ぬらりひょんのぼんくら嫁〜虐げられし少女はハイカラ料理で福をよぶ〜

蒼真まこ

文字の大きさ
10 / 44
第一章 はじまりとほくほくコロッケ

あやかしふたり、酒を飲みて語らう

しおりを挟む
「寝てしまったか」

 蔵から持ってきた酒を飲みながら、ぬらりひょんは眠っているさちを見て呟いた。

 さちはその日、コロッケを作れるだけ作り、ぬらりひょんたちと共に食した。笑顔で食事をしただけのことだったが、さちにとっては至上の喜びだった。お腹いっぱいになったさちは、同じように腹がはち切れそうなほどコロッケを食べた一つ目小僧と、肩を寄せ合うように寝てしまった。

「どれ、布団で寝させてやるか」

 ぬらりひょんは立ち上がると、すやすやと眠る、さちをそっと抱きかかえた。小柄な体はふわりと持ち上げられ、さちは無意識のうちにぬらりひょんの体に顔を寄せる。

「ん……」
「ふふ。安心しきった顔で寝ておるわ。なんとも可愛らしいことだ。まだ子どもよの」

 ぬらりひょんは愛おしそうに微笑み、自らの寝床へ静かにさちを運んでいく。

「わしの匂いが染みついておるかもしれんが、我慢しておくれよ」

 敷いたままになっている布団に、さちをそっと寝かせると、ふわりと掛け布団をかけてやった。

「ぬらりひょんよ、もう嫁と同衾どうきんするのか?」

 ぬらりひょんのお酒をちゃっかり飲んでいる油すましが、赤ら顔で問うた。眠りこけている一つ目小僧に自らの蓑をかけてやったようで、上半身が裸になっている。

「先ほど、わしが言ったことが聞こえなんだか? この娘はまだ子どもだ。わしはその辺でごろ寝よ」
「その娘はおまえの嫁なのだろう? ならば、ひとつの布団で共に寝ても問題はなかろう」
「嫁にもらうつもりはなかったのだ。頼まれたから、受け入れただけのこと」

 にやけていた油すましの顔から笑みが消えていく。
 ぬらりひょんはさちが眠る和室の襖を閉めると、再び腰を下ろした。

「誰に頼まれたのだ?」

 興味津々といった様子の油すましは、酒を飲むのを一旦止め、前のめりで聞いてくる。

「九桜院家の当主である壱郎だ。しばらく会っていなかったが、ある日突然、文をよこしてきてな。『何も言わず、娘のさちを嫁にもらってほしい』と。理由を聞こうと思ったが、その前にさちが花嫁姿で来てしまったのだ」
「ぬらりひょんよ、おまえは九桜院家の娘を嫁にもらうという契約を交わしていたのだろう? ならば、『頼まれた』というのは、おかしくないか?」
「あの契約は建前にすぎん。わしが九桜院家の者に少しだけ力を貸してやる代わりに、九桜院家の人間がわしの傍で働く。それだけのことだ。現在当主になっている壱郎も、子どもの頃にわしの小間使いの真似事をしておったぞ。もっとも他のあやかしは、本当に人間の嫁をもらっている奴もいたようだがな。わしはあえて人間の嫁はもらわなかったのだ」
「なぜだ? 人間の嫁はかいがいしく働くと聞くぞ」

 役に立つ人間ならば嫁としてもらってしまえば良いと言わんばかりの油すましに、ぬらりひょんは眉をひそめる。

「女人がわしにとって役に立つ存在かどうか、考えたことはない。わしは今までもこれからも、ひとりで生きていくつもりだしの。そもそも人間の女など、家がどうだの、家族がどうだのと、何かと面倒ではないか。使用人ならともかく、人間の嫁はいらん。それに」

 神妙な顔つきでぬらりひょんの言葉を聞いていた油すましは、ぬらりひょんが話を止めたことを不思議に思ったようだ。

「それに? 続きはどうした、ぬらりひょん」

 ぬらりひょんは腕を組み、やや遠くを見つめながら再び話し始める。

「それにこれからの人間は、あやかしの力を借りずとも、十分に繁栄していけるだろうからな。だから九桜院家とも距離を置き、壱郎とはもう十年以上会ってないのだ」
「なるほど、だからさちという娘が嫁に来たことに驚いたわけか。しかし、ぬらりひょんよ。人間にとって、あやかしはもう不要な存在なのか?」
「今はまだ違うかもしれんが、いずれそうなるだろう」

 油すましは再び酒を飲み始め、軽くため息をついた。

「やはり、そういう時代なのか。我らの居場所は、もうここにはないということか?」
「日本はこれから、もっともっと変わっていくであろうからな。おそらく変わっていくのは日本だけではないはずだ。鎖国をしていた時代ならともかく、今は世界にも進出しておるし、そこに我らあかやしの出番があると思うか?」

 油すましはそれ以上何も言わなかった。酒を飲む速度が増していく。ぬらりひょんも再び酒を飲み始める。

「さちを嫁にもらうつもりなど正直なかったが、あの娘、おそらく居場所がないのだろう。生家であるはずの九桜院家でも、酷い扱いを受けていたようだし」
「あの手の荒れようや体つきを見れば、おれもそれぐらいわかるさ」
「わしが知っている壱郎は、後妻の子とはいえ、自らの娘にきつくあたる男ではなかった。九桜院家に何かあったのかもしれん。調べてみるつもりだ。詳しいことがわかるまで、さちはここに置いてやるつもりだ」
「では、あの娘は預かっているだけ、ということか?」
「そうなるな」
「そのわりに、ずいぶんと情が移っているように思えるがなぁ?」

