2 / 70
あかの章 朱里
おじさんとの日々
しおりを挟む
朝の目覚めは、おじさんが作るオムレツの音で始まる。
卵を角でこんこんとやって、ボウルに割り入れる。菜箸で手早く混ぜ、調味料を入れたら、バターを溶かしたフライパンへ。熱したフライパンで卵液が踊り、焼けたバターと卵の香りで満たされていく。これまで何度も見てきたから、音だけでどんな調理工程なのかわかってしまう。
キッチンから聞こえる音って、なんであんなに心地良いんだろう。スマホの目覚まし機能に入れてもいいんじゃないかと思うぐらいだ。けたたましい音よりもずっと朝の目覚めに向いてると思うんだけど。
「……って、今何時よ?」
目覚まし時計を見る。朝の6時40分。7時半には家を出るから、とっくに起きてないといけない時刻だ。
「寝坊したっ!」
ようやく現実の厳しさに気付いた私は、跳ねるように飛び起きた。
「ああ、もう! なんで目覚まし時計鳴らないの!」
役立たずの目覚まし時計をベッドに叩きつけ、洗面台へ向かう。
手早く洗顔して髪を整えるが、くせ毛の私はこの作業にどうしても時間を要してしまう。丁寧にブローするのをあきらめて、髪を後ろでひとつにまとめ、ゴムで留めた。田舎っぽい感じがするから嫌なんだけど、この際そんなことは気にしていられない。
「おじさん、おはよう!」
なんとか身支度を整えると、走ってキッチンに滑り込む。
朝食を作っているおじさんが、差し込む朝日をバックにゆっくりと振り向いた。
「おはよう、朱里」
にっこりと優雅に微笑むおじさんが、今日も爽やかで眩しい。朝日浴びてるから、二割増しの眩しさだ。白いワイシャツに赤いエプロンを着て、今日も笑顔でキッチンに立っている。
「おじさん、ごめん! 今日こそ私が朝ごはん作るはずだったのに」
「弁当も、だろ?」
「そうだった! お弁当も作らないといけない!」
お弁当作りのことをすっかり忘れていた。今年入学した高校に学食や売店はない。お昼にパンと牛乳類を販売する業者が来るけど、人気商品はあっという間に売り切れるし、買いそびれたらお昼はなしになってしまう。
「弁当ならもう作ったぞ。弁当袋に入れるのは自分でやりなさい」
食卓にはすでに二人分のお弁当が、おかずもご飯も入った状態で置かれている。あとは蓋をして、お弁当袋に入れるだけだ。
「やった! 私が作るより、おじさんのお弁当のほうが美味しいもん」
「調子いいこといって。昨夜は『朝食も弁当も私が作る!』って息巻いてたのは誰だっけ?」
「うう……私です。ごめんなさい、おじさん」
「わかればよろしい。いきなり両方やろうと思わなくていいからな。まずはお弁当作りから手伝いなさい」
「はーい」
「朱里、時間ないんだろ? オムレツだけでも食べていきなさい」
「そうだった、早く食べないと遅刻するっ!」
私の座席の前には、大好物のオムレツと野菜スープが置かれている。オムレツとスープって無敵の組み合わせだと思う。ああ、でも卵焼きとお味噌汁の組み合わせも捨てがたい。
「いただきまーす」
ふんわり焼けたオムレツをスプーンですくい取ると、口の中へ。瞬間、半熟の卵のとろける美味さが口いっぱいに広がる。
「んん~っ!! おじさんのオムレツ、最高っ!」
「お世辞はいいから。早く食べなさい」
「お世辞じゃないよ、本当に美味しいんだもん」
「しょっちゅう食べてるだろ?」
おじさんは苦笑いを浮かべているけれど、まんざらではなさそうだ。おじさんの作る料理は何でも美味しいけど、卵料理は本当に絶品だと思う。お店にも負けてないんじゃないかな。
「おじさん、明日は和風オムレツがいいな」
「明日は卵焼きと味噌汁にする予定」
「え~、和風オムレツとお味噌汁がいい」
「はいはい。朱里は本当に卵料理が好きだな。野菜スープもちゃんと食べなさい」
「はーい」
おじさんも私と一緒に朝食を食べ始める。手早くスープを飲み干しながら、ちらりとおじさんを盗み見た。目鼻の整った顔立ちに、長いまつげ。右目の下には小さなほくろがあって、それが妙に色っぽく見えるから不思議だ。
「泣きぼくろ」と呼ぶのを知ったのは、わりと最近だ。小さい頃は私も、大きくなったら同じように泣きほくろができると思っていた。結局泣きぼくろはできなかったけど、それでも私は満足だった。おじさんは私を実の娘のように、ううん、それ以上といっていいぐらい、大切にしてくれるから。いっそ本当におじさんの娘だったらいいのに。
