ですげーむの《つづき》

重紙 追人

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BRO

第0話 現実への帰還

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 ここはサービス開始3分でデスゲームと化した「Brake Rule Online」の最深部。現実では北海道にあたる場所の地下にあるラストダンジョンだ。
 遂にラスボスにたどり着いたのが30分前。やたらと広いボス部屋はつるつるとした壁を持つドーム形の部屋だった。部屋に入ってすぐに背後の扉は締まり、ボスモンスターが出現した。「THE BRAKER」という名前を持つボスは、今までずっとロボットだったボス達に対して、標準的な人型の限りなく人に近く見える生き物だった。能力は「相対者の能力が使える」だったようでパーティー9人全員の能力を使いこなしていた。
 しかし、俺達のパーティーは今、誰も死なずに敵のHPを半分に減らすことに成功していた。
 自分が放った鎖が複雑な反射を経て標的の腹をえぐる。
 その瞬間、信じがたい事が起こる。ボスの名前が表示されていた半透明のタグが真っ二つになったのだ。異変はそれだけでは終わらない。HPバーも2分割され、ついにはボスの体がぶれたようになって増え、1回り小さくなった。名前も「BRAKERS」に変わっているようだ。2体はそれぞれ逆方向に走っていく。
「左は」指示を出そうと口を開いたその時、指示を待たずにパーティーメンバーの凄署@Ctが右へ行った方を追いかけて行ってしまう。どうしてあんなにも身勝手なのか疑問だが今は指示を出す方が先決だ。
「くそっ!日代にちだいと俺、じいさんばあさんは右、他の四人は左を追いかけてくれ」
 日代とはパーティーメンバーの一人、「日本代表ちゃん」の略称だ。日本代表ちゃんはリアルで付き合っている要田百子かなめだももこのアバターで能力はビー玉を無限に射出する、聞くだけならなんともかわいらしい敵に回したくない能力の持ち主だ。
 じいさんばあさんはリアルでも夫婦らしい「SMKT」、「SMTS」の二人のことだ。能力はそれぞれ増殖、波動である。
 BRAKERに追い付いた凄署が戦闘を始める。少し遅れて俺達5人も追い付く。奴が反射と波動を組み合わせて放つ死角からの攻撃を、自分も反射を使って防ぎながら一人先へ行ったバカに声をかける。
「なんで先に1人で行ったんだよ」
「こいつの能力は『相対者の能力が使える』なんだろ」
「それがどうした」
「1人でなら使う能力も1つかと思ったんだけど」
「……でも1人じゃ」凄署がさえぎる。
「うん。だから確認してからダメなら応援を頼もうと思ってた」
「口に出せよ!」
今度はじいさんが口を挟む。
「まあまあ。ここまで来てしまったら簡単には向こう側に戻れないんだから」
「……まあ、そうだな」
勘だが多分このじいさん分かってて黙ってやがったな。
 そうして喋っている間にも敵は反射、射出、波動、増殖、そして凄署の増殖&射出を組み合わせ、使い分け次々攻撃を送ってくる。
 反射とビー玉、波動を合わせた可視と不可視の弾幕が複雑な軌道で送り込まれてくる。
 俺は、見える物は確実に反射し、見えないものは軌道を予測して反射を置いていく。
 日代はビー玉を自分の周りに展開し続け攻撃を通さない。
 じいさんは自分の周りの気体を増殖させてビー玉の軌道を反らし、波動は完璧な予測で避けつつ自分の後ろの気体を増殖させて前に進んでいく。ちなみにこのじいさんローラースケートをはいていて、自分の背後の気体を増殖させて相手との距離を詰めるというのはもはや十八番である。
 ばあさんはビー玉を波動で足止めしてこちらもじいさんのように波動を予測で回避している。
 凄署はいつも持っているネジと包丁を増殖させ、あちらこちらに飛ばしてビー玉を弾き波動の軌道を確かめてから避け、前進する。
 これだけ色々なものが飛び交っているが同士討ちにならないのはばあさんがお互いの間に防御用の波動を置いているからのようだ。さすがベテランのばあさんは戦闘しながらでもこのくらい余裕らしい。俺はあのレベルに到達することがあるのだろうか。
