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第一章 はじまりとほくほくコロッケ
さちの涙
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「うまい……? まことでございますか?」
これまで生きてきて、さちがほめられたことは数えるほどしかない。特に九桜院家では、毎日のように叱責され、「愚鈍なぼんくら娘」と馬鹿にされ続けてきたのだ。
「本当だとも。このコロッケとやら、実にうまい。じゃがいもは蒸して食べるか、煮っころがしにするぐらいだと思っていたが、このようなハイカラな料理になるのだな」
嬉しそうに語るぬらりひょんの表情に嘘は感じられない。さちが作った料理を心から美味しいと思ってくれているのだ。
(私のコロッケ、ぬらりひょん様が美味しいって……)
目頭が熱い。堪えなくてはいけないのに、視界がぼやけていく。
「うれしいです……」
それだけ伝えるのがやっとだった。
「なぜ、泣く」
指摘され、自分がぽろぽろと涙を流していることに気付いた。
「ただ嬉しくて……。私の作った料理を食べて皆様が笑顔になる。こんなに幸せなことはありません……」
さちは涙を流し、喜ばれることの幸せを語った。
「も、申し訳ありません。私はすぐに下がりますので」
「下がる必要はない。さち、おまえも一緒に食べなさい」
「え……?」
九桜院家でのさちは、食事もたったひとりだった。
姉の蓉子ようこと父の壱郎は食事を共にすることも多かったが、そこにさちが呼ばれたことは一度もない。
使用人たちは順に食事と休憩をとったが、一番下っ端のさちは調理場の片隅で、ひび割れた椀で残り物をかき込むのが常だった。少しでも仕事に不手際ふてぎわがあれば、食事を抜かれることもよくあった。
「わ、私のような卑しい者が、皆様と一緒に食事をいただくだなんて、とても……」
「卑しい? このぬらりひょんの嫁のどこか卑しいのだ。のう? 油すましに一つ目小僧」
問われた二人は、コロッケを頬張りながら答える。
「おやびんのお嫁さんなら、おいらにとっても大事な姐さんでやんす」
「人間の嫁が卑しいなら、あやかしであるおれらは、もっと卑しいわな」
あやかしたちから返ってきた言葉は、さちがよく知る罵倒ではなかった。
(わたし、ここでは卑しくて愚鈍なぼんくら娘ではないの……?)
隠し子であるさちにとって、自分は誰にも認めてもらえぬ存在であり、卑しい存在だと思ってきた。
「さち、わしの横に来るがいい。共にコロッケを食べよう。うまいものは全員で食べたほうが、もっとうまい。そうではないか?」
手招きされたさちは、おそるおそる歩み寄っていく。近くまでいくと、ぬらりひょんはさちの手を握り、軽く引き寄せた。
「あっ」
気付けば、ぬらりひょんに肩を抱かれるように、すぐ隣で座っていた。
(ぬらりひょん様の手が、私の体にふれてる)
たとえあやかしであっても、男の人に体を支えてもらったことはない。慣れない状況に、さちの心は震える。
「さぁ、さち。食べなさい」
ぬらりひょんはコロッケが載った皿を、さちの前に差し出した。
「い、いただきます」
戸惑いながらも、さちは手を合わせた。箸でコロッケを二つに割り、そのひとつを口の中にもっていく。
パリパリと衣が割れ、潰したじゃがいもと挽き肉の絶妙な味わいが口の中に拡がっていく。
「お、おいしい。美味しいです!」
「だろう? さちは料理上手だな」
ぬらりひょんの優しい微笑みが、すぐそこにあった。
「さち姐さん、本当にうまいでやんす」
「酒ともよく合うぞ、きっと」
ちゃぶ台を囲み、全員が笑顔だ。その中心にあるのが、さちの作ったコロッケなのだ。
(どうしよう、たまらなく嬉しい)
誰もさちを虐めることはなく、さちの作った料理を喜んで食べ、共にちゃぶ台を囲む。さちにとっては、夢にまで見た幸せの光景だった。
(何か、何かお伝えしなくては)
さちはどうにかして感謝の言葉を伝えたいと思った。けれど、うまく言葉がまとまらない。気付けば、予想もしないことを口走ってしまった。
「さちはじゃがいもが好きです。和食からハイカラ料理まで、どんな調理も受け入れて、お腹も満たせます。さちはじゃがいものような人間になりたいのです!」
