男装呪封師と鬼の皇帝〜秘された少女は後宮で開花する〜

蒼真まこ

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最終章 別れと決意

目覚めた星と見守っていた雷烈

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『星、俺はおまえが好きだ。永遠に俺のそばにいてくれ』

 愛する人は星に告げた。おまえが好きだと。
 星も雷烈に伝えた。愛してますと。

 生まれたことを歓迎されず、兄以外の愛を知らずに育った孤独な少女が人を愛し、愛される歓びを知った。辛く悲しいことばかりの人生でも、前を向いて生きていくことの尊さに気づくことができた。
 和国でひとりぼっちの呪封師でしかない星が、大国である庸国の若き皇帝雷烈に愛される。
 そんな奇跡が、いや、摩訶不思議なことがあっても、許されるものなのだろうか……?

 現実なのか、夢なのか。
 星は意識を回復しそうになっては、また深い眠りにつくのをくり返していた。体の衰弱がひどく、指先さえ動かすことができなかった。雷烈への出会いや思い、二人で過ごした思い出が頭の中を駆け巡っては消えていき、再び蘇ってくる。霧のようにふわりと消えていくことはあっても、完全になくなることはなく、星は雷烈への確かな愛を感じていた。

「星、しっかりしろ。早く目を覚ませ」
「俺には星が、おまえが必要なんだ」
「ずっと共に生きてほしい。だからお願いだ、目を開けてくれ……」

 どこからか聞こえてくる愛する人の声。とても心配しているのがよくわかる。

「はい、星はここにいます」
「雷烈様、私は大丈夫です」

 無事を知らせたいのに、伝えることができないもどかしさ。
 懸命に指先や手足に力を入れ、次に胴体に力を込めていく。少しずつ体に熱が熱くなっているのを感じた星は、今度こそとまぶたに力をこめる。少しずつゆっくりと、目を開くとそこにはずっと声をかけ続けてくれた人がいた。皇帝と鬼の母を両親にして生まれ、数奇な運命の巡り合わせで庸国の若く美しい皇帝となった青年、その名は雷烈。

「らい、れつ、さま……」
「星……? 目覚めた、のか? 俺がだれなのか、わかるか?」
「はい……雷烈様です……」
「星、そうだ。雷烈だ。良かった、おまえが無事で!」

 感極まったのか、寝台で横になっていた星を雷烈は強引に抱き寄せた。

「星が目を開けてくれた! 目覚めてくれた! 俺は嬉しいぞ!」

 いまだ意識がぼんやりしている星を、雷烈は力いっぱい抱きしめる。

「ああ、星なのだなl 小柄で華奢なこの温もりは、間違いなく星だ。ああ、会いたかった! 星をこうして抱きしめたかったんだ!」

 生きている星を抱きしめられたことに歓喜した雷烈は、逞しい胸元に星の顔を押し付けるようにして、すっぽりとつつみ込む。
 最初はされるがままだった星だが、筋肉に顔を押し付けられているせいで、息をするのも辛くなってきてしまった。雷烈の頑強な肩を手でぱしぱしと叩きながら、必死に声をしぼりだす。

「雷烈、さま……くるしい、です……」

 その声に我に返った雷烈は、ようやく星を腕の中から解放した。やっと呼吸ができたことで、星は咳きこんでしまった。

「す、すまぬっ! 星が目覚めてくれたことが嬉しくて、つい。大丈夫か? 息は吸えるか? 痛いところはないか?」

 こほこほと苦しそうな呼吸をくり返す星を気遣っているのか、何をしたらいいのかわからないのか、雷烈は星の周囲をおろおろと動き回っている。堂々たる皇帝とは思えない挙動不審な行動だ。

「だ、だいじょうぶです……ちょっと息が苦しかっただけ、です」

 息を整えてから、星が少し笑って見せると、雷烈はようやく安堵した表情を見せた。

「そうか、なら良かった。力いっぱい抱きしめてしまって申し訳なかった、星」

 もう一度会いたくてたまらなかった人に抱きしめられたことを喜びたいところだが、体の調子が戻ってない状態で強引に抱きしめられても困ってしまうのだった。

「雷烈様、ずっと声をかけてくださっていたのですか?」
「ああ。政務もあるゆえ、ずっとそばにいることはできなかったが、可能な限り話しかけていた。そうすれば、いずれ星が目覚めると信じていた」

 雷烈の声が聞こえるように感じていたのは、気のせいではなかったのだ。

「ありがとうございます、雷烈様。おかげでこうして私は戻ってこれました。雷烈様の元へ」
「ああ、わかっている。星、今後はもう俺のそばを離れるなよ」

 手をそっと握りしめた雷烈は、星の目を見つめながら熱く語りかける。

「星が意識を失っている間、俺はおまえを失ってしまう恐怖に怯えていたよ。星だけなんだ。俺のすべてをさらけだし、受けとめてくれるのは。これからも俺を支えてほしい」
「ですが私は和国の陰陽師という立場でしかない人間です。後宮の呪いがなくなったのなら、私がいる意味は……そうだ。後宮は、妖狐にとり憑かれていた栄貴妃や、他の妃はどうなったのですか?」

