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第二章 新たな生活とじゃがいも料理あらかると
不機嫌なぬらりひょん
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さちが次に目を覚ましたのは、九桜院家ではなかった。
(ここはどこ? また蔵の中なの?)
見慣れぬ天井を不思議に思いながら、暖かな布団の中で無意識に体を反転させた。すると目の前にあったのは、ぬらりひょんの整った顔。ぬらりひょんは眠っているようだった。
「ぬ、ぬらりひょん様……?」
状況を理解できないさちは、目をしばたたかせた。ぬらりひょんの顔を眺めているうちに、少しずつ昨夜のことが脳裏に蘇っていく。
(昨夜はぬらりひょん様たちと一緒にコロッケをいただいて、その後、こてんと寝てしまったのだったわ……!)
おまけに自分だけ布団の中でぬくぬくと寝ていて、ぬらりひょんはその横で、さちに寄り添うように寝息を立てている。
「も、申し訳ありません、ぬらりひょん様!!」
慌てて飛び起きると、即座に布団の横で、頭を畳に叩きつけるように土下座をした。
「……ん? ああ、さち。起きたのか」
さちの声で目覚めたのか、ぬらりひょんは静かに目を開いた。体を起こすと、体をゆっくりと伸ばしていく。
「さちの寝顔を眺めていたら、わしまで共に寝てしまっていたようだな。さち、よく眠れたか?」
さちは顔をあげることすら怖ろしく、ひたすら謝罪し続けた。
「この屋敷の主であられる、ぬらりひょん様のお許しなく寝てしまうだなんて。私ったら、とんでもないことを……。申し訳ございません、申し訳ございません。愚鈍な私をどうかお許しください!」
頭をこすりつけるように全身全霊で詫び続けるさちの頭上で、ぬらりひょんの声が響いてくる。その声は少しだけ冷ややかだった。
「待て。なぜ、そこまで謝る。おまえだって疲れて寝てしまうこともあろう? たったひとりで嫁に来たのだから」
「嫁として、いえ、使用人として、ぬらりひょん様にお仕えする立場ですのに、先に休むだなんてありえないことでございます。どうか、お許しを!」
九桜院家ならば、この後、厳しい叱責と折檻が待っている。これまでさちに比較的優しいぬらりひょんであったが、このことで激怒してしまうかもしれない。自分が悪いとはいえ、さちは震えながら謝ることしかできなかった。
「さち、顔をあげなさい」
おそるおそる顔をあげると、ぬらりひょんは昨日よりも厳しい顔をしていた。
(やはりお怒りなのだわ)
もう一度心から詫びようと、頭を下げた時だった。
「さち、謝るのは止めよ。謝罪するということは、赦しを乞うということだ。先ほども言ったが、わしはおまえが詫わびねばならぬことをしたとは思っておらぬ。むやみに頭を下げるな」
九桜院家でのさちは、息をするように頭を下げ、毎日侘びていた。謝罪しなくては、決して許してもらえなかったからだ。
ぬらりひょんの屋敷でも、当然そうすべきと思っていた。
「人間はすぐにぺこぺこと頭を下げるが、わしはそういう人間を好まぬ」
あぐらをかいたぬらりひょんは、強い口調で告げた。それはさちがこの屋敷にやってきて初めて聞く、ぬらりひょんの厳しい言葉だった。
「も、もうしわけ……」
じろりと、ぬらりひょんに睨まれる。自分がまた詫びようとしていることに気付き、身を縮こまらせる。
「さち、わしはおまえがどんな人生を歩んで来たのか、想像することしかできぬ。だがどんな事情があれど、わしのところに嫁に来たというなら、わしが不愉快になることだけはしてくれるな」
ぬらりひょんの言葉は、さちにとって何より辛いことだった。さちが作る手料理を喜んでくれる居場所を見つけた気がしていたのに、思い上がりだったようだ。
(わたし、これからどうしたらいいの……?)
