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ハッピークリスマス
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困り眉。
12月26日。
の色鮮やかなイルミネーションの駅前広場は、多くのカップルで賑わっている。キラキラしたこの場所はそんなカップルでより一層煌めいていて、オタクで友達も少ない高校2年生の俺がこの場所にいるのは間違いだ。そんな錯覚に陥る。
だけど、それは違う。
空想のようにふわふわした出来事だと思ってしまうけど、駅の入り口から俺を見つけて駆け寄ってくる俺の彼女を見て、ネガティブな俺の考えはどこかに消え去った。
代りに俺は言葉では言い表せることができない幸福な感覚に全身が包まれている。
それと、困り眉。
俺と彼女であるゆゆは同じ高校の同級生で、俺はオタク。
ゆゆは学校の人気者。カーストの頂点にいるような、所謂陽キャ系人物だ。
黒髪でかわいくもあり奇麗でもある顔立ち、すらっとした体。
カーストトップほど明るくもなく、どちらかと言えば静かで、仕草だって可憐でカーストトップみたいな派手さはない。
ゆゆがカーストトップでいるのは、圧倒的な容姿と誰にも愛されるようなやさしさを持っているかだろう。
つまりは完璧超人みたいな人だ。そんなゆゆと付き合ってからもう3か月がたつ。
出会いは恐ろしいまでにありえないものだった。
夕暮れの図書館で昼寝をしている俺は目を開けると、ゆゆは俺を見つめていた。
その理由は今でもわからないけど、とにかく、寝起きの俺にゆゆは微笑んだのちに、ゲームをすることになった。
そのゲームの内容はサイコロの目が大きい方が小さい方の過去のことを聞くことができる。
きっかけ、というのは些細なことなのかもしれない。
それから俺たちは付き合いだしたけど、今でも夢のように感じる。
未だって遅れているのを知ったんだろうな。
ゆゆは困り眉で申し訳なさそうな目で駆け寄っている。俺が負い目を感じるべきだというのに。
そんなゆゆに恥ずかしいけど、手を振ると、待っていたカップルたちは俺とゆゆを交互に見るけどやがて興味を失ったのかまた会話を始める。
俺だって英字のプリントTシャツを着ているほど無頓着ではない。
ゆゆが素晴らしすぎるんだ。
風に舞う肩より下くらいの黒髪はサラサラだし、今時珍しく短めのスカートを履き、その下からは黒いタイツがこんばんはと言っている。
やはり慣れない。もう3か月が経ったというのに、ゆゆが彼女だという実感がない。
完璧すぎるんだ。だから大切すぎて触れたくても触れられない大事な宝物のよう。
俺は走らせたくないので走ってゆゆのもとへ向かう。
「ごめんね、待った?」
申し訳なさそうな表情をしているゆゆ。
「いや、今来たところ」
だというのに気の利いた言葉も出せない。これは性格なんだろうな。頭を勝ち割りたい。
「そっか...... なら、よかった!」
「うん」
微笑むゆゆにそれしか言えない。3か月付き合ってこれが初デートなんだ。
緊張でゆゆの顔がまともに見れないし、今後の予定だって考えてきたのにいうこともできない。
ただ目の前には女神がいて、ちょうどカメラのピントを奥の駅舎にずらしたように俺は駅を眺める。
そうやって駅舎を見ていても変わらないというのに、もう数秒見ているだろうか。
何をやっているんだ俺は......
