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第一章 はじまりとほくほくコロッケ

はじめての料理~ほくほくコロッケ

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 台所に立ったさちは、手際よくコロッケを作っていく。その顔は実に楽しそうだ。

 茹でて潰したじゃがいもを裏ごし、炒めた挽き肉と合わせ、たわら型にまとめていく。
 ごつごつとした無骨なじゃがいもが、なめらかな肌をもつコロッケ種へと変化し、きつね色の衣を着たハイカラなコロッケへと生まれ変わっていく。
 手を加えることで食材が変化し、美味しい料理になっていく過程が最も楽しい瞬間だとさちは思う。

(どうか美味しいコロッケになりますように)

 さちは思いを込めてコロッケを作り、次々と揚げていく。

 土間の台所からは、じゅわじゅわ、ぱちぱちとコロッケを揚げる音が聞こえてきて、ぬらりひょんたちの腹は否応なく刺激されていく。

「揚げ物の音って、いいでやんすね」
「音だけならな。すぐ近くに見ておると油が跳ねてくるぞ。だからのぞきに行くでない」
「この匂い、たまらんのぅ。いっそ酒も持ってくるべきだった」


 コロッケへの期待が高まり、そわそわと落ち着かない御三方であった。

「コロッケは揚げたてが一番うまいでやんすからねぇ。ああ、楽しみだ」

 一つ目小僧はあふれ出てくるよだれを、袖口でぬぐっている。

「一つ目、おまえはコロッケを知っているのか?」
「へぇ、おやびん。一度だけでやんすけど、人間からもらいやした。まだほんのりと温かいコロッケをがぶっとやるとですね、ほくほくなじゃがいもと肉の旨みが口いっぱいに拡がって、そりゃあもう、うまいでやんす。あちあち、はふはふしながら夢中で食べちまいました」

 うっとりとコロッケの美味さを語る一つ目小僧の言葉に、ぬらりひょんの腹は不覚にも、「ぐーっ」と鳴いてしまった。

「おやびん、はしたないでやんす」

 ぬらりひょんをちらりと横目で見た一つ目小僧は、にまりと笑った。

「う、うるさい! わしはちょうど腹が減っておったのだ」

 ぬらりひょんは赤くなる顔をごまかすように、さちのいるほうに顔を向ける。油すましも耐えられなくなったのか、せわしなく足を揺らし続けている。

「お待たせしました。コロッケでございます!」

 ついに運ばれてきたコロッケに、一同は歓声をあげた。

「待ってました!」
「はよぅ、食べさせてくれ」
「この匂い、たまらんのぅ……」

 お盆に載せたお皿を、ぬらりひょんたちが待つ、ちゃぶ台へと移していく。

「お好みでウスターソースをかけてお召し上がりになってくださいませ」

 白い皿の上に、揚げたてのコロッケが二つ盛られている。ほかほかと湯気が立っており、見るからに熱そうだ。

 ぬらりひょんはごくりと唾を飲み込むと、初めてのハイカラ料理を前に心を落ち着ける。

「では、いただくとしよう」

 ぬらりひょんが気取って手を合わせている隣では、礼儀など知らぬといった様子の一つ目小僧が、早くもコロッケにかじりついている。油すましは見たことがない料理をしげしげと見つめた後、なんと手掴みでかぶりついてしまった。

「あちあち、あちゃあちゃ……」

 油すましは熱さに耐えながらも、夢中で頬張った。ぬらりひょんは上品にコロッケを箸で二つに割ると、半分だけ口に入れた。

 まず感じるのは、さくっとした衣の心地良さ。衣をぱりぱり噛み砕くと、口の中に拡がっていくのは、じゃがいもの素朴な甘みと肉の旨さ。どちらかだけでも充分うまいのに、二つが合わさったことで、絶妙な味わいへと変化している。好みでウスターソースをかけることで、味わいはさらに変化していく。

「これは……」

 ぬらりひょんが、ぽつりと呟いた。

「実に」

 ぬらりひょんに続いて、油すましも呟く。

「たまらなく」

 二人の言わんとすることを理解したのか、一つ目小僧も言葉を繋げる。
 ぬらりひょん、油すまし、一つ目小僧の視線が合わさる。三人がにやりと笑った、その瞬間。


「「「うまい!!!」」」

 三人同時の言葉は、さちの心に深く響いた。
 それは料理を作る者にとって、もっとも簡素で、最上のほめ言葉であったのだから。

「このコロッケとやら、実にうまいぞ、さち」
「本当でやんす。さちさんは料理が上手でやんすねぇ」
「これがハイカラ料理か。確かにこれまで食べたことのない味だ。これは酒に合うぞ」

 三人のあやかしたちは、さちの手料理を心から喜び、堪能したのだった。

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