 ぬらりひょんは軽く咳き込み、頬を赤く染めながら、ごまかすように酒をあおった。

「からかうな、油すまし。さちは愛らしい娘だが、まだ子どもだと何度も言っている。あどけない顔で眠っているのを、おまえも見たであろう? 子どもを本当の嫁として扱うつもりはない」

 きっぱりと言い切ったぬらりひょんであったが、その顔は赤く、本心なのかどうかわからなかった。

「確かに今は幼さが残る少女かもしれんが、女は変わるぞ? おまえが一番よく知っているだろうがな」
「子供をどうかするほど落ちぶれてはおらんよ。ともかく、さちには優しくしてやってくれ」
「おれは美味い飯と酒があれば何でもいいさ」

 ぬらりひょんはそれ以上何も言わず、静かに酒を飲んでいる。何事か考えている様子だ。油すましも口をつぐみ、ぬらりひょんに酒を注いでやった。

 すっかり暗くなった空には満月が輝き、二人の男を静かに見守っていた。長い夜になりそうだ。





しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

『婚約破棄された悪役令嬢ですが、嫁ぎ先で“連れ子三人”の母になりました ~三人の「ママ」が聞けるまで、私は絶対に逃げません~』

放浪人
恋愛
「母はいりません」と拒絶された悪役令嬢が、最強の“ママ”になるまでの物語。 「君のような可愛げのない女は、王妃にふさわしくない」 身に覚えのない罪で婚約破棄され、“悪役令嬢”の汚名を着せられたクラリス。 彼女が新たに嫁いだのは、北方の辺境を守る「氷の公爵」ことレオンハルト・フォン・グレイフだった。 冷え切った屋敷で彼女を待っていたのは、無表情な夫と、心に傷を負った三人の連れ子たち。 「僕たちに、母はいりません」 初対面で突きつけられた三つの拒絶。しかし、クラリスは諦めなかった。 「称号はいりません。私が欲しいのは――あなたたち三人の『ママ』になれる日だけです」 得意の生活魔法『灯(ともしび)』で凍えた部屋を温め、『鎮(しずめ)』の歌で夜泣きを癒やし、家政手腕で荒れた食卓を立て直す。 クラリスの献身的な愛情は、頑なだった子供たちの心を解きほぐし、やがて不器用な夫の氷の心さえも熱く溶かしていく。 これは、不遇な悪役令嬢が「最強の母」となり、家族を脅かす元婚約者や魔獣たちを華麗に撃退し、最愛の家族から「ママ」と呼ばれるその日までを綴った物語。

あやかし帝都の婚姻譚 〜浄癒の花嫁が祓魔の軍人に溺愛されるまで〜

鳴猫ツミキ
キャラ文芸
【完結】【第一章までで一区切り】時は大正。天羽家に生まれた桜子は、特異な体質から、家族に虐げられた生活を送っていた。すると女学院から帰ったある日、見合いをするよう命じられる。相手は冷酷だと評判の帝国陸軍あやかし対策部隊の四峰礼人だった。※和風シンデレラ風のお話です。恋愛要素が多いですが、あやかし要素が主体です。第9回キャラ文芸大賞に応募しているので、応援して頂けましたら嬉しいです。【第一章で一区切りで単体で読めますので、そこまででもご覧頂けると嬉しいです】。

後宮なりきり夫婦録

石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」 「はあ……?」 雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。 あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。 空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。 かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。 影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。 サイトより転載になります。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

香死妃(かしひ)は香りに埋もれて謎を解く 

液体猫
キャラ文芸
第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞受賞しました(^_^)/  香を操り、死者の想いを知る一族がいる。そう囁かれたのは、ずっと昔の話だった。今ではその一族の生き残りすら見ず、誰もが彼ら、彼女たちの存在を忘れてしまっていた。  ある日のこと、一人の侍女が急死した。原因は不明で、解決されないまま月日が流れていき……  その事件を解決するために一人の青年が動き出す。その過程で出会った少女──香 麗然《コウ レイラン》──は、忘れ去られた一族の者だったと知った。  香 麗然《コウ レイラン》が後宮に現れた瞬間、事態は動いていく。  彼女は香りに秘められた事件を解決。ついでに、ぶっきらぼうな青年兵、幼い妃など。数多の人々を無自覚に誑かしていった。  テンパると田舎娘丸出しになる香 麗然《コウ レイラン》と謎だらけの青年兵がダッグを組み、数々の事件に挑んでいく。  後宮の闇、そして人々の想いを描く、後宮恋愛ミステリーです。  シリアス成分が少し多めとなっています。

あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ
キャラ文芸
 強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。  充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。 「何故、こんなところに居る? 南条あまり」 「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」 「それ、俺だろ」  そーですね……。  カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

【完結】あやかし団地 管理人見習い日誌

双月ねむる
キャラ文芸
就活全滅で「自分には社会性がない」と思い込む凛は、遠縁の親戚に紹介され、昭和レトロな巨大団地・さくらヶ丘第一団地の『管理人見習い』として住み込みで働くことに。しかしその団地には、中庭の「靴鳴らし」、エレベーター表示盤に棲む狐など、団地限定あやかし達が当たり前のように暮らしていた。 最初は逃げ腰の凛だったが、すねた空き部屋や、ベランダの風鈴が告げるSOSなど、人とあやかしのトラブルに巻き込まれながら、少しずつ『共同体』に関わる勇気を取り戻していく。

処理中です...