ちょうどそんなことを考えていた時だ。
ぼやけていたゆゆの表情は困り眉から微笑みに変わっていた。
「アイス.....」
小声でそう呟いている。
『アイス』そんなワードをゆゆは頻繁に俺に言ってくる。
3か月経った今でもその意味は分からないし、聞いたところでむっとした表情になり教えてもくれない。
「アイス?」
「うん、アイスー!」
言葉の意味を知ってほしいように言うゆゆ。
だけど俺には全くわからない。アイスが食べたいわけでもないし、英語に変換したり、色々試した。だけど、わからない。
わからないけど、俺の緊張は完全に解けた。
教室にいる時、図書館にいるとき、下校するとき。普段接しているゆゆと認識できる。
「ごめん、やっぱまだわからないや」
そういうとあからさまにむっとした表情になるゆゆ。
「わかってほしいんだけどなぁ、今日は特に」
「ごめんね、頑張ってみるよ」
「じゃあ、出血大サービスです! 今日、私はアイスを何回も言ってあげましょー」
嬉しそうに手を後ろで組みながら言うゆゆ。ちょっと面倒だ、なんて言葉はいえるわけもなく。
「それだと、ゆゆに甚大ならぬ損が発生することに」
「あ、そうだね。だとしたら、うーん。羞恥サービスかな」
「え?」
予想外の発言に言葉に詰まった。羞恥? どういうことだ? 意味が分からない。
ゆゆがアイスはゆゆが恥ずかしい過去ということなのか、ということはこれはあのゲームの続きで......
そこまで考えて俺はゆゆを放置していることに気づく。
ゆゆはそんな酷い俺をただ上目遣いで覗き込むように見ていた。
そうなんだ、ゆゆは決して自分から行動することはない。
したのはゆゆが俺に告白したときだけ。
それ以外は俺がすべて決定してきた。
今だってそうだ。もう5分以上駅前で雑談しているカップルなんていないというのに、不甲斐ない俺が行動することをじっと待っていてくれている。
そう考えたら咄嗟に抱きしめたい感情が全身を巡ったが、傷つけたくない。
「ごめん! つい考えていた。というか、予定を考えてきたんだけど、俺の予定でいいかな? どこか行きたいところとかある?」
「全然大丈夫だよ。むしろ、嬉しいって感じだよ」
だから俺たちは駅前から続く木々のイルミネーションに照らされた道を歩いた。
クリスマスにカップルが何をするかわからなかった俺は、必死にネットで調べた結果、イルミネーションを楽しむというのがあったからだ。
最初はそんなのつまらないだろうとか思っていたが、イルミネーションに照らされながら恋人と歩くというのがおすすめされている理由が分かった。
大勢の人で賑わっている道は混雑している。だから時より体が接触するほどに距離が近くなる。
それに、普段は感じないゆゆもわかってしまう。
触れ合うたびに、ゆゆの白い頬が紅葉しているのがわかるし、びくっとしているゆゆもかわいいし、いつものように堂々としている様子はなく、ちょっと挙動不審なのもかわいい。
それもこれもこの雰囲気のせいだ。雰囲気というのは悪魔なんだ。
手を握りたい衝動に駆られる。
手を20㎝でも伸ばせば触れ合える距離。だというのに、俺はそれでも手を触ることができない。
大切すぎて怖いんだきっと。
そしてそんな俺の手を握りたい衝動を感じ取っているからか、ゆゆは急に黙りんでいる。
何か、話さなければ。
俺は必死に脳を回転させているが、いい話題が浮かんでこない。
浮かんでくるのは不埒な感情だけ。
俺ってやつは、そう考えながらゆゆをみる。
そんなゆゆは俺の視線に気づいたのか、ちらっと見るがやがて正面を向いてしまう。
ああ、やっぱり話題が必要だ。
「ゆゆって普段なにしてるの?」
何回聞いたかわからない質問。咄嗟に出た言葉はそれだった。
するとゆゆも笑い出す。
「アイス!」
笑いながらそういうゆゆだったが、かなり恥ずかしそうにしている。
やっぱり恥ずかしい過去なのか? 普段していることは友達と遊ぶ。これが?