私の実の父、芹沢水樹はおじさんの双子の弟だ。一卵性双生児だから、顔はよく似ている。写真だと見分けがつかないぐらいに。でも性格は全く違うと思う。だって父は私を捨てたから。
おじさんは「海外は危険だし、仕事が忙しいから」って言うけど、あれは嘘だと思ってる。でもいいの。私にはおじさんがいるから。おじさんさえいれば、私の生活は満ち足りている。
「朱里、もう鍵を閉めるよ」
「はーい! 今行きます」
玄関でおじさんが私を呼んでいる。愛用の通学リュックに必要な荷物が入ってるか確認すると、おじさんに向かって走っていった。ぱりっとしたスーツを着たおじさんは、今日もカッコイイ。
「ごめんね、おじさん。待たせちゃって」
「のんびりしてると遅刻するぞ」
人差し指をこつんと私の頭にあて、優しい微笑みを見せてくれる。幼い頃から変わらない、暖かな笑顔。これからもずっとこの笑顔を見ていきたい。そう思った時だった。
「朱里」
道路から私を呼ぶ声がする。おじさんによく似た声。でもおじさんより少し声が低い。
この声、私知ってる。
ゆっくり声のほうへ顔を向けると、ひとりの男性が私を見つめていた。よれよれのダンガリーシャツに、薄汚れた登山リュック。口元には無精ひげ。服装だけなら、はおじさんと似ても似つかない。けれど顔はおじさんによく似ている。
「水樹……」
おじさんが呟いた。それでわかった。
ああ、この人が私の『お父さん』なんだって。
卵を角でこんこんとやって、ボウルに割り入れる。菜箸で手早く混ぜ、調味料を入れたら、バターを溶かしたフライパンへ。熱したフライパンで卵液が踊り、焼けたバターと卵の香りで満たされていく。これまで何度も見てきたから、音だけでどんな調理工程なのかわかってしまう。
キッチンから聞こえる音って、なんであんなに心地良いんだろう。スマホの目覚まし機能に入れてもいいんじゃないかと思うぐらいだ。けたたましい音よりもずっと朝の目覚めに向いてると思うんだけど。
「……って、今何時よ?」
目覚まし時計を見る。朝の6時40分。7時半には家を出るから、とっくに起きてないといけない時刻だ。
「寝坊したっ!」
ようやく現実の厳しさに気付いた私は、跳ねるように飛び起きた。
「ああ、もう! なんで目覚まし時計鳴らないの!」
役立たずの目覚まし時計をベッドに叩きつけ、洗面台へ向かう。
手早く洗顔して髪を整えるが、くせ毛の私はこの作業にどうしても時間を要してしまう。丁寧にブローするのをあきらめて、髪を後ろでひとつにまとめ、ゴムで留めた。田舎っぽい感じがするから嫌なんだけど、この際そんなことは気にしていられない。
「おじさん、おはよう!」
なんとか身支度を整えると、走ってキッチンに滑り込む。
朝食を作っているおじさんが、差し込む朝日をバックにゆっくりと振り向いた。
「おはよう、朱里」
にっこりと優雅に微笑むおじさんが、今日も爽やかで眩しい。朝日浴びてるから、二割増しの眩しさだ。白いワイシャツに赤いエプロンを着て、今日も笑顔でキッチンに立っている。
「おじさん、ごめん! 今日こそ私が朝ごはん作るはずだったのに」
「弁当も、だろ?」
「そうだった! お弁当も作らないといけない!」
お弁当作りのことをすっかり忘れていた。今年入学した高校に学食や売店はない。お昼にパンと牛乳類を販売する業者が来るけど、人気商品はあっという間に売り切れるし、買いそびれたらお昼はなしになってしまう。
「弁当ならもう作ったぞ。弁当袋に入れるのは自分でやりなさい」
食卓にはすでに二人分のお弁当が、おかずもご飯も入った状態で置かれている。あとは蓋をして、お弁当袋に入れるだけだ。
「やった! 私が作るより、おじさんのお弁当のほうが美味しいもん」
「調子いいこといって。昨夜は『朝食も弁当も私が作る!』って息巻いてたのは誰だっけ?」
「うう……私です。ごめんなさい、おじさん」
「わかればよろしい。いきなり両方やろうと思わなくていいからな。まずはお弁当作りから手伝いなさい」
「はーい」
「朱里、時間ないんだろ? オムレツだけでも食べていきなさい」
「そうだった、早く食べないと遅刻するっ!」
私の座席の前には、大好物のオムレツと野菜スープが置かれている。オムレツとスープって無敵の組み合わせだと思う。ああ、でも卵焼きとお味噌汁の組み合わせも捨てがたい。
「いただきまーす」
ふんわり焼けたオムレツをスプーンですくい取ると、口の中へ。瞬間、半熟の卵のとろける美味さが口いっぱいに広がる。
「んん~っ!! おじさんのオムレツ、最高っ!」
「お世辞はいいから。早く食べなさい」