ぬらりひょんが何を求めているのか、さちは理解できなかった。謝って許されるのなら、いくらでも頭を下げ続けるが、ぬらりひょんはむやみに謝罪するのは好まないという。
「あのう、ぬらりひょん様……」
おずおずと声を発すると、ぬらりひょんはじろりとさちを見つめた。
「あ、あの、愚鈍でぼんくらな私には、ぬらりひょん様を不快なお気持ちにさせないために、どうしたらいいのかわかりません。もしよろしければ、少しだけ教えていただけないでしょうか……?」
わからないのなら、聞くしかない。叱られるのを覚悟の上で、さちはぬらりひょんに質問した。
「そうさの。わしは人間がぺこぺこと頭を下げる姿を見たくない。そうならぬよう、さちは自らを変えていってほしい」
意外にも、ぬらりひょんはさちに優しく説明してくれた。
(自らを変えていく……)
さちにとっては、一度たりとて考えたことのない言葉だった。これまでは、生きるのにただ必死だったからだ。
「あのう、ぬらりひょん様。もうひとつお聞きしてよろしいでしょうか?」
不安な気持ちを抑えながら、そっと聞いてみた。
「自らを変えるためには、どのようにすればよろしいのでしょうか? 学のないさちにはわかりません……」
詫びないように注意しながら聞くと、ぬらりひょんはわずかに微笑んだ。
「そこからは自分の頭で考えることだ。これまでのさちは、周囲の命令のみで動いでいたであろう? わしはおぬしに用事を頼むことはあっても、命令はしない。だからまずは自分が何を望み、そのためにどう動くべきか考えよ」
ぬらりひょんの説明は、さちにはわからないことだらけだった。しかし自分で考えていかなくてはいけないことだけは、なんとなく理解できた。
さちは必死に考え始める。思えば、叱られないように周囲に気を遣いながら、生きていくことしかさちは知らなかった。自分が何を望むかだなんて、考える余裕さえなかったのだ。
懸命に考え続けているうちに、さちは昨夜のことをふと思い出した。
(昨日、ぬらりひょん様はコロッケを美味しいと喜んでらした。油すましさんも一つ目小僧さんも、『うまい』っておっしゃってた。嬉しかったなぁ。できることなら、あの笑顔をもう一度見てみたい)
さちが望むことは、料理を食べた者が笑顔になること。皆が喜んでくれれば、さちも自然な笑顔を見せることができるからだ。
「あのう、ぬらりひょん様。朝食はまだでございますか?」
「ああ。さちと同じで、起きたばかりだ」
「コロッケを美味しいと仰ってましたので、別のじゃが芋料理をお出ししたいのですが」
「ふぅむ。実は昨夜は酒をかなり飲んだものでな。あまり食欲がない。できれば、するっと入るハイカラなものを頼みたい」
「するっといただけるハイカラ料理……」
さちはしばし思案する。自分ができるハイカラな洋食で、手早くできるものはあるかどうか。
「難しいか? 無理なら……」
考え込むさちを心配したぬらりひょんが声をかけると、さちは顔をあげ、にっこりと笑った。
「すぐにお作り致します。少々お待ちくださいませ!」
さちの笑顔が、朝日の中で輝いていた。ぬらりひょんは満足げに微笑んだ。
身支度を整えたさちは、土間の台所へ小走りで向かった。
「化け火さん、今日もかまどに火を入れてもらえますか?」
かまどの奥で眠っていた化け火に声をかけると、了解した! というように、火の勢いを強くする。
「ふぁぁ。さちさん、おはようさんです」
さちと共に寝てしまった一つ目小僧が、目をこすりながら起きてきた。
「一つ目小僧さん、おはようございます」
「昨夜はおいらもここで寝ちまいました。さちさん、何かお作りになるんで?」
「ポテトスープを作りたいと思ってます」
「ぽてとすーぷ? それはハイカラなやつですか?」
「ええ、洋食のひとつです。じゃが芋はまだ少しありましたから、できれば牛乳が欲しいのですが……」
「おいらが買ってきやしょうか? ひとっ走りでさ」
一つ目小僧の申し出に、さちの顔がほころぶ。手早く作るためには、作業を分担したほうが効率が良いからだ。
「お願いできますか? 一つ目小僧さんの分もお作りしますので」
「がってんでやんす!」
一つ目小僧は額の大きなひとつの目をゆがませながら、にまりと笑った。
(ここはどこ? また蔵の中なの?)