「え? 今のがアイス?」
「そこまでは言わないよー」
ゆゆは続けて、
「むぅぅぅ。ばか!」
頬を膨らませていた。
解せぬ。
俺はそんなゆゆを注意深く観察する。特段変なところはない。
すれ違う人たちが二度見するであろう完璧な容姿をしている。それに、やっぱり性格だって神がかっている。
一体、友達と遊んでいるとき恥ずかしいことと、俺に何が関係しているのだろうか。
でも気になる。それが男友達だとしたら俺は今すぐ干からびてこの街の肥やしになる自信がある。
「それって男友達? その、アイス=羞恥サービス=恥ずかしい普段の生活=友達と遊んでいるところでしょ?」
俺がそういうと、ゆゆは怪訝そうな表情をしている。
「え?」
そして再び笑い出した。
「どこからそうなったのかなー! でも、違うよ。正解じゃありません!」
「え、それで友達は?」
するとクスっと笑い出す。なぜか嬉しそうに。
「女の子だよ」
その言葉を聞いた瞬間、全身の筋肉がなくなった感覚になった。
ぶっ倒れそうだ。安心したというやつ。
「そ、そか!」
「うん。アイスは友達のことじゃないけど、ちょっと嬉しかったかな」
後方にあるイルミネーションに照らされたゆゆの表情は少し恥ずかしそうで、でも嬉しそうで。もう何度目かわからないけど、あまりのかわいさに肩を掴んでキスしたい衝動に駆られていた。
ぷるんっとした唇が柔らかく、弧を描いている。しかも目の前にいるのは、ゆゆだ。
俺は手をゆゆの肩を掴んでいた。
「......」
ゆゆはびっくりしているのか不安そうな表情で俺を見ている。目も潤んでいるような気もする。
その瞬間、俺はようやく自らがしている愚行に気づく。
危なかった。どう考えてもゆゆは嫌がっている。まだそんな関係じゃないのだ。
俺は手を離すと、ゆゆも安心したのかホッとした表情をしていた。
気まずい沈黙が流れる。
「ごめん! 行こうか」
だから再び歩き始めると、粉雪が空から降りてきた。
一層ロマンチックな場になったこの道路からは『奇麗だね』そんな言葉が聞こえてくる。
「雪、だね」
俺はその言葉を以前、聞いたことがあった。
高校1年生の冬。
学校から家までの河原道を歩いていた時だ。
この地方では珍しく粉雪が舞い降りるほど寒い季節だというのに、ネックウォーマーを目の下限界までおおって、帽子を被ってはいるけど、薄着な人に出会ったことがある。
変人なそいつに関わりたくない俺は距離を開けて横を通り過ぎようと思ったが、俺が気になったようで声をかけてきた。
『雪、だね』
中学生くらいの男だと思っていたのに、可憐な声。そいつは女だった。
そいつは俺のことを自由人だと思っていたようで、『君はいいなー。私ね、本当はそんなに明るくないんだ』そんなことを言っていたか。
そしておそらく、そいつとゆゆは同一人物だ。
今思えばなんで気づかなかったんだろう。なんてことは生きていれば結構あることだ。
明らかに声も、目も、線の細さも似ていたというのに。
「お前は俺のストーカーか! さも知っているように答えるじゃないか」
するとゆゆは立ち止まる。
「やっと思い出してくれた」
向き合ったゆゆは相変わらずかわいいが、あの日の面影はある。
瞳は並行二重で、まつげが長いし、何より、笑った時の目の感じが同じだ。
「ごめん、でも学年カーストトップ集団のゆゆだとは思わなかったよ」
するとクスっと笑う。
「私ね、周りの人に合わせるのが苦手って言ったでしょ。楽しくないわけじゃないけど。だから、樹を学校でみたときなんて自由な人なんだって思ったんだ」
「それがアイス」
「うん! そう! 1年前、寒いというのに私の好きなアイスを買ってくれた。それからアイスのように、その、ね」
風で顔に髪がかからないように手で押さえているゆゆは微笑んでいたが、3か月ともに過ごしたゆゆとは違う微笑み。
「ごめんね、嫌いになったよね。黙っててごめん。でも、どうしても言いたくて。でも、言えなくて」
困り眉で申し訳なさそうにしているというのに、目からは今にも涙が流れそうだった。
困り眉でいる時が多い理由だったんだろう。
だが、
俺はゆゆのことが好きで過ごしてきた。
そして性格が多少違くなっても変わりわしない。ましてや、1年前の彼女と同じだったんだ。
変わるわけがない。俺はゆゆのことが好きだ。
俺はゆゆの手を握ると、近くのコンビニまで歩く。
途中、不安になっていたゆゆだったが近づくにつれて足取りは軽くなっていた。
「ゆゆ。ここでちょっと待ってて」
「うん......」
俺は少し寂しそうにしているゆゆにそういうと、急いでシロクマバーを2つ買い、店を出る。
店を出ると袋と俺を交互に見たゆゆはあのときのように元気がなかった。
だから俺はゆゆにシロクマバーを手渡す。
「1年前。ゆゆが落ち込んでいた時に、寒いというのに買ったシロクマバー。俺は馬鹿だよな」
ゆゆの瞳からは涙が流れている。ゆゆはそれを手で拭きながら、
「ううん。私、嬉しかった。通りすがりにすぎないのに、こんなにも優しくしてくれる人なんていない。そう思った」
シロクマバーを受け取ったゆゆは雪のように白く震えている。
俺はその瞬間、もう我慢ができなかった。
ゆゆの髪からは甘い香りと、柔軟剤の匂いがする。
それに柔らかい感触が俺を包み込む。
目と鼻の先にはゆゆの顔があるというのに、俺はゆゆの顔を見ることができる。
においとか感触で不埒な感情も湧いてこない。ただ、そこにあるのはゆゆの潤んだ瞳。
その瞳は潤んでいるというのに驚いている様で、
「え?」
「俺はゆゆが好きだ。大好きだ」
初めて言った言葉。自分が傷つかないようにしていた言葉。
言ってしまえば消えてしまうから。
でも、言わなければ伝わらない。失いたくない。
「好きだ。1年前のゆゆだろうと、今のゆゆだろうと関係ない。だから」
ゆゆの唇へと近づける。拒む様子はない。
俺はそのまま唇を重ねた。暖かく、やわらかい。
永遠に味わっていたい感触も、やがては終わる。
再びゆゆの雪のように白い肌が見えたとき、ゆゆは微笑んでいた。
「やっぱりアイス! 大好き」
12月26日。
の色鮮やかなイルミネーションの駅前広場は、多くのカップルで賑わっている。キラキラしたこの場所はそんなカップルでより一層煌めいていて、オタクで友達も少ない高校2年生の俺がこの場所にいるのは間違いだ。そんな錯覚に陥る。
だけど、それは違う。
空想のようにふわふわした出来事だと思ってしまうけど、駅の入り口から俺を見つけて駆け寄ってくる俺の彼女を見て、ネガティブな俺の考えはどこかに消え去った。
代りに俺は言葉では言い表せることができない幸福な感覚に全身が包まれている。
それと、困り眉。
俺と彼女であるゆゆは同じ高校の同級生で、俺はオタク。
ゆゆは学校の人気者。カーストの頂点にいるような、所謂陽キャ系人物だ。
黒髪でかわいくもあり奇麗でもある顔立ち、すらっとした体。
カーストトップほど明るくもなく、どちらかと言えば静かで、仕草だって可憐でカーストトップみたいな派手さはない。
ゆゆがカーストトップでいるのは、圧倒的な容姿と誰にも愛されるようなやさしさを持っているかだろう。
