ぬらりひょんのぼんくら嫁〜虐げられし少女はハイカラ料理で福をよぶ〜

蒼真まこ

文字の大きさ
24 / 44
第二章 新たな生活とじゃがいも料理あらかると

さちとぬらりひょんの告白

しおりを挟む
 ぬらりひょんは頭を下げるさちを、静かに見つめていた。ややあって、ぬらりひょんは突如、豪快に笑い始めた。

「ふはははは! さち、わしの負けだ!」
「ぬらりひょん様?」

 驚いたさちは顔をあげた。ぬらりひょんはなおも笑い続けている。その表情は晴れやかで、実に満足そうだった。

「どうやらわしは、おまえという人間を見誤っていたらしい。姿を変えれば、さちはわしを嫌い、この屋敷から出ていくと思っていた。しかし、そうではなかった」

 ぬらりひょんの言葉に、さちは凛とした表情で答える。

「さちはぬらりひょん様の見た目に惹かれてお慕いしているのではございません。ぬらりひょん様の優しさと器の大きさに惹かれたのです。もしも私が、見た目で判断する人間でしたら、とうにこの屋敷から逃げ出しております」

「それもそうだの。一つ目に油すまし、ろくろ首までおるのだからな」
「僭越ながら私は、人間の優しさや儚さ、その裏に潜む怖さを身を以て知っているつもりでございます。それゆえに人だけでなく、あやかしも見かけで判断してはならぬと思うのです」
「ふむ。その通りだな」

 ぬらりひょんはにやりと笑い、その場で腰を下ろした。

「さち、おまえを試すようなことをしてすまぬ。わしが短慮であった」

 ぬらりひょんはさちに向かって頭を下げた。その姿を見たさちは、慌てて止めようとする。

「ぬらりひょん様、私ごときに頭を下げるのはお止めくださいませ。さちはまだ世間や物事というものを知りません。ぬらりひょん様のお傍で少しずつ学んでいきたいのです。そして許されるならば」

 さちは言葉を止め、熱くなる体を感じながらやや下を向く。ぬらりひょんに惹かれる気持ちが強いほど、自分なんて……という思いも強くなる。九桜院家で怯えて泣いて、無理して笑った記憶がある限り、自分を卑下する感情は常にまとわりつくのだから。

(勇気を出すのよ、さち。自信をもてなくても、今ここで逃げたら何も変わらない。自分を変えられるのは、きっと私だけ)

劣等感から逃れられぬのなら、胸の中に抱いて生きていくしかない。さちは覚悟を決めて顔をあげた。

「許されるならば……さちはぬらりひょん様の、本当の妻となりたいです」
「そうか……」

 ぬらりひょんは腕を組み、目をつむった。しばし思案しているようだ。しばらくして目を開けると、さちを見て穏やかに微笑んだ。

「おまえの気持ちはよくわかった。わしもさちとのことを、今一度考えてみたいと思う。だがな、その前に二つ、さちに伝えねばならぬことがある。聞いてくれるか?」

 さちは静かにうなずいた。

「まずひとつ。わしたちあやかしはな、いずれ幽世に帰ることになるだろう。変わりゆく日本にあやかしはついていけないからだ。幽世は黄泉の国とも繋がる特別な世界。人が住まう場所ではない。できればわしは、さちを幽世に連れていきたくない。さちには人間の世界で幸せになってほしいからだ」

 ぬらりひょんの話に、さちはしばし考え込む。黄泉とも繋がる幽世なんて、さちには想像もできない。けれども、ひとつだけわかることがある。

「幽世のことは、私にはわかりません。けれどどんな世界であっても、ぬらりひょん様が行かれる場所なら、さちはお供したいです。ぬらりひょん様のお傍にいることが、私の望みですから」

 しっかりと気持ちを伝えたさちの姿に、ぬらりひょんは一瞬目を丸くしたが、やがて静かに微笑んだ。

「さちの思いはよくわかった。ではもうひとつ伝えよう。さちの父、壱郎のことだ」 
「だ、旦那様のこと、ですか……?」

 急に父親のことを言われ、さちの体はかたかたと震えだした。九桜院家での辛い生活が脳裏に浮かぶ。父である壱郎は、さちに父親らしいことは何ひとつしてくれなかった。

「怖いか、さち」
「も、申し訳ありません……」

 ぬらりひょんは立ち上がり、さちの目の前まで歩み出た。

「謝ることはない。おまえが九桜院家で使用人同然の生活をしていたことは、すでに知っておる。辛かったであろう? よくひとりで耐えたな」

 ぬらりひょんはさちの頭に手をやると、優しく撫でた。さちを思いやる言葉と手の温もり。さちは今にも泣きそうだった。

「さちは壱郎にもう会いたくないかもしれないが、わしはあやつに聞きたいことがいくつかある。何度文を送っても返事はなかったが、今日やっと返信があった。壱郎はここに来るそうだ」
「旦那様がここに来るのですか?」
「会いたくなければ会わなくてもよい。わしが対応するからな」

(旦那様……一度も父と呼べなかった、私のお父様)

 さちはぬらりひょんに頭を撫でられながら、静かに目を閉じた。

(九桜院家にいた時は、毎日生きるのに必死で、父が私にどれだけ冷たくても、疑問さえ感じなかった。でも今は……)

 さちは目を開け、ぬらりひょんの目をまっすぐ見つめた。そこにはもう怯えは感じられなかった。

「ぬらりひょん様、さちも旦那様、いえ、父に会ってみようと思います」
 
 父のことを思うと、今にも体が震えてくる。けれどさちには壱郎に、どうしても伝えたいことがあった。

「そうか、わかった。わしもおるから安心しなさい」
「はい、ありがとうございます」

 父の壱郎に会っても、何をどう話せばいいのか正直わからない。けれどこのまま目を背け続けるわけにはいかない気もしていた。

「あの、ぬらりひょん様、ひとつだけお願いしてもよろしいですか?」
「なんだ、さち。申してみよ」
「あの、今晩はぬらりひょん様のお部屋で休んでもよろしいでしょうか……? ただおそばにいるだけで十分ですので……」

 ぬらりひょんは優しく微笑み、頷いた。
 さちの顔が、ぱっと輝いた。



 さちはその後、全てに満たされたような表情で、こてんと寝てしまった。晩餐会の準備と片付け、ぬらりひょんへの告白を終えて、すべての力を使い果たしてしまったのだろう。
 ぬらりひょんは眠るさちに掛け布団をかけてやりながら、自らは冷めきったほうじ茶をすすった。

「人とは不思議なものよのぅ。時に我らあやかしには到底できないことをなしとげたり、思いもよらない強さを見せたりする。実に面白い。はたして人間とあやかしは、どこへ向かっていくのか……」

 ぬらりひょんのひとり言は月夜に溶け込み、さちの眠りを静かに見守ったのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

処理中です...