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第二章 新たな生活とじゃがいも料理あらかると
おりんの助言
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にぎやかなじゃがいも料理の晩餐会が終わり、さちはおりんに手伝ってもらいながら片づけを終えた。
腹いっぱいになるまで食べた一つ目小僧は早々に寝てしまい、油すましも酒に酔って寝てしまった。
「じゃあ、あたしは帰るからさ。あとはぬらりひょん様と仲良く、ね」
うふふと笑いながら去って行こうとする、おりんの着物の裾を、さちは慌ててつかみ取った。
「なんだい、さち」
酒を飲んだわけでもないのに、さちの顔はほんのり赤くなっている。
「あ、あの、おりんさん。私、このあとはどうすればいいんですか……?」
「どうって。ぬらりひょん様のお部屋に行ってみたらいいんじゃない? 今のさちなら大丈夫だよ。ぬらりひょん様も、あんたにうっとり見惚れていたしねぇ」
おかしくてたまらないといった様子で、おりんはくふふと笑みを浮かべた。
一方さちは、顔から湯気が出そうなほど真っ赤になっている。
「ぬらりひょん様のお部屋に!? む、無理です。昼間ならともかく、こんなに暗くなってからひとりで行くなんて。おりんさん、お願いです。ついてきてくださいっ!」
「あのねぇ……。さちはぬれりひょん様をお慕いしていて、嫁として認められたいんだろ? なら、勇気を出してひとりで行くべきだよ。そしてあんたの胸に秘めた熱い思いを告白しておいて。こんなにきれいで可愛いさちだもの、きっとぬらりひょん様だって受け入れてくださるさ」
「で、でもっ! 私みたいな人間が、ぬらりひょん様をお慕いしているだなんて言ったら、きっとご迷惑です。わたしは、愚鈍なぼんくら娘ですもの。私ごときでは、ぬらりひょん様にふさわしくありません……」
「さち、あんた……」
ぬらりひょんの屋敷で料理を作り、自らの居場所を見つけたさちだったが、九桜院家で長年虐げられていた記憶は簡単に消えるものではない。さちの心には、自らを卑下する気持ちが根強く残っている。さちの手料理をどれだけ絶賛されても、美しく装って美辞麗句を重ねられても、消えることのない強い劣等感が、さちの心を閉ざしている。
助けを求めて怯えているさちは、まるで小さな子どものようだ。さちの心の奥底には、愛情を求めて泣き続ける幼子が今もいるのだ。
おりんは軽く微笑み、さちの背中に手を回して、そっと抱きしめた。
「いいかい、さち。あんたは泣くことしかできない幼女じゃないんだよ。ぬらりひょん様のお屋敷では、立派にお務めを果たしてるじゃないか。でもね、あたしやぬらりひょん様がどれだけ言葉を重ねても、さちが自らを変えていく努力をしないと、何も変わらないんだよ。怖いのはよくわかるけど、自分ひとりでやってごらん。失敗してもいいんだ。それも大切な経験だからね。それを責めるものは、ここには誰もいない。それにね、ぬらりひょん様はさちのことを、とても大切に思ってらっしゃる。だから嫌なことは何ひとつしないし、いつだってあんたの幸せを願ってるよ。まずはぬらりひょん様とおしゃべりするつもりで、お部屋にお行きよ。ね?」
「おりんさん……」
おりんの優しい微笑みは、亡き母によく似ているとさちは思った。笑顔を忘れないようにしていれば、いつかきっと幸せになれると教えてくれた大好きな母に。
(おりんさん、まるで母様みたいだわ。母様の温もりを感じるのは、蓉子お姉様だけだったのに。どうしてかしら……)
「ん? ぼ~っとしてどうしたんだい? さち」
「え、えっと、その。こんなこと言ったら失礼かもしれませんけど……」