十分程殴りあっていたがチマチマと削るだけで大きな進展はない。一度に扱う能力が半分になったことで攻撃の密度が上がっているのかもしれない。
 少しずつ前進し続けていたじいさんと凄署が何か話しているようだ。何を話しているのだろうか。
と、凄署の持っていたパチンコ玉が恐ろしい速度で増殖し相手を取り囲む。そして一気に射出する。しかし、ほとんどは防がれたようでHPゲージはミリ単位でしか減らない。
 だが、弾幕が全て地面に落ちた瞬間に見えた光景はまたも信じられないものだった。
 じいさんが敵の背後を取っといた。それも何を増殖させて登ったのだろうか相手の頭上五メートルぐらいの位置にいる。
 そして、落下を始める。落ちながらいつ取り出したのかボウガンを構えている。
 落下しながらとは思えない程に精密な射撃が相手の体の中心に突き刺さる。喋れないのかボウガンの矢が突き刺さっても声をあげない。少し不気味だ。
 そしてまた1つ信じられない事が起こる。こんなデスゲームに巻き込まれて、いつからか並みのことでは驚かなくなっていたはずなのに。
 矢が増殖したのだ。相手の体が有る空間に肉の代わりに矢が置き換わる。こんな奥の手があったとは知らなかった。あのじいさんに一発でも貰えば死は避けられないということを学んだ。やはり恐ろしく恐ろしいじいさんだ。絶対に敵対したくない。
 矢がぶちぶちと肉体を破壊していく。矢がめきめきと音を立てて骨に埋まる。ゴリゴリとHPゲージが減り、ゼロになる。そこにはボウガンの矢と人の骨格で出来たかかしが立っていた。ラストダンジョンのボスにしてはあっけない終わりだがじいさんが強すぎるだけなのだろう。あまり考えたくない問題でもある。結局5人は無傷で勝ってしまった。
 後の4人がいるはずの方向に目を向けるとそこにはチームメンバーしか残っていなかった。
「先に終わってたのか」距離があるため叫ぶ。
「だいたい同時だよ」これまたパーティーメンバーの1人たつみが叫び返す。
 突然、ゲーム中ほとんど鳴らなかったアナウンスが脳内に響く。
『ゲームがクリアされました。生存プレイヤーはカウントダウンの後ログアウトとなります』
無機質な声がデスゲームの終わりを告げる。これで現実に帰れる。自然と涙が流れると思っていたがどうやらそんなこともないらしい。誰も目に涙を浮かべたりしていなかった。
 カウントダウンが始まる。各々誰かと喋ったり、黙ってカウントダウンを待ったり自由にしている。
『5』
「全員無事か?」
『4』
「そうみたいだね、健三くん」
日代が本名で呼び掛けてくる。
『3』
「帰ったら何がしたい?」
『2』
「買い物に付き合ってもらう」
『1』
「もちろん。いくらでも付き合うよ」
『0』
日代の、要田の笑顔を最後に視界が暗転する。
 視界が回復した時、そこは、ラストダンジョンのあの部屋だった。
「どういうことだよ!ログアウトじゃなかったのかよ!」
訳も分からず叫んでしまう。
「全員能力を使ってみろ」
じいさんが落ち着いた口調で言う。
「なんで、なんでそんなに冷静なんだよ」
そう問うが、じいさんが答える前に大量の金属が地に落ちる音がする。周りを見回すと音の正体はパチンコ玉だった。凄署の増幅によるものだった。
「やっぱりログアウトしてないじゃないか!」
また叫んでしまう。
「いや、結論を急ぐのは早すぎる。今度はメニュー画面を呼び出してみろ」
意味は分からなかったがこうなればじいさんに従う他無い。
 メニュー画面は出なかった。頭に思い浮かべるだけで出た、見慣れたあの画面が表示されない。誰もメニュー画面を呼び出さない。というか呼び出せないらしい。
 どういうことだろう。能力は残っているのにメニュー画面が呼び出せないとは訳が分からない。
 また、大きな音がする。今度はダンジョンの壁が一部崩れていた。ばあさんが波動をぶつけたらしい。ダンジョンの壁は本来システムに守られていて破壊できないはずだ。システムが止まっている?しかしシステムが止まればゲームが止まるはず。能力が使えるのだからそれはない。
 つまり、つまり、つまり……
凄署が呟く。呟いてしまう。
「つまり、この世界は」
やめろ、やめろ、やめろ……
「現実ってことだろ」
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