「お世辞じゃないよ、本当に美味しいんだもん」
「しょっちゅう食べてるだろ?」
おじさんは苦笑いを浮かべているけれど、まんざらではなさそうだ。おじさんの作る料理は何でも美味しいけど、卵料理は本当に絶品だと思う。お店にも負けてないんじゃないかな。
「おじさん、明日は和風オムレツがいいな」
「明日は卵焼きと味噌汁にする予定」
「え~、和風オムレツとお味噌汁がいい」
「はいはい。朱里は本当に卵料理が好きだな。野菜スープもちゃんと食べなさい」
「はーい」
おじさんも私と一緒に朝食を食べ始める。手早くスープを飲み干しながら、ちらりとおじさんを盗み見た。目鼻の整った顔立ちに、長いまつげ。右目の下には小さなほくろがあって、それが妙に色っぽく見えるから不思議だ。
「泣きぼくろ」と呼ぶのを知ったのは、わりと最近だ。小さい頃は私も、大きくなったら同じように泣きほくろができると思っていた。結局泣きぼくろはできなかったけど、それでも私は満足だった。おじさんは私を実の娘のように、ううん、それ以上といっていいぐらい、大切にしてくれるから。いっそ本当におじさんの娘だったらいいのに。
私の実の父、芹沢水樹はおじさんの双子の弟だ。一卵性双生児だから、顔はよく似ている。写真だと見分けがつかないぐらいに。でも性格は全く違うと思う。だって父は私を捨てたから。
おじさんは「海外は危険だし、仕事が忙しいから」って言うけど、あれは嘘だと思ってる。でもいいの。私にはおじさんがいるから。おじさんさえいれば、私の生活は満ち足りている。
「朱里、もう鍵を閉めるよ」
「はーい! 今行きます」
玄関でおじさんが私を呼んでいる。愛用の通学リュックに必要な荷物が入ってるか確認すると、おじさんに向かって走っていった。ぱりっとしたスーツを着たおじさんは、今日もカッコイイ。
「ごめんね、おじさん。待たせちゃって」
「のんびりしてると遅刻するぞ」
人差し指をこつんと私の頭にあて、優しい微笑みを見せてくれる。幼い頃から変わらない、暖かな笑顔。これからもずっとこの笑顔を見ていきたい。そう思った時だった。
「朱里」
道路から私を呼ぶ声がする。おじさんによく似た声。でもおじさんより少し声が低い。
この声、私知ってる。
ゆっくり声のほうへ顔を向けると、ひとりの男性が私を見つめていた。よれよれのダンガリーシャツに、薄汚れた登山リュック。口元には無精ひげ。服装だけなら、はおじさんと似ても似つかない。けれど顔はおじさんによく似ている。
「水樹……」
おじさんが呟いた。それでわかった。
ああ、この人が私の『お父さん』なんだって。
0
あなたにおすすめの小説
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
妾の子だからといって、公爵家の令嬢を侮辱してただで済むと思っていたんですか?
木山楽斗
恋愛
公爵家の妾の子であるクラリアは、とある舞踏会にて二人の令嬢に詰められていた。
彼女達は、公爵家の汚点ともいえるクラリアのことを蔑み馬鹿にしていたのである。
公爵家の一員を侮辱するなど、本来であれば許されることではない。
しかし彼女達は、妾の子のことでムキになることはないと高を括っていた。
だが公爵家は彼女達に対して厳正なる抗議をしてきた。
二人が公爵家を侮辱したとして、糾弾したのである。
彼女達は何もわかっていなかったのだ。例え妾の子であろうとも、公爵家の一員であるクラリアを侮辱してただで済む訳がないということを。
※HOTランキング1位、小説、恋愛24hポイントランキング1位(2024/10/04) 皆さまの応援のおかげです。誠にありがとうございます。
三年の想いは小瓶の中に
月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。
※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。
私は私で幸せになりますので
あんど もあ
ファンタジー
子爵家令嬢オーレリーの両親は、六歳年下の可憐で病弱なクラリスにかかりっきりだった。
ある日、クラリスが「オーレリーが池に落ちる夢を見た」と予言をした。
それから三年。今日オーレリーは、クラリスの予言に従い、北の果ての領地に住む伯爵令息と結婚する。
最後にオーレリーが皆に告げた真実とは。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる