男装呪封師と鬼の皇帝〜秘された少女は後宮で開花する〜

蒼真まこ

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第四章 二人で立ち向かおう

星、消息を絶つ

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 雷烈に抱かれたままであることが辛くなった星は、声をかけてから水を求めて外に出た。

「えっと、お水はどこにあるのかな。後宮のこと、もっと勉強しておけば良かった」

 周囲を見渡したが、それらしい水場がわからない。誰かに聞く必要があるのかもしれない。

「水なら、わたくしの宮殿にあってよ」

 突如、背後から星に声をかける者がいた。驚いて振り返ると、そこに立っていたのは栄貴妃だった。つい先程まで人の気配は感じなかったはずなのに。

「あなた、陛下にお仕えする女官でしょ? 無人の宮殿で何をしていたのかしら。陛下の妃たるわたくしたちをさしおいて、女官ごとき女が陛下と二人きりで過ごすだなんてありえないわ。一度、事情を聞かなくてはねぇ?」

 憎しみのこもった眼差しを栄貴妃から向けられ、星は一瞬怯んでしまった。嫉妬の感情に接した経験が星には少ないのだ。

(大丈夫、今ならまだごまかせる。私は何も悪いことはしてないのだから)

 自らの言い聞かせるように心を落ち着かせると、星は栄貴妃に経緯を話し始める。

「わ、わたくしめは陛下にお仕えする女官の青蘭せいらんと申します。陛下が急に具合が悪くなったと申されましたので、お世話をしておりました。幸い落ち着かれましたので、御体を冷やす水と探しております。その後に栄貴妃様のところへにもお知らせするつもりでございました」

 できるだけ簡潔に、けれど栄貴妃への敬意を示しながら説明したつもりだった。

「あら、そう……」

 栄貴妃が囁くように返事をしたので、理解してもらえたと星は思った。胸をなでおろした、その瞬間。

 パンッ!

(え……?)

 星の頬に鋭い痛みが走った。栄貴妃が星の頬を平手打ちしたのだ。
 突然のことだったので、あまりの衝撃に星の体はよろめいてしまった。

「おだまり! 陛下と二人きりなるなど、女官ごときには許されないことなのよ。体調を崩された陛下を優しく介抱して、お情けをちょうだいするつもりだったのだろう? この不届きものめっ!」

 栄貴妃の言うとおり、身分がない女官であっても皇帝陛下の目に止まり、女として求められて一晩を共にすれば、翌日からは妃嬪のひとりとして扱われることが多い。そうなれば位の違いはあれど、同じ後宮の妃ということになる。皇帝陛下の寵愛を求めて競い合う相手が増えるわけで、すでに妃嬪である女性たちにとっては決して愉快な話ではないのだ。

「わたくしめはそのようなつもり決してございません! ただ陛下をお助けしたかっただけでございます」
「陛下をお助けしたい? 女官ごときが何を助けるというのよ? ほら、説明してごらんなさいよ」
「そ、それは……」

『皇帝雷烈に眠る鬼の力を抑えるために封印術を使っていました』

 などと正直に答えられるはずもなかった。
 雷烈が鬼の血を引いていることは星と雷烈だけの秘密であるし、鬼の力の暴走を抑えるために星が雷烈に封印術を使っていることも誰にも言ってはならぬのだ。

(言えない……! 正直に話せば、雷烈様の皇帝としての立場が危うくなってしまう)

 かといって、今はただの女官である星が「皇帝陛下を助けたかった」と言っても、栄貴妃には親切心とは思ってもらえないだろう。何をどう話せばいいのかわからなくなった星は、うつむくことしかできない。

「ほら、ごらん! 何も言えないじゃないの。あなた、青蘭だったかしら。あなたが陛下を見つめる眼差し、あれは『恋』そのものだったわ。陛下の妃であるわたくしたちがいる前で、よくもあんな眼差しで陛下を見つめることができたものね!」

 皮肉にもつい先ほど、星は雷烈への恋心を自覚したばかりだった。栄貴妃の指摘は正しいと言える。

(たしかに私は陛下を、雷烈様をお慕いしてる……。身分違いもいいところなのに)

「どうやら何も言い返せなくなったようね。おまえたち、この女官を連れておゆき。立場をわきまえず、陛下に色目を使うような不届き者には折檻して、陛下のお近くから追い出してやるわ!」

 栄貴妃の命令を受けた宦官たちが小柄な星に襲いかかる。
 咄嗟に星は兄や雷烈から習った護身術でひらりとかわし、後ろに下がった。不届き者扱いされたとしても、雷烈の鬼の力を封印するためにも、星は雷烈のそばを離れるわけにはいかないのだ。

(この場は逃げよう。陛下をお助けするためには、今は逃げるしかない)

 そう思った直後、背後から星の後頭部を何者かが殴りつけた。

(え……? 背後に気配は感じなかった、はずのに)

 傷む頭を抑えながら後ろを少しだけふり返ると、そこに立っていたのは琳淑妃りんしゅくひと屈強な体つきの宦官だった。どうやら宦官が星の頭を強く打ちつけたようだ。

「陛下をたぶらかす女官は、わたくしたちの敵。あなたには共に来てもらうわ」

 穏やかな微笑みを浮かべ常に栄貴妃の隣に立っている琳淑妃が、憎しみをこもった眼差しで星を見下ろしている。人間ではないのではと思うほど、冷ややかな表情。星は目眩を感じ、その場にゆっくりと倒れていった。

「あら、琳淑妃。良いところに来てくれたわ。その女をわたくしたちでお仕置きしてあげましょう」
「ええ、そういたしましょう。陛下には内緒で」
「もちろんよ、琳淑妃。陛下には青蘭は事故で死んだので、丁重に葬ってあげたと説明してあげるのはどうかしら」
「名案だと思いますわ、栄貴妃様」
「うふふ。わたくしたち本当に気が合うわね」
「ええ、本当に」

 にこやかな笑みを浮かべながら、星を亡きものにしようと相談し合う二人の妃、栄貴妃と琳淑妃。
 数多の美女がひしめく後宮とは、これほど恐ろしいものだったとは。女の嫉妬というものを知らない星にとっては、想像さえできない世界だったのだ。

(雷烈様……星はもうおそばに行けないかも、しれません……)

 ゆっくりと遠のいていく意識の中で、皇帝雷烈ことを想った。鬼の血を引く存在でありながら、皇帝としての責務を誰よりも理解し、威厳と才覚を持ち合わせ、星のような下々しもじもの人間にまで優しい人。
 ずっと隠されて育ってきた星にとっては、まばゆいばかりに尊い人だった。雷烈のそばにいられるだけで幸せだと思ってしまうほどに。

『らいれつ、さま……』

 星は最後に、和国の話し方で雷烈の名を呼んだ。庸国の言葉で皇帝の名を口にして、栄貴妃と琳淑妃にまた不敬と怒鳴られないように。

「まぁ、この後に及んで皇帝陛下を名前で呼ぶとは。やはり不届き者ですわね」

 栄貴妃と琳淑妃、どちらかはわからない。だが和国の言葉を理解したようで、憎らしげに星の衣を踏みつけた。

(なぜ和国の言葉を理解できる、の……?)

 だがもう顔をあげることさえできない星は、真実を確かめることもできず、そのまま気を失ってしまった。

 
 この日より、和国より来た呪封師、天御門星は消息を絶った。
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