つまりは完璧超人みたいな人だ。そんなゆゆと付き合ってからもう3か月がたつ。
出会いは恐ろしいまでにありえないものだった。
夕暮れの図書館で昼寝をしている俺は目を開けると、ゆゆは俺を見つめていた。
その理由は今でもわからないけど、とにかく、寝起きの俺にゆゆは微笑んだのちに、ゲームをすることになった。
そのゲームの内容はサイコロの目が大きい方が小さい方の過去のことを聞くことができる。
きっかけ、というのは些細なことなのかもしれない。
それから俺たちは付き合いだしたけど、今でも夢のように感じる。
未だって遅れているのを知ったんだろうな。
ゆゆは困り眉で申し訳なさそうな目で駆け寄っている。俺が負い目を感じるべきだというのに。
そんなゆゆに恥ずかしいけど、手を振ると、待っていたカップルたちは俺とゆゆを交互に見るけどやがて興味を失ったのかまた会話を始める。
俺だって英字のプリントTシャツを着ているほど無頓着ではない。
ゆゆが素晴らしすぎるんだ。
風に舞う肩より下くらいの黒髪はサラサラだし、今時珍しく短めのスカートを履き、その下からは黒いタイツがこんばんはと言っている。
やはり慣れない。もう3か月が経ったというのに、ゆゆが彼女だという実感がない。
完璧すぎるんだ。だから大切すぎて触れたくても触れられない大事な宝物のよう。
俺は走らせたくないので走ってゆゆのもとへ向かう。
「ごめんね、待った?」
申し訳なさそうな表情をしているゆゆ。
「いや、今来たところ」
だというのに気の利いた言葉も出せない。これは性格なんだろうな。頭を勝ち割りたい。
「そっか...... なら、よかった!」
「うん」
微笑むゆゆにそれしか言えない。3か月付き合ってこれが初デートなんだ。
緊張でゆゆの顔がまともに見れないし、今後の予定だって考えてきたのにいうこともできない。
ただ目の前には女神がいて、ちょうどカメラのピントを奥の駅舎にずらしたように俺は駅を眺める。
そうやって駅舎を見ていても変わらないというのに、もう数秒見ているだろうか。
何をやっているんだ俺は......
ちょうどそんなことを考えていた時だ。
ぼやけていたゆゆの表情は困り眉から微笑みに変わっていた。
「アイス.....」
小声でそう呟いている。
『アイス』そんなワードをゆゆは頻繁に俺に言ってくる。
3か月経った今でもその意味は分からないし、聞いたところでむっとした表情になり教えてもくれない。
「アイス?」
「うん、アイスー!」
言葉の意味を知ってほしいように言うゆゆ。
だけど俺には全くわからない。アイスが食べたいわけでもないし、英語に変換したり、色々試した。だけど、わからない。
わからないけど、俺の緊張は完全に解けた。
教室にいる時、図書館にいるとき、下校するとき。普段接しているゆゆと認識できる。
「ごめん、やっぱまだわからないや」
そういうとあからさまにむっとした表情になるゆゆ。
「わかってほしいんだけどなぁ、今日は特に」
「ごめんね、頑張ってみるよ」
「じゃあ、出血大サービスです! 今日、私はアイスを何回も言ってあげましょー」
嬉しそうに手を後ろで組みながら言うゆゆ。ちょっと面倒だ、なんて言葉はいえるわけもなく。
「それだと、ゆゆに甚大ならぬ損が発生することに」
「あ、そうだね。だとしたら、うーん。羞恥サービスかな」
「え?」
予想外の発言に言葉に詰まった。羞恥? どういうことだ? 意味が分からない。
ゆゆがアイスはゆゆが恥ずかしい過去ということなのか、ということはこれはあのゲームの続きで......