さちが恥ずかしそうに口ごもっていると、おりんは少しばかり苛ついたようで、じろりとにらんできた。
「なんだい、はっきりお言い」
「は、はい! あの、おりんさんって私の母様に似てる気がします。顔立ちとかって意味じゃなくて、私を気遣ってくれる優しさや微笑みとか、その雰囲気が」
「母様に似てる……」
さちの話を聞いたおりんからすぅっと笑みが消え、気まずそうに顔をそむけた。
「す、すみません。私ったらなんてことを……」
「いや、いいんだよ、気にしなくて。母様か、そうか、お母さん……」
おりんが着物の裾で顔を隠してしまったので、怒っているのかどうかはさちにはわからなかった。しかしおりんの体は小刻みに揺れていて、漏れ聞こえてくる吐息は泣いているように感じられた。
「おりんさん、ごめんなさい! 私、やっぱり変なことを言ったんですね」
さちは慌てて謝ったが、頭を下げる前におりんがそれを制した。
「だから、気にするなって言ったろ。ちょっとだけね、昔のことを思い出してしまっただけなんだ。さちのせいじゃないから心配するんじゃないの。それよりあんたにはすることがあるだろ? ぬらりひょん様のところへ行く気になったかい?」
にっこりと笑って見せたおりんだったが、その目は赤く、やはり泣いていたのだとわかる。
(おりんさんは私に、勇気を出させようとしているのだわ。思わず泣いてしまうほどに。おりんさんの気持ちを無下にしたら、それこそ申し訳ない)
さちは口をきゅっと噛みしめると、両手を軽く上げて握りこぶしを作る。
「わかりました、おりんさん。私、がんばってみます」
「その意気だよ、さち! いいかい、女は度胸だ。さぁ、がんばっておいで」
「はいっ!」
ぬらりひょんが好きなほうじ茶を用意したさちは、おりんに見送ってもらいながら、ぬらりひょんの部屋のほうへと歩いていった。
「まったく、世話の焼ける子だねぇ。なんだが昔のことを思い出してしまうよ……」
何度も振り返っては、おりんがいることを確認しながら、ゆっくり前へと進むさちに、おりんは手を振り続けるのだった。
腹いっぱいになるまで食べた一つ目小僧は早々に寝てしまい、油すましも酒に酔って寝てしまった。
「じゃあ、あたしは帰るからさ。あとはぬらりひょん様と仲良く、ね」
うふふと笑いながら去って行こうとする、おりんの着物の裾を、さちは慌ててつかみ取った。
「なんだい、さち」
酒を飲んだわけでもないのに、さちの顔はほんのり赤くなっている。
「あ、あの、おりんさん。私、このあとはどうすればいいんですか……?」
「どうって。ぬらりひょん様のお部屋に行ってみたらいいんじゃない? 今のさちなら大丈夫だよ。ぬらりひょん様も、あんたにうっとり見惚れていたしねぇ」
おかしくてたまらないといった様子で、おりんはくふふと笑みを浮かべた。
一方さちは、顔から湯気が出そうなほど真っ赤になっている。
「ぬらりひょん様のお部屋に!? む、無理です。昼間ならともかく、こんなに暗くなってからひとりで行くなんて。おりんさん、お願いです。ついてきてくださいっ!」
「あのねぇ……。さちはぬれりひょん様をお慕いしていて、嫁として認められたいんだろ? なら、勇気を出してひとりで行くべきだよ。そしてあんたの胸に秘めた熱い思いを告白しておいて。こんなにきれいで可愛いさちだもの、きっとぬらりひょん様だって受け入れてくださるさ」
「で、でもっ! 私みたいな人間が、ぬらりひょん様をお慕いしているだなんて言ったら、きっとご迷惑です。わたしは、愚鈍なぼんくら娘ですもの。私ごときでは、ぬらりひょん様にふさわしくありません……」
「さち、あんた……」
ぬらりひょんの屋敷で料理を作り、自らの居場所を見つけたさちだったが、九桜院家で長年虐げられていた記憶は簡単に消えるものではない。さちの心には、自らを卑下する気持ちが根強く残っている。さちの手料理をどれだけ絶賛されても、美しく装って美辞麗句を重ねられても、消えることのない強い劣等感が、さちの心を閉ざしている。