さちの言葉に、一同はしんと静まりかえってしまった。
これまで生きてきて、さちがほめられたことは数えるほどしかない。特に九桜院家では、毎日のように叱責され、「愚鈍なぼんくら娘」と馬鹿にされ続けてきたのだ。
「本当だとも。このコロッケとやら、実にうまい。じゃがいもは蒸して食べるか、煮っころがしにするぐらいだと思っていたが、このようなハイカラな料理になるのだな」
嬉しそうに語るぬらりひょんの表情に嘘は感じられない。さちが作った料理を心から美味しいと思ってくれているのだ。
(私のコロッケ、ぬらりひょん様が美味しいって……)
目頭が熱い。堪えなくてはいけないのに、視界がぼやけていく。
「うれしいです……」
それだけ伝えるのがやっとだった。
「なぜ、泣く」
指摘され、自分がぽろぽろと涙を流していることに気付いた。
「ただ嬉しくて……。私の作った料理を食べて皆様が笑顔になる。こんなに幸せなことはありません……」
さちは涙を流し、喜ばれることの幸せを語った。
「も、申し訳ありません。私はすぐに下がりますので」
「下がる必要はない。さち、おまえも一緒に食べなさい」
「え……?」
九桜院家でのさちは、食事もたったひとりだった。
姉の蓉子ようこと父の壱郎は食事を共にすることも多かったが、そこにさちが呼ばれたことは一度もない。
使用人たちは順に食事と休憩をとったが、一番下っ端のさちは調理場の片隅で、ひび割れた椀で残り物をかき込むのが常だった。少しでも仕事に不手際ふてぎわがあれば、食事を抜かれることもよくあった。
「わ、私のような卑しい者が、皆様と一緒に食事をいただくだなんて、とても……」
「卑しい? このぬらりひょんの嫁のどこか卑しいのだ。のう? 油すましに一つ目小僧」
問われた二人は、コロッケを頬張りながら答える。
「おやびんのお嫁さんなら、おいらにとっても大事な姐さんでやんす」
「人間の嫁が卑しいなら、あやかしであるおれらは、もっと卑しいわな」
あやかしたちから返ってきた言葉は、さちがよく知る罵倒ではなかった。
(わたし、ここでは卑しくて愚鈍なぼんくら娘ではないの……?)
隠し子であるさちにとって、自分は誰にも認めてもらえぬ存在であり、卑しい存在だと思ってきた。
「さち、わしの横に来るがいい。共にコロッケを食べよう。うまいものは全員で食べたほうが、もっとうまい。そうではないか?」
手招きされたさちは、おそるおそる歩み寄っていく。近くまでいくと、ぬらりひょんはさちの手を握り、軽く引き寄せた。
「あっ」
気付けば、ぬらりひょんに肩を抱かれるように、すぐ隣で座っていた。
(ぬらりひょん様の手が、私の体にふれてる)
たとえあやかしであっても、男の人に体を支えてもらったことはない。慣れない状況に、さちの心は震える。
「さぁ、さち。食べなさい」
ぬらりひょんはコロッケが載った皿を、さちの前に差し出した。
「い、いただきます」
戸惑いながらも、さちは手を合わせた。箸でコロッケを二つに割り、そのひとつを口の中にもっていく。
パリパリと衣が割れ、潰したじゃがいもと挽き肉の絶妙な味わいが口の中に拡がっていく。
「お、おいしい。美味しいです!」
「だろう? さちは料理上手だな」
ぬらりひょんの優しい微笑みが、すぐそこにあった。
「さち姐さん、本当にうまいでやんす」
「酒ともよく合うぞ、きっと」
ちゃぶ台を囲み、全員が笑顔だ。その中心にあるのが、さちの作ったコロッケなのだ。
(どうしよう、たまらなく嬉しい)
誰もさちを虐めることはなく、さちの作った料理を喜んで食べ、共にちゃぶ台を囲む。さちにとっては、夢にまで見た幸せの光景だった。
(何か、何かお伝えしなくては)
さちはどうにかして感謝の言葉を伝えたいと思った。けれど、うまく言葉がまとまらない。気付けば、予想もしないことを口走ってしまった。
「さちはじゃがいもが好きです。和食からハイカラ料理まで、どんな調理も受け入れて、お腹も満たせます。さちはじゃがいものような人間になりたいのです!」
さちの言葉に、一同はしんと静まりかえってしまった。
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