そこまで考えて俺はゆゆを放置していることに気づく。
ゆゆはそんな酷い俺をただ上目遣いで覗き込むように見ていた。
そうなんだ、ゆゆは決して自分から行動することはない。
したのはゆゆが俺に告白したときだけ。
それ以外は俺がすべて決定してきた。
今だってそうだ。もう5分以上駅前で雑談しているカップルなんていないというのに、不甲斐ない俺が行動することをじっと待っていてくれている。
そう考えたら咄嗟に抱きしめたい感情が全身を巡ったが、傷つけたくない。
「ごめん! つい考えていた。というか、予定を考えてきたんだけど、俺の予定でいいかな? どこか行きたいところとかある?」
「全然大丈夫だよ。むしろ、嬉しいって感じだよ」
だから俺たちは駅前から続く木々のイルミネーションに照らされた道を歩いた。
クリスマスにカップルが何をするかわからなかった俺は、必死にネットで調べた結果、イルミネーションを楽しむというのがあったからだ。
最初はそんなのつまらないだろうとか思っていたが、イルミネーションに照らされながら恋人と歩くというのがおすすめされている理由が分かった。
大勢の人で賑わっている道は混雑している。だから時より体が接触するほどに距離が近くなる。
それに、普段は感じないゆゆもわかってしまう。
触れ合うたびに、ゆゆの白い頬が紅葉しているのがわかるし、びくっとしているゆゆもかわいいし、いつものように堂々としている様子はなく、ちょっと挙動不審なのもかわいい。
それもこれもこの雰囲気のせいだ。雰囲気というのは悪魔なんだ。
手を握りたい衝動に駆られる。
手を20㎝でも伸ばせば触れ合える距離。だというのに、俺はそれでも手を触ることができない。
大切すぎて怖いんだきっと。
そしてそんな俺の手を握りたい衝動を感じ取っているからか、ゆゆは急に黙りんでいる。
何か、話さなければ。
俺は必死に脳を回転させているが、いい話題が浮かんでこない。
浮かんでくるのは不埒な感情だけ。
俺ってやつは、そう考えながらゆゆをみる。
そんなゆゆは俺の視線に気づいたのか、ちらっと見るがやがて正面を向いてしまう。
ああ、やっぱり話題が必要だ。
「ゆゆって普段なにしてるの?」
何回聞いたかわからない質問。咄嗟に出た言葉はそれだった。
するとゆゆも笑い出す。
「アイス!」
笑いながらそういうゆゆだったが、かなり恥ずかしそうにしている。
やっぱり恥ずかしい過去なのか? 普段していることは友達と遊ぶ。これが?
「え? 今のがアイス?」
「そこまでは言わないよー」
ゆゆは続けて、
「むぅぅぅ。ばか!」
頬を膨らませていた。
解せぬ。
俺はそんなゆゆを注意深く観察する。特段変なところはない。
すれ違う人たちが二度見するであろう完璧な容姿をしている。それに、やっぱり性格だって神がかっている。
一体、友達と遊んでいるとき恥ずかしいことと、俺に何が関係しているのだろうか。
でも気になる。それが男友達だとしたら俺は今すぐ干からびてこの街の肥やしになる自信がある。
「それって男友達? その、アイス=羞恥サービス=恥ずかしい普段の生活=友達と遊んでいるところでしょ?」
俺がそういうと、ゆゆは怪訝そうな表情をしている。
「え?」
そして再び笑い出した。
「どこからそうなったのかなー! でも、違うよ。正解じゃありません!」
「え、それで友達は?」
するとクスっと笑い出す。なぜか嬉しそうに。
「女の子だよ」
その言葉を聞いた瞬間、全身の筋肉がなくなった感覚になった。
ぶっ倒れそうだ。安心したというやつ。
「そ、そか!」
「うん。アイスは友達のことじゃないけど、ちょっと嬉しかったかな」
後方にあるイルミネーションに照らされたゆゆの表情は少し恥ずかしそうで、でも嬉しそうで。もう何度目かわからないけど、あまりのかわいさに肩を掴んでキスしたい衝動に駆られていた。
ぷるんっとした唇が柔らかく、弧を描いている。しかも目の前にいるのは、ゆゆだ。
俺は手をゆゆの肩を掴んでいた。
「......」
ゆゆはびっくりしているのか不安そうな表情で俺を見ている。目も潤んでいるような気もする。
その瞬間、俺はようやく自らがしている愚行に気づく。
危なかった。どう考えてもゆゆは嫌がっている。まだそんな関係じゃないのだ。
俺は手を離すと、ゆゆも安心したのかホッとした表情をしていた。
