ぬらりひょんのぼんくら嫁〜虐げられし少女はハイカラ料理で福をよぶ〜

蒼真まこ

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第二章 新たな生活とじゃがいも料理あらかると

ぬらりひょんの正体

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 ぬらりひょんの部屋の前につくと、障子越しに部屋の灯りがもれていて、周囲がほんのりと明るくなっていた。障子の向こうに、ぬらりひょんの影が見え隠れしている。

(そこにいらっしゃるのね、ぬらりひょん様)

 そう思った途端、さちの顔は熱くなってくる。体まで震えてきて、お盆にのせた急須が、かちゃかちゃと音を立てて揺れ始めた。

「さちか?」

 ぬらりひょんの穏やかな声が、暗闇に響いた。名を呼ばれては逃げるわけにもいかず、さちは慌てて返事をする。

「は、はい。さちでございます。ほうじ茶をお持ちしました」
「そうか。入るがいい」
「し、失礼いたします……」

 障子戸をゆっくり開けると、ぬらりひょんがさちのほうへ顔を向けて微笑んでいた。月明かりが差し込み、ぬらりひょんの整った顔を怪しく照らす。
 再び顔が熱くなるのを感じながら、さちはお盆を落とさないよう注意しながら進む。

「わしの好きなほうじ茶を用意してくれたのだな。さちは気が利く」
「い、いえ。そんな」

 震える手でほうじ茶を淹れながら、さちは胸の鼓動が早くなっていくのを感じていた。

(ど、どうしよう。顔があげられない……)

 さちの緊張を感じとったのか、ぬらりひょんが優しく声をかける。

「さち、茶を入れたら、こちらに少し寄りなさい」
「は、はい」 

(女は度胸、おんなは度胸、おんなはどきょう……)

 おりんに教えてもらった言葉を念仏のように唱えながら、さちはぬらりひょんのほうへ身を寄せ、静かに顔をあげた。そこにはぬらりひょんの穏やかな微笑みがあった。

「さち、おまえに一度、見てもらいたいものがある」
「見てもらいたいもの、ですか?」

 ぬらりひょんは頷き、ほうじ茶をすすった。しばし沈黙が続いた後、ぬらりひょんはゆっくりと口を開いた。

「さち、わしにはいくつかの『顔』がある。さちが見知っている、この顔はそのひとつにすぎん」

 ぬらりひょんは白い髪を揺らしながら、さちに語りかける。

「お顔がいくつもある、のですか?」

 さちには想像もできないことだったが、ぬらりひょんが自らの秘密をさちのために語ってくれていることは感じていた。

「言葉で説明してもわからぬだろうな。さち、よく見ているがいい」

 ぬらりひょんはその場で立ち上がった。すらりとした長身に浅黒い肌に白い髪、端正な顔立ちがさちを見下ろす。
 しばし見惚れるさちの目の前で、ぬらりひょんは着物の袂で顔を隠した。次の瞬間、ぬらりひょんの長身はみるみる縮んでいった。

「え……?」

 驚くさちの目の前で、ぬらりひょんは袂を戻し、隠した顔を見せる。そこにいたのは、巨大な坊主頭をもつ、老人のような姿のぬらりひょんであった。

「ぬ、ぬらりひょん様、ですか……?」
「そうだ。この姿はわしの『顔』のひとつ。人間が知っているのは、むしろこちらの姿であろうな」

 のっぺりとした顔の上にのっているのは、髪が一本ないつるりとした大きな頭。長身とはいえないものの、さちよりは背は高い。というより、頭が大きすぎるのだ。その見た目は明らかに異形で、周囲を圧倒する雰囲気をもっていた。

「さちがこの屋敷に来たとき、おまえを驚かせぬよう、人間に近い姿を保っていたのだ」

 さちは口をぽかんと開けたまま、しばし巨大な頭のぬらりひょんを見つめる。

「これでわかったであろう、さち。この通り、わしはあやかしであり、人間から見れば化け物なのだ。おまえがわしを慕ってくれるのは嬉しいが、このような異形な者の嫁になど本気でなりたくはなかろう? だからおまえはいずれ、この屋敷から出ていくべき……」

 ぬらりひょんがそこまで話した時だった。

「か……です」

 さちが唸うなるように、何かを呟いた。

「ん? なんだ、さち。何を言った?」

 ぬらりひょんが問うと、さちは両の頬に手を当て、うっとりとした表情で驚きの言葉を口にした。

「ぬらりひょん様、かわゆいです!」

さちの一言に仰天したのは、巨大な頭のぬらりひょんであった。

「か、かわゆい……? さち、おまえ何を言っているのだ?!」

 さちは頬を赤く染めながら嬉しそうに、ぬらりひょんを見つめている。

「これまでの美丈夫なお姿も素敵ですが、今のお姿も素敵です。とてもかわゆいですもの。他にどのようなお顔をお持ちなのですか? さちはぬらりひょんの全てを知りたいです」

 きらきらとした瞳で語るさちを、ぬらりひょんはただ呆然と見つめることしかできなかった。
 老人のようなぬらりひょんの姿に驚き、淡い恋心も冷めていくと、ぬらりひょんは思っていたのだ。そして自らこの屋敷を出ていきたいと、願い出ると思っていた。
 さちとの生活に慣れてしまったぬらりひょんは忘れていた。さちは世間を知らぬためか、普通の少女と少しばかり感覚が違うことを。

「ぬらりひょん様は、やっぱりすごいですね! いくつもの顔をもってらっしゃるって、想像もできませんもの。私はぬらりひょん様がどのようなお顔とお姿をお持ちでも、一向にかまいません。だって私は、ぬらりひょん様の見た目に惹かれたわけではありません。ですから」

 さちはそこで言葉を止めると、三つ指をついて丁寧に頭を下げた。

(ぬらりひょん様は御自分の正体を晒してまで、私の気持ちに応えようとなさっている。私も伝えなくては。正直な思いを)

 油断すると震えてきそうになるのを堪え、自らの気持ちを懸命に伝える。

「ですからどうか、このお屋敷から追い出したりしないでくたさい。さちはぬらりひょん様をお慕いしております。どうかずっとお傍にいさせてくださいませ」

  
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