる。
「紗奈の匂い……っ」
 遅れてやってくる腹痛。
「理解できたかね」
 言いたいことは分かった。だが、やり方が乱暴すぎる。
 パンと尾上が柏手を打つとリンゴの匂いも腹痛も消えた。
「話は変わらないが、プルースト効果というものを知っているかね」
「私知ってる。香りを嗅ぐと記憶が呼び起こされるっていうやつだよね」
「そういえば、確かに……なら、香りで紗奈を思い出すのが呪い?」
「ご明察。それこそが第一の呪いの正体だ。そうだね? 紗奈さん」
「信じたくないって顔しないでよ。私だって怒ることはあるんだから」
「何で」
「お家デートの時、私を忘れてずっと本を読んでたでしょ。なら本を捲る度に私を思い出させようと思ったの。お家デートで放置されるって寂しいんだよ」
「第一の呪いはトリガー、動機、術者。呪詛返しには十分な情報が集まった。返されるか、解くか。選びたまえ」
「うー。解く。解き方はこっそり伝えるから」
「ふむ。信じよう」
 日は傾きだし、血のように赤い陽光が裏庭に差し込んできた。
「さて、第二の呪いだが話をしてくれるかい、凪さん」
「推理小説ではないのですから、話すわけないじゃないですか」
 尾上は、閉じた扇子を左手首に押し当て鋭く引いた。
 流れ落ちる赤い血液が血の雫となってポタポタと水たまりを作り上げる。
「偽りを刃と成し、痛みで呪わん」
「先輩何を」
「嘘をつく度に、傷口が開く呪いをかけた。質問に答えてくれるね」
 凪さんの手に刻印が浮かぶ。呪いが成立したんだ。
「だから、さっき握手してたんだ」
 紗奈は身震いしながら左手を摩っている。
 さあ、質問したまえと促される。
「トリガーは、匂いを嗅ぐことで間違いないね」
 気づけば、ずっと腹痛の前には紗奈の香りがしていた。
「そうよ。何なら呪いの効果も教えてあげるわ。痛みの正体は生理痛よ。どう? これで満足?」
「肝心の動機は?」
「誰でもよかったのよ。必要とされていない時間が怖いのよ。だから、傷ついている奴が必要だっただけよ」
「代理ミュンヒハウゼン症候群か……同情の余地はない。オガミ部が部長として、拝み屋として職責を遂行する。
 腹痛の呪い、全て返させていただこう」
「待って」
 二人の気持ちを否定する気にはなれなかった。



「本当に誰でも良かったの?」
 嘘だと感じた。
「そうよ。悪い?」
 手首が切れた痛みで凪さんの顔が歪む。
「本当に優しくしたかったのは、誰?」
「踏み込んでこないでよ!」
「踏み込まなければ、君を救えない。紗奈と同じで寂しかったんでしょ。痛かったんでしょ」
 凪さんを救おうなど、ただの見栄だ。二度と誰かの寂しさを見過ごすなんてごめんだ。
「なんで、何で役立たずの私に優しくするのよ! 役立たずは優しくされちゃいけないの」
「優しくするのに有能無能は関係ないよ」
「ずるいわよ。そんな言葉」
 凪さんは唇をギュッと噛み俯いている。
「寂しかっただね。私も放置されて寂しかった」
 最後の言葉は俺を真正面から射抜き、力強く言い切った。
「ごめん。次は全力で構うから」
「そうしてね」
「ちょっと! この流れでいちゃつくのやめてもらえる? 話の中心は私でしょ?」
 紗奈に怒られる俺を見て、凪さんの毒気が抜けた気がした。
 パチン。と扇子を鳴らして尾上が場を取り仕切る。
「夜が来る前に呪いを返してしまいたいのだが、よいかね」
「もう、いいわ。この二人グダグダを見ていたらどうでも良くなったわ」
「二色の呪い。返上しよう」
 柏手からの破裂音が一つ。
 誰かの寂しさに気づかなかった昨日までの俺も呪いと共に消え去り、辺りには柏手の残響だけが残っていた。
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