助けを求めて怯えているさちは、まるで小さな子どものようだ。さちの心の奥底には、愛情を求めて泣き続ける幼子が今もいるのだ。
おりんは軽く微笑み、さちの背中に手を回して、そっと抱きしめた。
「いいかい、さち。あんたは泣くことしかできない幼女じゃないんだよ。ぬらりひょん様のお屋敷では、立派にお務めを果たしてるじゃないか。でもね、あたしやぬらりひょん様がどれだけ言葉を重ねても、さちが自らを変えていく努力をしないと、何も変わらないんだよ。怖いのはよくわかるけど、自分ひとりでやってごらん。失敗してもいいんだ。それも大切な経験だからね。それを責めるものは、ここには誰もいない。それにね、ぬらりひょん様はさちのことを、とても大切に思ってらっしゃる。だから嫌なことは何ひとつしないし、いつだってあんたの幸せを願ってるよ。まずはぬらりひょん様とおしゃべりするつもりで、お部屋にお行きよ。ね?」
「おりんさん……」
おりんの優しい微笑みは、亡き母によく似ているとさちは思った。笑顔を忘れないようにしていれば、いつかきっと幸せになれると教えてくれた大好きな母に。
(おりんさん、まるで母様みたいだわ。母様の温もりを感じるのは、蓉子お姉様だけだったのに。どうしてかしら……)
「ん? ぼ~っとしてどうしたんだい? さち」
「え、えっと、その。こんなこと言ったら失礼かもしれませんけど……」
さちが恥ずかしそうに口ごもっていると、おりんは少しばかり苛ついたようで、じろりとにらんできた。
「なんだい、はっきりお言い」
「は、はい! あの、おりんさんって私の母様に似てる気がします。顔立ちとかって意味じゃなくて、私を気遣ってくれる優しさや微笑みとか、その雰囲気が」
「母様に似てる……」
さちの話を聞いたおりんからすぅっと笑みが消え、気まずそうに顔をそむけた。
「す、すみません。私ったらなんてことを……」
「いや、いいんだよ、気にしなくて。母様か、そうか、お母さん……」
おりんが着物の裾で顔を隠してしまったので、怒っているのかどうかはさちにはわからなかった。しかしおりんの体は小刻みに揺れていて、漏れ聞こえてくる吐息は泣いているように感じられた。
「おりんさん、ごめんなさい! 私、やっぱり変なことを言ったんですね」
さちは慌てて謝ったが、頭を下げる前におりんがそれを制した。
「だから、気にするなって言ったろ。ちょっとだけね、昔のことを思い出してしまっただけなんだ。さちのせいじゃないから心配するんじゃないの。それよりあんたにはすることがあるだろ? ぬらりひょん様のところへ行く気になったかい?」
にっこりと笑って見せたおりんだったが、その目は赤く、やはり泣いていたのだとわかる。
(おりんさんは私に、勇気を出させようとしているのだわ。思わず泣いてしまうほどに。おりんさんの気持ちを無下にしたら、それこそ申し訳ない)
さちは口をきゅっと噛みしめると、両手を軽く上げて握りこぶしを作る。
「わかりました、おりんさん。私、がんばってみます」
「その意気だよ、さち! いいかい、女は度胸だ。さぁ、がんばっておいで」
「はいっ!」
ぬらりひょんが好きなほうじ茶を用意したさちは、おりんに見送ってもらいながら、ぬらりひょんの部屋のほうへと歩いていった。
「まったく、世話の焼ける子だねぇ。なんだが昔のことを思い出してしまうよ……」
何度も振り返っては、おりんがいることを確認しながら、ゆっくり前へと進むさちに、おりんは手を振り続けるのだった。
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