見慣れぬ天井を不思議に思いながら、暖かな布団の中で無意識に体を反転させた。すると目の前にあったのは、ぬらりひょんの整った顔。ぬらりひょんは眠っているようだった。
「ぬ、ぬらりひょん様……?」
状況を理解できないさちは、目をしばたたかせた。ぬらりひょんの顔を眺めているうちに、少しずつ昨夜のことが脳裏に蘇っていく。
(昨夜はぬらりひょん様たちと一緒にコロッケをいただいて、その後、こてんと寝てしまったのだったわ……!)
おまけに自分だけ布団の中でぬくぬくと寝ていて、ぬらりひょんはその横で、さちに寄り添うように寝息を立てている。
「も、申し訳ありません、ぬらりひょん様!!」
慌てて飛び起きると、即座に布団の横で、頭を畳に叩きつけるように土下座をした。
「……ん? ああ、さち。起きたのか」
さちの声で目覚めたのか、ぬらりひょんは静かに目を開いた。体を起こすと、体をゆっくりと伸ばしていく。
「さちの寝顔を眺めていたら、わしまで共に寝てしまっていたようだな。さち、よく眠れたか?」
さちは顔をあげることすら怖ろしく、ひたすら謝罪し続けた。
「この屋敷の主であられる、ぬらりひょん様のお許しなく寝てしまうだなんて。私ったら、とんでもないことを……。申し訳ございません、申し訳ございません。愚鈍な私をどうかお許しください!」
頭をこすりつけるように全身全霊で詫び続けるさちの頭上で、ぬらりひょんの声が響いてくる。その声は少しだけ冷ややかだった。
「待て。なぜ、そこまで謝る。おまえだって疲れて寝てしまうこともあろう? たったひとりで嫁に来たのだから」
「嫁として、いえ、使用人として、ぬらりひょん様にお仕えする立場ですのに、先に休むだなんてありえないことでございます。どうか、お許しを!」
九桜院家ならば、この後、厳しい叱責と折檻が待っている。これまでさちに比較的優しいぬらりひょんであったが、このことで激怒してしまうかもしれない。自分が悪いとはいえ、さちは震えながら謝ることしかできなかった。
「さち、顔をあげなさい」
おそるおそる顔をあげると、ぬらりひょんは昨日よりも厳しい顔をしていた。
(やはりお怒りなのだわ)
もう一度心から詫びようと、頭を下げた時だった。
「さち、謝るのは止めよ。謝罪するということは、赦しを乞うということだ。先ほども言ったが、わしはおまえが詫わびねばならぬことをしたとは思っておらぬ。むやみに頭を下げるな」
九桜院家でのさちは、息をするように頭を下げ、毎日侘びていた。謝罪しなくては、決して許してもらえなかったからだ。
ぬらりひょんの屋敷でも、当然そうすべきと思っていた。
「人間はすぐにぺこぺこと頭を下げるが、わしはそういう人間を好まぬ」
あぐらをかいたぬらりひょんは、強い口調で告げた。それはさちがこの屋敷にやってきて初めて聞く、ぬらりひょんの厳しい言葉だった。
「も、もうしわけ……」
じろりと、ぬらりひょんに睨まれる。自分がまた詫びようとしていることに気付き、身を縮こまらせる。
「さち、わしはおまえがどんな人生を歩んで来たのか、想像することしかできぬ。だがどんな事情があれど、わしのところに嫁に来たというなら、わしが不愉快になることだけはしてくれるな」
ぬらりひょんの言葉は、さちにとって何より辛いことだった。さちが作る手料理を喜んでくれる居場所を見つけた気がしていたのに、思い上がりだったようだ。
(わたし、これからどうしたらいいの……?)
