一途な執愛に囚われて

樋口萌

文字の大きさ
9 / 34
戸惑い

七話 下

しおりを挟む
七話  下





 次の日。蓮は「音楽に集中したいから用事がない場合は極力部屋に来るなよ」と念を押しておいた。けれど、晴に「こもってばかりいるとますます顔色悪くなるよ」と前髪を掻きわけられ、撫でられた。
 触れられただけでドキッとする胸の鼓動に悲しくなってくる。わかっていてわざと触れてくる晴も、そんなことで喜んでしまう自分にも嫌気がさす。
 怒った蓮は「勝手にしろ」と吐き捨てるとほとんど部屋に閉じこもった。昼と夕食を一緒に食べる以外の会話をしなくなった。
 家に住むようになった晴はうちにいても勉強している。てっきり部屋の中で勉強するものだと思っていた。けれど晴は部屋が気に入らなかったのか、リビングでノートを広げ、ペンを動かしていた。勉強用ではないけれど、それなりに大きい机を部屋に置いた。見る限りあれではできなかったのか、ただ単に気に食わなかったのかどっちかだろう。
 問題なのは、水分を取りに行くのに顔を合わせてしまうのが嫌だ。本当は毎日だって顔を見たい。勉強している姿を眺めていたい。けれどそれで嫌な思いはしてほしくない。不快になるだろうな、と塞ぎ込みながら何度か足を運んでいる。
 自分からは極力話しかけないようにしていたが、流石に家でも勉強する真面目な大学なのかと好奇心に負けてしまう。
「おまえそんなに勉強してるけど、どこの大学行ってんだ?」
「東京大学の法学部だよ」 
「と、東大の、法学部⁉︎」
「一応弁護士目指してるから」
「弁護士…。昔から頭良かったからな」
「兄さんもそこそこ良かったでしょ」
「そこそこだよ。なんで弁護士目指してるんだ?」
「……弱い人を助けるためだよ。心当たりあるんじゃない?」
「は? どういう…」
 蓮は投げやりな言い方に思わず喧嘩腰で問い詰めようとした。けれど、目すら合わせない晴の態度に言葉を失う。すぐに自分のせいで被害にあったからだと悟る。それでも必死に勉強して実現しようとしている姿は前向きで、自分がより小さくみえた。
 黙り込んだ蓮に気をつかったのか、晴が咳をする。
「まぁ法律は知っておくと便利だから。いつか法律そのものを作ったり変えたりもしたいし」
「……おまえはほんとすげぇな。そう思えることってなかなかできるものじゃねぇし…なによりその心が一番大事だったりするし」
「そうだろうね。てか、なんか詩人くさ」
 晴はそう言って少し笑ってくれた。それだけで嬉しい。できれば笑って過ごしてほしいと思う反面自分がそばにいる限りありえないんだろうな、と渇いた喉を鳴らした。
「ははっ」
「嘘だよ。ありがと、嬉しいよ」
 晴は小さい声でそう呟くと勉強用にかけている眼鏡を整え、再び机に向かった。
 これ以上の会話は勉強の邪魔になるなと蓮は思い、自分の部屋に戻った。
 
 晴には仕方がなく猫の部屋にしていた場所を貸すことになった。せっかく掃除までして綺麗にしたけれど、意味なかったようだと落ち込む。さらにやりきれない負い目に頭をもたげていた。
(やっぱり俺のせいだったか)
 蓮は深いため息を吐きながらベッドに寝転んでいた。「法律は知っておくと便利だから」と言った晴の横顔が少し辛そうだったのを見て、ズキズキと胸が痛んだ。
 マスコミが押し込んできたり、必要以上の電話がかかってきたのかもしれない。もしかしたらと想像しないことができなかった。それゆえ対象法として法律が有効になったのかもしれない。実際弁護士を雇って対処したのかもしれない。それで身を守ることを学び、目指したのだろうか。
 晴の考えていることが、わからない。
 明らかに俺のせいであるような気がして辛い。迷惑かけたのもそうだが、どうして生き方を貶されなければいけないのかわからなかった。
 同じ人同士。赤色の血が流れているはずの人。けれど差別されている時点で同じ土俵の上には立っていない。
「…曲、作れない」
 それは蓮が憔悴しょうすいしているもう一つの原因だった。
 晴が家にきてから全く新曲が作れなくなってしまった。歌を続けていることが罪悪感に苛まれて指が止まってしまう。監視されているような目線。憎悪のような瞳でピアノを見た。歌う声ですら震えてしまってうまくできない。まるでお前に罪の意識はないのかと問われているようで恐ろしい。なにより生き方を否定されているようで立ってられなくなる。
 それでも俺にはもうこれしか残ってないのに、取り上げないで、と叫ぶ俺がいる。どれだけ罪を被ってもいい。歌だけはやめてくれ。そうじゃないと生きていけない。
 俺が晴を好きだと伝える唯一の方法を消さないでくれ。
「……この苦しさを表現したいんだけどな」
 葛藤かっとうする。表現していいものか。晴には迷惑かけたくない。かけたくはないが、歌いたい。それしか自分に表現できるものはない。他に伝える方法を知らないからだ。
 蓮は歌おうとするものの、結局口を閉じてしまい、眉を寄せて悩む。すると、みゃ~と鳴き声をあげながら愛猫が顔を舐めてきた。
「あはっ、くすぐったいって、ハルちゃん。大丈夫、今日は泣いてないよ」
 そう言ってもハルちゃんは舐めるのをやめなかった。
 
 ハル。元は捨て猫で、三年くらい前で家の帰り道にダンボールに捨ててあったのを見て、ほっとけなかった俺が拾ってきた。その日は雨が降っていたから余計に自分と重なってみえた。
 茶色のような毛の猫だった。とりあえずの名前だけでもと思い、晴にしようかと道中考えていた。けれど流石にそれは女々しいなと思い、わからないようにハルとカタガナ表記でどっちでもいけるような名前にしようと思い至った。わからないようにって自分に言い訳しているみたいだと自分の執着心に嫌になる。震えている仔猫を抱きながらエレベーターに乗る。急いで家の鍵を開けた。さっそく浴室へと行き、シャワーで汚れを落としたらびっくり。
 仔猫は、白一色のマンチカンだった。
 どうやら、捨てられた理由らしきものは目がオッドアイだからとネットで叩かれていた。その気味の悪さと聴覚障害を持つ猫のようだ。そんなことで捨てる飼い主をぶん殴ってやろうかと蓮はスマホを思い切りソファに投げた。
 タオルである程度優しく乾かす。風呂場でも多少暴れられたが、今はなんとか落ち着いている様子だった。それからドライヤーで温度と音を調整して三十分が経った。音に驚いていたのかびくびく怯えている。逃げ出そうともして大変だった。けれど真っ白のふわふあ状態ができ、思わず抱きついてしまう。
 あたたかくて、きもちがいい。
 元から毛並みがいいのだろう。髪の毛とはまた違って、クッションよりも柔らかく、綿毛のような繊細さに、ここに一生住みたいという誘惑に負けるほどだった。
「やべ~すげぇいい」
 声に反応したのかみーっみーっと鳴く。そういえば餌がない。ソファーに寝かせ、急いで冷蔵庫を開く。とりあえず、ミルクでもと温かくした牛乳を与えた。
「今日はこれで我慢してくれ。明日買ってきてやるからな」
 そう言いながら頭を撫でた。ぺろぺろと一生懸命に飲んでいるのを見るとお腹が空いて鳴いていたんだとわかる。
 さて、名前をどうしようか。蓮はハルにしようと思っていたが、まさかこんな真っ白とは思わず似合う名前を考えていた。しろ、は無難すぎるし、ユキもな…。
 白くて小さいもの。鈴蘭で、すず、はどうかな。
「なぁ、おまえ名前何がいい? すずとかよくないか?」
 じっとこちらを見つめる仔猫。オッドアイで白という神秘性に、やはり相応ふさわしい名じゃないと満足しないかと考える。それに男か女かもわからない。一度病院に連れていかないといけない。
「あ~もう! ハルから離れろよ、俺は」
 自分の欲求に直球すぎる。いないからってこいつで埋めわせするなんて最低だ。
 頭を悩ませながら唸っているとみーみーと鳴き始めた。鳴きながらよじ登ってくる仔猫。
「ハル…?」
 まさかと思い、もう一度名前を呼んでみる。みーっと今度ははっきりと鳴いた。それが笑っているように見えて、蓮は釣られて笑ってしまった。
 聴覚障害なんかもっていない。ちゃんとこの子は聴こえている。
 じわりと胸にあたたかいものが溢れだす。
 蓮はそっと仔猫を抱きしめた。
「かわいいやつだな、おまえ」
 いい飼い主探してやるからな、と蓮は楽しそうに仔猫の世話をし始めた。
 ところが、障害を持つ猫はお金もかかり、稀少な猫であっても飼う人は少ないらしい。イクミにも相談して色々手を尽くしてみたが、結局そのうち情が湧いた俺がそのまま飼うことになった。このマンションはペット禁止でもなければ、最上階の俺のところに苦情もないだろうと最適だった。一番の飼う決め手となったのは淋しさをこいつで埋められると思ったからだった。
 そして病院で女の子というのがわかり、「ハルちゃん」と呼ぶようになった。
 
「ハルちゃん、今日も一緒に寝るか?」
 自分でもスイーツ並みに甘いと思うような声で猫に問う。するとみゃーっと返事のように鳴いた。
 以前は別々で寝ていたが、部屋は今あいつが使っているため自分の部屋にいる。
 ピアノやギターそれから猫が破りそうな歌詞の書いた紙。そういったものが置いてあるため別々にしてあった。けれど今日からより気をつけないと愛猫も楽器たちも傷つけてしまう。仕事モードの時は流石にリビングにいてもらうようにしている。けれど勝手にくるんだろう、と不安を完全には消し去れなかった。
「あいつ、いつまで住むつもりなんだと思う?」
 猫と会話するように話しかける。当然言葉のわからない猫はなにもせず横になっている俺の隣で丸くなっていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

染まらない花

煙々茸
BL
――六年前、突然兄弟が増えた。 その中で、四歳年上のあなたに恋をした。 戸籍上では兄だったとしても、 俺の中では赤の他人で、 好きになった人。 かわいくて、綺麗で、優しくて、 その辺にいる女より魅力的に映る。 どんなにライバルがいても、 あなたが他の色に染まることはない。

転生したら魔王の息子だった。しかも出来損ないの方の…

月乃
BL
あぁ、やっとあの地獄から抜け出せた… 転生したと気づいてそう思った。 今世は周りの人も優しく友達もできた。 それもこれも弟があの日動いてくれたからだ。 前世と違ってとても優しく、俺のことを大切にしてくれる弟。 前世と違って…?いいや、前世はひとりぼっちだった。仲良くなれたと思ったらいつの間にかいなくなってしまった。俺に近づいたら消える、そんな噂がたって近づいてくる人は誰もいなかった。 しかも、両親は高校生の頃に亡くなっていた。 俺はこの幸せをなくならせたくない。 そう思っていた…

有能課長のあり得ない秘密

みなみ ゆうき
BL
地方の支社から本社の有能課長のプロジェクトチームに配属された男は、ある日ミーティングルームで課長のとんでもない姿を目撃してしまう。 しかもそれを見てしまったことが課長にバレて、何故か男のほうが弱味を握られたかのようにいいなりになるはめに……。

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

【完結】エデンの住処

社菘
BL
親の再婚で義兄弟になった弟と、ある日二人で過ちを犯した。 それ以来逃げるように実家を出た椿由利は実家や弟との接触を避けて8年が経ち、モデルとして自立した道を進んでいた。 ある雑誌の専属モデルに抜擢された由利は今をときめく若手の売れっ子カメラマン・YURIと出会い、最悪な過去が蘇る。 『彼』と出会ったことで由利の楽園は脅かされ、地獄へと変わると思ったのだが……。 「兄さん、僕のオメガになって」 由利とYURI、義兄と義弟。 重すぎる義弟の愛に振り回される由利の運命の行く末は―― 執着系義弟α×不憫系義兄α 義弟の愛は、楽園にも似た俺の住処になるのだろうか? ◎表紙は装丁cafe様より︎︎𓂃⟡.·

平穏なβ人生の終わりの始まりについて(完結)

ビスケット
BL
アルファ、ベータ、オメガの三つの性が存在するこの世界では、αこそがヒエラルキーの頂点に立つ。オメガは生まれついて庇護欲を誘う儚げな美しさの容姿と、αと番うという性質を持つ特権的な存在であった。そんな世界で、その他大勢といった雑なくくりの存在、ベータ。 希少な彼らと違って、取り立ててドラマチックなことも起きず、普通に出会い恋をして平々凡々な人生を送る。希少な者と、そうでない者、彼らの間には目に見えない壁が存在し、交わらないまま世界は回っていく。 そんな世界に生を受け、平凡上等を胸に普通に生きてきたβの男、山岸守28歳。淡々と努力を重ね、それなりに高スペックになりながらも、地味に埋もれるのはβの宿命と割り切っている。 しかしそんな男の日常が脆くも崩れようとしていた・・・

おすすめのマッサージ屋を紹介したら後輩の様子がおかしい件

ひきこ
BL
名ばかり管理職で疲労困憊の山口は、偶然見つけたマッサージ店で、長年諦めていたどうやっても改善しない体調不良が改善した。 せっかくなので後輩を連れて行ったらどうやら様子がおかしくて、もう行くなって言ってくる。 クールだったはずがいつのまにか世話焼いてしまう年下敬語後輩Dom × (自分が世話を焼いてるつもりの)脳筋系天然先輩Sub がわちゃわちゃする話。 『加減を知らない初心者Domがグイグイ懐いてくる』と同じ世界で地続きのお話です。 (全く別の話なのでどちらも単体で読んでいただけます) https://www.alphapolis.co.jp/novel/21582922/922916390 サブタイトルに◆がついているものは後輩視点です。 同人誌版と同じ表紙に差し替えました。 表紙イラスト:浴槽つぼカルビ様(X@shabuuma11 )ありがとうございます!

処理中です...