気まずい沈黙が流れる。
「ごめん! 行こうか」
だから再び歩き始めると、粉雪が空から降りてきた。
一層ロマンチックな場になったこの道路からは『奇麗だね』そんな言葉が聞こえてくる。
「雪、だね」
俺はその言葉を以前、聞いたことがあった。
高校1年生の冬。
学校から家までの河原道を歩いていた時だ。
この地方では珍しく粉雪が舞い降りるほど寒い季節だというのに、ネックウォーマーを目の下限界までおおって、帽子を被ってはいるけど、薄着な人に出会ったことがある。
変人なそいつに関わりたくない俺は距離を開けて横を通り過ぎようと思ったが、俺が気になったようで声をかけてきた。
『雪、だね』
中学生くらいの男だと思っていたのに、可憐な声。そいつは女だった。
そいつは俺のことを自由人だと思っていたようで、『君はいいなー。私ね、本当はそんなに明るくないんだ』そんなことを言っていたか。
そしておそらく、そいつとゆゆは同一人物だ。
今思えばなんで気づかなかったんだろう。なんてことは生きていれば結構あることだ。
明らかに声も、目も、線の細さも似ていたというのに。
「お前は俺のストーカーか! さも知っているように答えるじゃないか」
するとゆゆは立ち止まる。
「やっと思い出してくれた」
向き合ったゆゆは相変わらずかわいいが、あの日の面影はある。
瞳は並行二重で、まつげが長いし、何より、笑った時の目の感じが同じだ。
「ごめん、でも学年カーストトップ集団のゆゆだとは思わなかったよ」
するとクスっと笑う。
「私ね、周りの人に合わせるのが苦手って言ったでしょ。楽しくないわけじゃないけど。だから、樹を学校でみたときなんて自由な人なんだって思ったんだ」
「それがアイス」
「うん! そう! 1年前、寒いというのに私の好きなアイスを買ってくれた。それからアイスのように、その、ね」
風で顔に髪がかからないように手で押さえているゆゆは微笑んでいたが、3か月ともに過ごしたゆゆとは違う微笑み。
「ごめんね、嫌いになったよね。黙っててごめん。でも、どうしても言いたくて。でも、言えなくて」
困り眉で申し訳なさそうにしているというのに、目からは今にも涙が流れそうだった。
困り眉でいる時が多い理由だったんだろう。
だが、
俺はゆゆのことが好きで過ごしてきた。
そして性格が多少違くなっても変わりわしない。ましてや、1年前の彼女と同じだったんだ。
変わるわけがない。俺はゆゆのことが好きだ。
俺はゆゆの手を握ると、近くのコンビニまで歩く。
途中、不安になっていたゆゆだったが近づくにつれて足取りは軽くなっていた。
「ゆゆ。ここでちょっと待ってて」
「うん......」
俺は少し寂しそうにしているゆゆにそういうと、急いでシロクマバーを2つ買い、店を出る。
店を出ると袋と俺を交互に見たゆゆはあのときのように元気がなかった。
だから俺はゆゆにシロクマバーを手渡す。
「1年前。ゆゆが落ち込んでいた時に、寒いというのに買ったシロクマバー。俺は馬鹿だよな」
ゆゆの瞳からは涙が流れている。ゆゆはそれを手で拭きながら、
「ううん。私、嬉しかった。通りすがりにすぎないのに、こんなにも優しくしてくれる人なんていない。そう思った」
シロクマバーを受け取ったゆゆは雪のように白く震えている。
俺はその瞬間、もう我慢ができなかった。
ゆゆの髪からは甘い香りと、柔軟剤の匂いがする。
それに柔らかい感触が俺を包み込む。
目と鼻の先にはゆゆの顔があるというのに、俺はゆゆの顔を見ることができる。
においとか感触で不埒な感情も湧いてこない。ただ、そこにあるのはゆゆの潤んだ瞳。
その瞳は潤んでいるというのに驚いている様で、
「え?」
「俺はゆゆが好きだ。大好きだ」
初めて言った言葉。自分が傷つかないようにしていた言葉。
言ってしまえば消えてしまうから。
でも、言わなければ伝わらない。失いたくない。
「好きだ。1年前のゆゆだろうと、今のゆゆだろうと関係ない。だから」
ゆゆの唇へと近づける。拒む様子はない。
俺はそのまま唇を重ねた。暖かく、やわらかい。
永遠に味わっていたい感触も、やがては終わる。
再びゆゆの雪のように白い肌が見えたとき、ゆゆは微笑んでいた。
「やっぱりアイス! 大好き」
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