ぬらりひょんが何を求めているのか、さちは理解できなかった。謝って許されるのなら、いくらでも頭を下げ続けるが、ぬらりひょんはむやみに謝罪するのは好まないという。
「あのう、ぬらりひょん様……」
おずおずと声を発すると、ぬらりひょんはじろりとさちを見つめた。
「あ、あの、愚鈍でぼんくらな私には、ぬらりひょん様を不快なお気持ちにさせないために、どうしたらいいのかわかりません。もしよろしければ、少しだけ教えていただけないでしょうか……?」
わからないのなら、聞くしかない。叱られるのを覚悟の上で、さちはぬらりひょんに質問した。
「そうさの。わしは人間がぺこぺこと頭を下げる姿を見たくない。そうならぬよう、さちは自らを変えていってほしい」
意外にも、ぬらりひょんはさちに優しく説明してくれた。
(自らを変えていく……)
さちにとっては、一度たりとて考えたことのない言葉だった。これまでは、生きるのにただ必死だったからだ。
「あのう、ぬらりひょん様。もうひとつお聞きしてよろしいでしょうか?」
不安な気持ちを抑えながら、そっと聞いてみた。
「自らを変えるためには、どのようにすればよろしいのでしょうか? 学のないさちにはわかりません……」
詫びないように注意しながら聞くと、ぬらりひょんはわずかに微笑んだ。
「そこからは自分の頭で考えることだ。これまでのさちは、周囲の命令のみで動いでいたであろう? わしはおぬしに用事を頼むことはあっても、命令はしない。だからまずは自分が何を望み、そのためにどう動くべきか考えよ」
ぬらりひょんの説明は、さちにはわからないことだらけだった。しかし自分で考えていかなくてはいけないことだけは、なんとなく理解できた。
さちは必死に考え始める。思えば、叱られないように周囲に気を遣いながら、生きていくことしかさちは知らなかった。自分が何を望むかだなんて、考える余裕さえなかったのだ。
懸命に考え続けているうちに、さちは昨夜のことをふと思い出した。
(昨日、ぬらりひょん様はコロッケを美味しいと喜んでらした。油すましさんも一つ目小僧さんも、『うまい』っておっしゃってた。嬉しかったなぁ。できることなら、あの笑顔をもう一度見てみたい)
さちが望むことは、料理を食べた者が笑顔になること。皆が喜んでくれれば、さちも自然な笑顔を見せることができるからだ。
「あのう、ぬらりひょん様。朝食はまだでございますか?」
「ああ。さちと同じで、起きたばかりだ」
「コロッケを美味しいと仰ってましたので、別のじゃが芋料理をお出ししたいのですが」
「ふぅむ。実は昨夜は酒をかなり飲んだものでな。あまり食欲がない。できれば、するっと入るハイカラなものを頼みたい」
「するっといただけるハイカラ料理……」
さちはしばし思案する。自分ができるハイカラな洋食で、手早くできるものはあるかどうか。
「難しいか? 無理なら……」
考え込むさちを心配したぬらりひょんが声をかけると、さちは顔をあげ、にっこりと笑った。
「すぐにお作り致します。少々お待ちくださいませ!」
さちの笑顔が、朝日の中で輝いていた。ぬらりひょんは満足げに微笑んだ。
身支度を整えたさちは、土間の台所へ小走りで向かった。
「化け火さん、今日もかまどに火を入れてもらえますか?」
かまどの奥で眠っていた化け火に声をかけると、了解した! というように、火の勢いを強くする。
「ふぁぁ。さちさん、おはようさんです」
さちと共に寝てしまった一つ目小僧が、目をこすりながら起きてきた。
「一つ目小僧さん、おはようございます」
「昨夜はおいらもここで寝ちまいました。さちさん、何かお作りになるんで?」
「ポテトスープを作りたいと思ってます」
「ぽてとすーぷ? それはハイカラなやつですか?」
「ええ、洋食のひとつです。じゃが芋はまだ少しありましたから、できれば牛乳が欲しいのですが……」
「おいらが買ってきやしょうか? ひとっ走りでさ」
一つ目小僧の申し出に、さちの顔がほころぶ。手早く作るためには、作業を分担したほうが効率が良いからだ。
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