 九尾の狐を退治して、琳淑妃と呼ばれていた天御門琳子を迎えにきた天御門家初代当主晴人と共に天へと昇っていったことまでは覚えているが、そこで意識を失ってしまったため、後宮がどうなったのか星は知らないのだ。

「大丈夫だ。もうすべて片付いた。栄貴妃は妖狐に体と心を支配されていたため、自分がなぜ後宮にいるのか、いつ後宮妃になったのか、まったく覚えていなかった。両親や故郷を恋しがって泣くので、療養のためという名目で特別に実家へ帰してやった。妖狐に体を乗っ取られた時はまだ子どもだったらしくてな。目覚めた栄貴妃が見た目は大人の女性なのに、心は子どものままで不憫だった……妖狐は罪深いことをしたものだ」
「それはお気の毒でしたね……せめてご実家で落ち着かれるといいのですが。あと、琳淑妃の実家はどうなったのですか? 琳淑妃は、天御門琳子様の体を乗っ取った九尾の狐が正体でした。実家も妖狐の仲間だったのではないですか?」
「そのとおりだ。琳淑妃の実家に兵を向かわせたが、すでに誰もいなかった。屋敷も驚くほど寂れていたそうだ。近くに長年住む老人が言うには、ある日突然栄えた屋敷が誕生していたらしい。琳淑妃、いや、九尾の狐が仲間の妖狐と共に高貴な身分を装っていたようだな。人をたぶらかして操り、少しずつ味方に引き込んでいたようだ。琳淑妃に関しては、伝染性の病で亡くなったため、秘かに葬儀を済ませたと後宮には知らせてある」
「そうですか……では妖狐の仲間はどこかに逃げのびたのかもしれませんね」
「その可能性はある。だがすぐに復讐には来ないだろうと俺は考えているよ。妖狐の中で最も力をもっていたらしい九尾の狐を失ったのだから」
「そうだといいのですが……。他のお妃様は? 具合は良くなったのですか?」
「ずっと療養中だったものは、栄貴妃同様に実家に帰してやった。だから今の後宮にいる妃は、ごくわずかだ。言い方は悪いが、俺の指示をよく聞いてくれる者だけが残ったから、後宮は皇帝である俺の指示の元、少しずつ落ち着いていっている」
「では後宮に関しては、今後はもう心配がないということですか?」
「そうだ。星、おまえのおかげだ」
「そんなことないです。最終的に九尾の狐を退治されたのは雷烈様ですし」
「そのきっかけを作ってくれたのが星ではないか。ありがとう。おまえは我が国を救ってくれた。琳淑妃のこともあるゆえ、星の功績をすべて公開するのは難しいが、和国の陰陽師である星のおかげで後宮が救われたと伝えてある」
「私は和国の陰陽師、いえ、呪封師として当然のことをしただけですってば」
「せめて俺だけは星の功績を称えたいのだよ。謙遜は和国では美徳かもしれんが、素直に受け入れてくれ」
「で、でも……」

 ほめられることも、誰かに認められることも少なかった星は、雷烈の感謝の言葉をどう受け止めていいのかわからないのだ。

「ともかくだ。星は我が国にとって恩人であることは変わりない。今後も後宮の陰陽師として大切に扱わせてもらうから、そのつもりでいてくれ」
「後宮の陰陽師? ですがもう後宮には問題はないのでしょう?」
「そうだが、建前としての立場と身分だ」
「建前としての身分……」

 和国に帰国せずに、庸国に留まり雷烈のそばで生きていくつもりなら、何かしらの身分は必要になる。客人としてだといずれは国を離れることになるからだ。

「星とゆっくり話をしたいところだが、俺はまた政務に戻らねばならない。星の世話は女官に頼んであるから、ゆっくり休んでいてくれ」
「はい、ありがとうございます」
「うん。ところで星。最後にちょっとだけいいか? 今度は優しくするから」
「え? は、はい」

 何のことかわからない星は、不思議に思いつつも返事をした。星の了解を得たことが嬉しいのか、雷烈は満面の笑みを浮かべ、星をそっと抱きしめた。目覚めたばかりの時のような強引な抱き方ではなく、星に触れるだけで幸せだと言わんばかりに、一瞬だけ優しく。

「よし。これで政務にも励めそうだ。ではな、星」

 ほんの少しだけ顔を赤らめた雷烈は、風のように去っていった。星は雷烈の背中を呆然と見つめることしかできない。

「え、雷烈様? い、今のは……」

 しばらくして雷烈に大切な宝物のように抱きしめられたことに、今更ながら赤面してしまう星だった。
 


 
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