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第一章 はじまりとほくほくコロッケ
じゃがいもになりたい娘
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その言葉は、さちにとって嘘偽りのない、誠の心だった。
じゃがいものように、どんなものを受け入れる度量の深さと、全てをつつみ込むおおらかな心をもった人間でありたい。不遇なさちにとっては、ささやかな目標なのだ。
しかし出会ったばかりの人間、いや、あやかしに伝えるべき言葉であったかどうか──。
ぬらりひょんたちの顔から笑顔が消え、コロッケを口に運ぶ手もぴたりと止まってしまった。和やかな食事風景から一転し、静まり返った空間に自分がとんでもないことを口走ってしまった、とようやく気付いたさちだった。
「も、申し訳ごさいません! 私ったら、なんてことを……」
その時だった。ぬらりひょんの体が小刻みに揺れ始めたのだ。それは一つ目小僧も油すましも同じであった。
「うふぅ」
ぬらりひょんの口から吐息と共に、かすかな声が聞こえた。
「うふ?」
予想もしない言葉に、さちはかくりと首を傾けた。
その姿を見たぬらりひょんは、もはや限界とばかりに大声で笑い始めた。
「うはははははっ! じゃが芋になりたいとは何と奇妙な娘よ!」
笑っているのは、ぬらりひょんだけではなかった。油すましもひーひーと声を枯らして笑い、一つ目小僧に至っては、お腹を抱えて笑い転げている。
「あーさちさんってば、たまんねぇっすっ!! こんなに料理が上手くて、楽しいお人は初めてでやんす!」
「その通りだ。なんとも奇妙で愉快な女だ」
三人が楽しそうに笑う姿を、さちは呆然と見つめることしかできない。
「ぬ、ぬらりひょん様……?」
名を呼ぶのが精一杯だった。さちの呼びかけに、ぬらりひょんは笑うのをどうにか抑え、戸惑うさちの手を握りしめた。
「奇妙な娘だが、実に興味深い。何より愛らしいのぅ」
「あ、愛らしい……? わたしは愚鈍なぼんくら娘です。愛らしいだなんて……」
一度も言われたことのない言葉にさちは戸惑い、顔をふるふると振った。
「何を言う。さちは愛らしくて、愉快な娘だ。蝶になりたい、花になりたいなどと言う女は山ほど見てきたが、じゃがいもになりたいなどと言う娘は初めてだ。実に楽しいし、まことに興味深い。さち、おまえと一緒にいられたら、わしは飽きずに過ごせそうだ」
ぬらりひょんは実に楽しそうに笑っていた。笑顔なのはぬらりひょんだけではなく、一つ目小僧も油すましも同じだ。
(私のこと、愛らしいって。奇妙だけど、愉快で興味深いって……)
誰もさちを怒らない。馬鹿にする者もいない。さちの料理を美味いと喜び、楽しい娘だと笑っている。
「ぬらりひょん様、わたし、わたし……」
辛かった過去の記憶が頭の中をよぎっては、幻のように消えていく。笑顔の中にいると、全てが遠い過去のように思えた。
「ぬらりひょん様、私はここにいても良いのですか? ずっと貴方様のおそばにいて、皆様のために料理をしてもよろしいのですか?」
「それが嫁というものだろう? わしらのために料理を作り、先ほどのように楽しく話してくれ。おまえとなら、わしも笑っておれそうだ」
さちの手を握る、ぬらりひょんの手は優しく温かった。爪の形が少しばかり人間と違うような気もするが、そんなことはさちにとって、たいした問題ではなかった。あやかしたちは、さちの料理をうまいと喜び、受け入れてくれているのだから──。
一度止まった涙が再びあふれ出し、さちの頬を流れ落ちていく。心の中を駆け巡るぬらりひょんへの思いが、上手く言葉にならなかった。
「泣いていたら、コロッケが冷めてしまうぞ? さぁ、共に食べようではないか。一つ目小僧なぞ、すでに皿にあったぶんを食べ終えてしまったぞ?」
さちはこの屋敷でなら、大事な役目があるのだ。泣いている場合ではない。
あふれ出す涙を裾で拭うと、さちはすくっと立ち上がった。
「じゃがいもはまだありますから、もう一度お作りしますね。少々お待ちをください!」
さちは心からの笑顔で、元気良く言った。
