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「いらっしゃい」

「こんにちはー、本日はお越し頂き有難うございます」


出迎えてくれたのは、正に美男美女のご夫婦。二人の手の中にはスヤスヤと小さな小さな赤子が眠る。その為にお二人とも声は抑えめだ。
私達はあの後移動をして、エル様の義弟夫妻であるゲイル様とマリー様の元へ訪れたのだ。
軽い挨拶を済ませて、促されるままに着席をした。

「遅くなってすまない。報せた通り、今日は婚約者も一緒だ」

「ロレッタ=キルフェットと申します。よろしくお願い致します」

「此方こそ。ゲイル=アンバートだ」

「妻のマリーです。で、この子達は此方が女の子のヒマワリ、そして男の子のリンドウです。仲良くして下さいね」

そう言うとお二人は、そおっと静かにゆっくりと手の中の宝物をベビーベッドへと下ろした。
どうやら深い眠りに付いている様でそのままスヤスヤと寝息を立てる子達を見て胸が苦しい位にキュンとなってしまう。

「なんて愛らしいのでしょう…。とてもお二人に似ていらっしゃるわ」

「ふふ、ありがとうございます。子どもはお好きですか?」

「実は、余り小さな子と触れ合ったりはしてこなかったのですが……どうやら好きなようです」

ずっと見ていられる。ぷにぷにとした頬っぺはとても柔らかそうだし、とんがった唇は愛らしい。尊い空間がここにはある。
周りに小さい子が居ないのもあるが、私は引きこもりを徹底していたので尚の事だ。
弟は居るが、弟が小さい時は私も小さかったので余り記憶が無い。

「起きたら怪獣になるのよ?でも、眠っているときは全て忘れられるんです」

そう言ってニコニコと笑うマリー様は母の顔をしている。私もいつか…、と思った所で思考を停止した。
まだそんな段階にも至っていないのだ。早とちりは良くない。

「身体は息災か?」

「はい、エルフィング様。まだ色々と大変では有りますがゲイルも居ますし、ファミーユ様にも本当に助けて頂いています」

「そうか、何よりだ」

暫く家族の会話に花が咲き、私もそれを微笑ましく見守る。本当に皆様仲が良いんだな。
そんな事を考えながら、先程ゲイル様が出してくれたお茶を一口含んだ。

「そういえば、アレン様はいらっしゃるのか?」

「あぁ、子供達の傍に」

ゲイル様が指差す方向にはベビーベッド以外私には何も見えなかったが、言われて見ればそこだけすっぽりと違和感の有る空間があった。

「アレン様、少し見て頂きたい物がありまして。宜しければお話しをさせて下さい」

エル様がその空間に語り掛けると、ぐるりと風が吹き、雪が舞い、しゅるしゅると集まると大きな雪色の狼がその姿を現した。

私はその美しい光景に息を飲み、目の前の事実に驚くばかりである。

『久方ぶりだのぅ。して、我に用が有るのだろう?』

低く、直接頭に響く声はぶるりと肌を震わせた。なんて美しいのだろう。
自分が今どんな顔をしているか分からない。初めて会えた大きな美しい精霊に視線は釘付けだ。

『ほほぅ………、驚かぬか。珍しい反応をするのだな、エルフィングの婚約者よ』

「多分凄く驚いていますよ、彼女は」

エル様にそう言われると自分が不躾な事をしているのにハッと気付き、頭を垂れる。
エル様に初めて会った時もそうだが、自分は驚き過ぎると挨拶を忘れるらしい。

「し、失礼致しました。お初にお目にかかります、ロレッタ=キルフェットと申します」

『良い、良い。堅苦しいのは苦手でのぅ。座るが良いぞ』

「ありがとうございます…、とてもお美しいのですね。声を出す事すら忘れてしまいました」

私は思ったままをするりと言葉にすると、アレン様と呼ばれた狼は一瞬キョトンとした。

『クックックッ、精霊とは総じてその様なものよ。頬を高揚させその様な事を言うものだから、まるで口説かれているのかと思うたわ。
アンバートに嫁ぐ者は変わり種ばかりで飽きぬ』

そしてそう言って、何故か大笑いされてしまう。
素直に言っただけなのだが、確かに誰かを口説く時に言いそうな言葉だった事に一瞬でボンッと恥ずかしさで真っ赤になると、皆様からの温かい微笑みにまた恥ずかしくなり居た堪れなくなってしまった。
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