ぬらりひょんのぼんくら嫁〜虐げられし少女はハイカラ料理で福をよぶ〜

蒼真まこ

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第一章 はじまりとほくほくコロッケ

さちとあやかしたち

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 花嫁衣裳から普段着の着物に着替えたさちは、料理を始めるべく身支度を整えた。髪をまとめ終えると、かまどの前に立った。

「ええっと。火はどうやってつけたらいいのかしら……」

 ぬらりひょんはさちの様子を隣の部屋から見ている。さちのことが気になるようだ。

「火ならば、そこに眠っておる『化け火』に頼むといい」
「ばけび、さんですか?」

 聞いたことがない名前をさちが呼ぶと、かまどの裏から小さな火の玉が転がるように現れた。驚いたさちが目をぱちくりさせていると、化け火は気を良くしたのか、ばちぱちと線香花火のような火花を散らす。

「まぁ。花火みたい!」

 ほめられて上機嫌になったのか、化け火はさらに火の勢いを強くしていく。

「こら、化け火! おまえが暴れると火が飛んで火事になる。さっさと竈に火を入れろ」

 ぬらりひょんに怒られた化け火は、しゅんと小さな火の玉に戻り、すごすごとかまどの下に潜っていく。

「化け火に頼めば、火の勢いを調節してくれるはずだ。人間は『ガス』という道具を使い始めているそうだが、それはこの化け火と相性が悪くてな。人間の世界に住まう場所がなくなってしまった」

「化け火さんは居場所がないのですか?」

「仲間の化け火は幽世に移り住んで行ったが、そいつだけはなぜか、わしの屋敷に棲みついてしまったのだよ。火があっても困ることはないし、好きにさせておる」
「そうだったのですか……」

 人間の社会に居場所がなくなった化け火は、不遇な自分の姿に重なる気がした。かまどの下を覗き込み、さちは化け火に改めて挨拶をする。

「化け火さん、こんにちは。私はさちと言います。よろしくお願い致します」

 かまどの下にもぐった化け火に、さには丁寧に頭を下げた。化け火は嬉しそうに、ぱちぱちと音を立ててる。頼られることは嫌いではない様子だ。

「化け火のやつ、挨拶されて喜んでおるわ」

 ぬらりひょんが愉快そうに笑うと、化け火は怒ったように、ばちん! と強めの火花を散らす。

「ところでさち。今日は何を作るつもりだ」

 その場をごまかすように、ぬらりひょんはさちに声をかけた。
 問われたさちは、笑顔で答えた。

「はい。そこにじゃがいもがありますし、さちが一番好きなコロッケを召し上がっていただこうかと思っております」
「ころっけ……? たしか揚げ物と聞いたことはあるが」
「はい。本来は牛脂で揚げるのですが、他の油でもかまいません。ただ多めの油が欲しいのですが、油はどこから購入してきたらよろしいですか? あと豚肉とそーすも用意しませんと」

 さちが困ったように頬に手をあてると、元気の良い声が飛び込んできた。

「そいつは、おいらに任せてくださいよ、おやびん」

 かまどがある土間の勝手口が、大きな音を立てて開けられた。坊主頭の少年がひょっこり顔を出す。少年といっても、普通の子どもではない。少年の目はひとつしかなかった。顔の中心にある、ぎょろりと大きな目玉が、さちを視覚に捉える。

「こちらの御方が、おやびんのお嫁様でやんすか? おいらは一つ目小僧と申しやす。どうぞよしなに。御寮ごりょうさん、コロッケをお作りになるんで?」

 見たことのない、一つ目小僧の異様な姿を、さちはまじまじと見つめてしまった。くるくると動く大きな目は、なぜか愛嬌があり、恐怖は感じない。むしろ愛らしいとさえ思ってしまうさちだった。

「御寮さん、見つめられたら照れるでやんす」

 一つ目小僧は顔をほんのり赤くしながら、頭を掻く。

「あ、ごめんなさい。でも、あの『御寮さん』とは何ですか?」
「『若奥さん』のことでやんすよ。商家に嫁いだ花嫁さんが、そのように呼ばれていましたんで。若奥様のほうがよろしいですかい?」
「若奥様だなんて。私はさちです。ぬらりひょん様の元へ参りましたが、『様』と呼ばれるほど立派なものではありません。どうぞ、『さち』と呼んで下さいな」

 さちは朗らかな笑顔で、一つ目小僧に言った。
 明るい笑顔を向けられた一つ目小僧は、少しだけ戸惑ったようで、ちらりとぬらりひょんを見やる。

「おやびん、若奥さんがあのように仰せでやんすけど、いいんですかい?」

 ぬらりひょんはかすかに微笑み、その場で腕を組んだ。

「好きなように呼んでやってくれ」
「へぇ、わかりやした」

 ぬらりひょんは一つ目小僧の坊主頭に片手を置くと、ぐりぐりと乱暴に頭を撫でる。

「こやつは見ての通りの、一つ目小僧だ。わしを勝手に『おやびん』と呼んでおる。人間が作るものをつまむのが好きでな、いろんな人間の間を渡り歩いては、食べ物を恵んでもらっているというわけだ。器用なのはいいが、おかげで幽世に帰る機会を見失った大馬鹿者なのだ」
「馬鹿者はひどいでやんすよ。おいらは美味いものに目がないだけでやんす。美食家なんすよ」
「何が美食家だ。孤児に化けては食い物をもらっているだけだろうに」

 やわらかな微笑みを浮かべ、一つ目小僧の頭を撫で回す、ぬらりひょんの姿にさちの顔も和んでいく。まるで兄弟のようだとさちは思った。

(他のあやかしに慕われているのね。ぬらりひょん様って優しい方だわ)

「さちさん、コロッケを作るなら、豚肉とウスターソースが必要でやんすね。おいら、ひとっ走りして買ってくるでやんすよ」
「一つ目小僧さん、お願いしてもいいんですか?」
「おやすい御用でやんすよ。代わりと言ったら何ですが、おいらもコロッケをひとつ、ご相伴にあずかりたいでやんすが……」
「もちろんです」
「おいら、揚げたてが食べたいでやんす!」
「こらこら、一つ目。調子に乗るな」

 幼子がいたずらをとがめられたように、一つ目小僧は舌をぺろっと出して頭を掻く。

「そうそう、揚げ物するなら油もいるでやんすね!」

 一つ目小僧が声を発した時だった。

「そいつは、おれが用意してやろう」

 一つ目小僧の背後から、みのを着た男がひょっこり姿を見せる。優しげな顔をしているが、頭がふつうの男より大きく、彼もまた人ではないことがわかる。

「油すまし、来ておったか」

 油すましと呼ばれた男は、肩に陶器の油瓶をぶら下げている。瓶をぶらぶらと揺らしながら、油すましはにやりと笑った。

「ぬらりひょんのところに人間の嫁が来ると聞いてな。ちょいと興味があって来てみたのよ。そしたら、ハイカラな料理を作るというではないか。おまけに油がいるという。おれの出番と思うてな」
「ふん。呼んではおらんわ。油だけ置いて去るがいい」
「つれないことを。せっかく祝いに来てやったのだなら、おれにも『ころっけ』とやらを食わせてくれ」

 油すましは肩から瓶を下ろすと、自らの油瓶をさちに差し出した。

「ぬらりひょんの嫁御さんよ。驚かしてすまんな。おれは油すましだ。この油を使ってくれ。量は十分あるはずだ」

 瓶を受け取ると、油瓶はずしりと重く、量は十分足りそうだった。

「ありがとうございます! おかげでほくほくの美味しいコロッケをお作りできそうです」

 次々と現れるあやかちたちに少し戸惑ってしまったさちだったが、誰もさちを虐めたりしない。さちにとっては、それが一番嬉しかった。
 一つ目小僧以外は、さちが作ろうとしているコロッケにを見たことがないため、あやかしたちが興味をもっているだけなのだが、さちを怒らず笑顔をみせてくれることが何よりありがたいことだった。

(やっぱり料理は人を、ううん、あやかしさんたちも笑顔にするのね)

 何よりあやかしたちのおかげで大好きな料理ができると思うと、さちの顔は自然と笑顔になる。

「すぐにお作りしますので、少しお待ちくださいね!」

 さちの元気な声が、土間の台所に響いた。
 ぬらりひょんの屋敷の台所は、さちの声に応えるように、きらりと輝いてみせた。
 




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