ぬらりひょんの屋敷ならば、さちはひとりの人間として生きていくことができる。誰もさちを、「愚鈍なぼんくら娘」と馬鹿にしたりしない。それはさちが初めて感じる、生きていく歓びだった。
じゃがいものように、どんなものを受け入れる度量の深さと、全てをつつみ込むおおらかな心をもった人間でありたい。不遇なさちにとっては、ささやかな目標なのだ。
しかし出会ったばかりの人間、いや、あやかしに伝えるべき言葉であったかどうか──。
ぬらりひょんたちの顔から笑顔が消え、コロッケを口に運ぶ手もぴたりと止まってしまった。和やかな食事風景から一転し、静まり返った空間に自分がとんでもないことを口走ってしまった、とようやく気付いたさちだった。
「も、申し訳ごさいません! 私ったら、なんてことを……」
その時だった。ぬらりひょんの体が小刻みに揺れ始めたのだ。それは一つ目小僧も油すましも同じであった。
「うふぅ」
ぬらりひょんの口から吐息と共に、かすかな声が聞こえた。
「うふ?」
予想もしない言葉に、さちはかくりと首を傾けた。
その姿を見たぬらりひょんは、もはや限界とばかりに大声で笑い始めた。
「うはははははっ! じゃが芋になりたいとは何と奇妙な娘よ!」
笑っているのは、ぬらりひょんだけではなかった。油すましもひーひーと声を枯らして笑い、一つ目小僧に至っては、お腹を抱えて笑い転げている。
「あーさちさんってば、たまんねぇっすっ!! こんなに料理が上手くて、楽しいお人は初めてでやんす!」
「その通りだ。なんとも奇妙で愉快な女だ」
三人が楽しそうに笑う姿を、さちは呆然と見つめることしかできない。
「ぬ、ぬらりひょん様……?」
名を呼ぶのが精一杯だった。さちの呼びかけに、ぬらりひょんは笑うのをどうにか抑え、戸惑うさちの手を握りしめた。
「奇妙な娘だが、実に興味深い。何より愛らしいのぅ」
「あ、愛らしい……? わたしは愚鈍なぼんくら娘です。愛らしいだなんて……」
一度も言われたことのない言葉にさちは戸惑い、顔をふるふると振った。
「何を言う。さちは愛らしくて、愉快な娘だ。蝶になりたい、花になりたいなどと言う女は山ほど見てきたが、じゃがいもになりたいなどと言う娘は初めてだ。実に楽しいし、まことに興味深い。さち、おまえと一緒にいられたら、わしは飽きずに過ごせそうだ」
ぬらりひょんは実に楽しそうに笑っていた。笑顔なのはぬらりひょんだけではなく、一つ目小僧も油すましも同じだ。
(私のこと、愛らしいって。奇妙だけど、愉快で興味深いって……)
誰もさちを怒らない。馬鹿にする者もいない。さちの料理を美味いと喜び、楽しい娘だと笑っている。
「ぬらりひょん様、わたし、わたし……」
辛かった過去の記憶が頭の中をよぎっては、幻のように消えていく。笑顔の中にいると、全てが遠い過去のように思えた。
「ぬらりひょん様、私はここにいても良いのですか? ずっと貴方様のおそばにいて、皆様のために料理をしてもよろしいのですか?」
「それが嫁というものだろう? わしらのために料理を作り、先ほどのように楽しく話してくれ。おまえとなら、わしも笑っておれそうだ」
さちの手を握る、ぬらりひょんの手は優しく温かった。爪の形が少しばかり人間と違うような気もするが、そんなことはさちにとって、たいした問題ではなかった。あやかしたちは、さちの料理をうまいと喜び、受け入れてくれているのだから──。
一度止まった涙が再びあふれ出し、さちの頬を流れ落ちていく。心の中を駆け巡るぬらりひょんへの思いが、上手く言葉にならなかった。
「泣いていたら、コロッケが冷めてしまうぞ? さぁ、共に食べようではないか。一つ目小僧なぞ、すでに皿にあったぶんを食べ終えてしまったぞ?」
さちはこの屋敷でなら、大事な役目があるのだ。泣いている場合ではない。
あふれ出す涙を裾で拭うと、さちはすくっと立ち上がった。
「じゃがいもはまだありますから、もう一度お作りしますね。少々お待ちをください!」
さちは心からの笑顔で、元気良く言った。
ぬらりひょんの屋敷ならば、さちはひとりの人間として生きていくことができる。誰もさちを、「愚鈍なぼんくら娘」と馬鹿にしたりしない。それはさちが初めて感じる、生きていく歓びだった。
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