6 / 42
第二章 星と天御門家
星と双子の兄
しおりを挟む
まどろみの中で、星は夢を見ていた。
ひどく懐かしい、けれど同時に辛くて悲しい場所。故郷である和国のことだ。
海に浮かぶ島国である和国には、様々な陰陽師たちが存在している。
天御門家は優れた封印術を使い、秘かに守っている。天御門家初代が和国を呪わんとした凶悪なあやかしを封印したことから始まった一族だ。あやかしが放つ呪いの力は強力で、祓うことができなかったため、特殊な封印術で封印したのだ。以降、天御門家の陰陽師たちは『呪封師』と秘かに呼ばれるようになっていく。だが呪封師の存在が明らかになると、封印してきた呪いが世に放たれる可能性があったため、呪封師の名と力は天御門家にのみ秘かに受け継がれていった。
天御門家当主の家に待望の跡継ぎが生まれたのは、真夜中のことだった。
数日間の難産の末に生まれた子は、男女の双子だった。双子は天御門家一門にとって破滅の象徴である。
「天御門家に双子はいらぬ。妹のほうを……消せ」
天御門家当主は自らの娘を死なせるという非情な決断をした。
誰ひとり反対できぬ中で、双子を産んだ母だけは、夫である当主の足元にすがりついた。
「わたくしはまもなく天に召されます。あなたの妻を哀れと思うならば、どうか娘を生かしてくださいませ」
最後の言葉を遺し、母は静かに息を引き取った。
妻の遺言を無視できなかった天御門家当主は、双子の妹を別宅で秘かに育てることとした。情が移っては困るからか、娘に名前さえつけてやらずに。
一方双子の兄は、「優」という名を与えられ、天御門家の跡継ぎとして大切に育てられていった。
***
「星、また夜空を見ているのかい?」
「まぁ、兄様。来てくださったのですか?」
星は夜空に輝く星々を眺めるのが好きな娘だった。
いつも星ばかり見ているので、兄の優が「星」と呼ぶようになったほどだ。
「兄様って呼ぶのは止めておくれ。あと敬語もね。僕と星は双子なんだから。二人きりのときは、名前で呼ぶ約束だろう?」
「そうだったわ、優。でもね、時には『兄様』って呼ばせてほしいな」
父と母の愛を知らずに生きてきた星にとって、甘えられるのは双子の兄である優だけだ。優も妹が愛情を欲しがっていることを誰より知っていた。優を「兄様」と呼ぶことは、星にとって家族の証しのように思えるのだ。
「いいよ。時には兄様って呼んでも」
「ありがとう。お空にいらっしゃるお母様に毎日語りかけているのよ」
秘かに育てられた星は、時折訪ねてくる兄の優だけが世界のすべてだった。
双子の兄の優は妹を慈しみ、陰陽師の知識や術を教え、土産として書物や菓子を運んでくれた。
「星は覚えるのが早いなぁ。僕より優秀だよ」
「優が教えるのが上手いのよ」
「おだてても今日の書物はこれだけだぞ」
「わぁ、ありがとう。これって庸国の本?」
「そうだよ。海の向こうにある庸国はとても大きい国だそうだ。いつか行ってみたい。庸国なら、僕も星も気がねなく暮らせると思うし」
「私も行ってみたい……。優と一緒にどこまでも駆け回りたいわ」
いつか海の向こうに行けることを夢見て、優と星は庸国の言葉を学んだ。天御門家の跡継ぎになることが決まっている優には叶うはずもない夢だったが、庸国に憧れることが兄妹の生きる希望だったのだ。
閉ざされた館の中だけが星の生きる場所だったが、優がいてくれれば生きていける。いつかきっと優と共に庸国へ。決して叶うことはない夢と星も心の中では理解しているが、未来に夢と希望を抱かなくては生きていけないのもまた事実だった。
天御門家の当主になるべく厳しい修行と鍛錬に励む兄の優が、星のところへ来るのは日が暮れた夜だけだ。夜の星を眺めて気長に待っていれば、優がいつか会いに来てくれる。多忙な優が妹の暮らす別宅に来れなかったとしても、夜空を眺めるために顔を上に向けていれば、涙をこぼさなくてすむから──。
星の本当の思いを知っているのは、夜空に輝く星々だけだ。
ひどく懐かしい、けれど同時に辛くて悲しい場所。故郷である和国のことだ。
海に浮かぶ島国である和国には、様々な陰陽師たちが存在している。
天御門家は優れた封印術を使い、秘かに守っている。天御門家初代が和国を呪わんとした凶悪なあやかしを封印したことから始まった一族だ。あやかしが放つ呪いの力は強力で、祓うことができなかったため、特殊な封印術で封印したのだ。以降、天御門家の陰陽師たちは『呪封師』と秘かに呼ばれるようになっていく。だが呪封師の存在が明らかになると、封印してきた呪いが世に放たれる可能性があったため、呪封師の名と力は天御門家にのみ秘かに受け継がれていった。
天御門家当主の家に待望の跡継ぎが生まれたのは、真夜中のことだった。
数日間の難産の末に生まれた子は、男女の双子だった。双子は天御門家一門にとって破滅の象徴である。
「天御門家に双子はいらぬ。妹のほうを……消せ」
天御門家当主は自らの娘を死なせるという非情な決断をした。
誰ひとり反対できぬ中で、双子を産んだ母だけは、夫である当主の足元にすがりついた。
「わたくしはまもなく天に召されます。あなたの妻を哀れと思うならば、どうか娘を生かしてくださいませ」
最後の言葉を遺し、母は静かに息を引き取った。
妻の遺言を無視できなかった天御門家当主は、双子の妹を別宅で秘かに育てることとした。情が移っては困るからか、娘に名前さえつけてやらずに。
一方双子の兄は、「優」という名を与えられ、天御門家の跡継ぎとして大切に育てられていった。
***
「星、また夜空を見ているのかい?」
「まぁ、兄様。来てくださったのですか?」
星は夜空に輝く星々を眺めるのが好きな娘だった。
いつも星ばかり見ているので、兄の優が「星」と呼ぶようになったほどだ。
「兄様って呼ぶのは止めておくれ。あと敬語もね。僕と星は双子なんだから。二人きりのときは、名前で呼ぶ約束だろう?」
「そうだったわ、優。でもね、時には『兄様』って呼ばせてほしいな」
父と母の愛を知らずに生きてきた星にとって、甘えられるのは双子の兄である優だけだ。優も妹が愛情を欲しがっていることを誰より知っていた。優を「兄様」と呼ぶことは、星にとって家族の証しのように思えるのだ。
「いいよ。時には兄様って呼んでも」
「ありがとう。お空にいらっしゃるお母様に毎日語りかけているのよ」
秘かに育てられた星は、時折訪ねてくる兄の優だけが世界のすべてだった。
双子の兄の優は妹を慈しみ、陰陽師の知識や術を教え、土産として書物や菓子を運んでくれた。
「星は覚えるのが早いなぁ。僕より優秀だよ」
「優が教えるのが上手いのよ」
「おだてても今日の書物はこれだけだぞ」
「わぁ、ありがとう。これって庸国の本?」
「そうだよ。海の向こうにある庸国はとても大きい国だそうだ。いつか行ってみたい。庸国なら、僕も星も気がねなく暮らせると思うし」
「私も行ってみたい……。優と一緒にどこまでも駆け回りたいわ」
いつか海の向こうに行けることを夢見て、優と星は庸国の言葉を学んだ。天御門家の跡継ぎになることが決まっている優には叶うはずもない夢だったが、庸国に憧れることが兄妹の生きる希望だったのだ。
閉ざされた館の中だけが星の生きる場所だったが、優がいてくれれば生きていける。いつかきっと優と共に庸国へ。決して叶うことはない夢と星も心の中では理解しているが、未来に夢と希望を抱かなくては生きていけないのもまた事実だった。
天御門家の当主になるべく厳しい修行と鍛錬に励む兄の優が、星のところへ来るのは日が暮れた夜だけだ。夜の星を眺めて気長に待っていれば、優がいつか会いに来てくれる。多忙な優が妹の暮らす別宅に来れなかったとしても、夜空を眺めるために顔を上に向けていれば、涙をこぼさなくてすむから──。
星の本当の思いを知っているのは、夜空に輝く星々だけだ。
2
あなたにおすすめの小説
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
触手エイリアンの交配実験〜研究者、被験体になる〜
桜井ベアトリクス
恋愛
異星で触手エイリアンを研究する科学者アヴァ。 唯一観察できていなかったのは、彼らの交配儀式。
上司の制止を振り切り、禁断の儀式を覗き見たアヴァは―― 交わる触手に、抑えきれない欲望を覚える。
「私も……私も交配したい」
太く長い触手が、体の奥深くまで侵入してくる。 研究者が、快楽の実験体になる夜。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました
大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
別れし夫婦の御定書(おさだめがき)
佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★
嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。
離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。
月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。
おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。
されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて——
※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる