ですげーむの《つづき》

重紙 追人

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現実

1話 阿鼻叫喚

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2063年。この時、VR、AR技術は既に実用レベルで、一般市民にも広まっていた。機器も次々と軽量化、小型化され奥歯に装着できるものまで売り出されていたのがこの時代である。そしてこの年の末に話題になったゲームがある。
 Brake Rule Onlineといった。このゲームがもはやマンネリ気味になりつつあったVRゲーマー達の興味を引いた点は二つ。
 1つ目は、プレイするのに必要なハード・ソフト一体型のVR機器が、まるで先祖返りしたかのように大きくなっていた事。といってもアイマスク型で、顔の半分を覆う程度しかなかったが、アイマスク型という独特な形は更に話題を大きくすることに繋がった。
 2つ目はゲームの内容にあった。プレイヤーは1つの能力と武器やアイテムを使ってPvMやPvPを楽しむという遊び方がメインとなる、VRゲームでは珍しくもない、というかありふれたゲームだが、与えられる能力が違った。「能力はアバター毎に新たに生成」、「同じ能力は一つもない」という今までに無い要素が加わることで話題を呼んだのだ。
 2064年1月3日にリリースされたBRO。しかし、その実態はデスゲームで、ログアウト不可、HPが0になると現実での死といった条件がつけられていた。しかし、一部の高位プレイヤーが次々とダンジョンを攻略。そして、デスゲーム開始から約8ヶ月たった今、ラストダンジョンの奥では最上位プレイヤーとラスボスがハイレベルな戦闘を展開している。
 現実では北海道にあたる場所の地下にラストダンジョンは存在していて、そこに生存プレイヤーのほとんどが集結していた。野次馬や知り合いの応援など理由は様々だが皆気持ちは同じだった。
 気になっていたのだ、本当に帰れるかどうか。
 いくつかのアイテムを使ってダンジョンの巨大な壁面に雲上の戦闘の様子が写し出されている。原理は視界を共有するアイテムと視角を写し出すアイテム、拡大のアイテムの3つである。共有している視界は現在ダンジョンに潜っている最強パーティー「玖神」のリーダー「フラグ建築師」のものだ。
 スクリーンの中で動きがあった。
 フラグ建築師の前に出ていたパーティーメンバーの2人が何か話し合っている。増殖と射出の能力を持つ方のパーティーメンバーがパチンコ玉をとんでもない量に増やし、射出する。
 「いけえええええ」
「頑張れええー」
ギャラリーから割れんばかりの歓声が上がる。
 敵の視界が塞がれるのを狙っていたもう1人のプレイヤーが残像すら見えそうな速度で相手の背後に回り込む。パチンコ玉がボスに当たって落ちると、背後に回ったプレイヤーはボスの遥か上にいる。そこからあっという間にボウガンを構え、撃つ。
 正確にボスの背骨からみぞおちまでを貫通した矢が今度は増殖の能力で増える。増えた矢はボスの体を内側から引き裂く。そして、骨と矢の人形が出来上がる。おびただしい赤で彩られた人形はギャラリーを黙らせるのに十分だった。
「マジかよ……」
「あのじーさんなんで1位じゃないの?」
「いや、きっと奥の手なんだよ」
「うん、そう思っとこう」
 そして、プレイヤーがしばらく聞いていなかったアナウンス音が鳴る。
『ゲームがクリアされました。生存プレイヤーはカウントダウンの後ログアウトとなります』
ギャラリーが吼える。
『5』
「これで帰れるんだよなァ!」
『4』
「そうだ帰れるんだ!」
『3』
「帰るぞおおお!」
『2』
「建築師の野郎いちゃついてんじゃねえ!」
『1』
「HEY彼女付き合ってー!」
「ごm」
『0』
その場にいた全員の視界が暗転する。
 最初にギャラリーの視界に入ったのはスクリーンだった。あのダンジョンの壁を利用していたスクリーンだ。
 『どういうことだよ!ログアウトじゃなかったのかよ!』
フラグ建築師の声が響く。
『全員能力を使ってみろ』
別のプレイヤーの声が続いて響く。これに何人かが反応し、見慣れた超常現象が次々と起こる。スクリーンの向こうからも尋常でない金属音が響く。
『やっぱりログアウトしてないじゃないか!』
またフラグ建築師が叫ぶ。ギャラリーの大半の心は同じだった。
 しかし、能力が使用できるのを確認した時点でその場を離脱する者が少しだけいた。その他は取り乱していて気付かない。今何が起こっているのか気付いた者達は走り去っていく。
『いや、結論を急ぐのは早すぎる。今度はメニュー画面を呼び出してみろ』
メニュー画面を呼び出せた者はいなかった。それを見てまた少し離脱する者がいる。
 スクリーンの向こうから今度は固いものが砕ける音がする。壊れないはずのダンジョンの壁が崩れていく。システムに守られているはずの壁が。
 離脱する者は、いない。離脱するにはほんの少し遅かった。
 もう誰もスクリーンには意識を向けていなかった。何が起こっているのか分かってしまったのだ。
「この世界が現実なのか?」
「でも、さっきとは違う世界だろ」
「じゃあどういうことだよ!」
「そんなのわかるわけ無い!」「どうなってるの!?」「帰れないのか……」「そんな、そんなはずが。そんなァ!」「どうして!」
阿鼻叫喚。
「これだけいて、まだわからないのか?」
「じゃあお前は分かンのかよ!」
「ここが、こここそが現実だ」
「は?そんなはずが」
「俺達が閉じ込められてる間にこの世界は変えられちまったんだろ」
「でも、」
「証拠に、システムが動いていない。見ただろ?壁が崩れてんの」
 スクリーンから伝わる異常を理解してその場を離脱した1人、首藤 功しゅとうこうは走っていた。ユーザーネームはQエレム。能力は20人もいない1000人級の1つ下の100人級の上位。つまり、そこそこの上位者だ。
(俺の他にも何人か気付いていたようだったけど、後で合流できないものだろうか)
 功はいち早く離脱した、思考の速い者と合流できないかと考えていた。その方がこれからの調査が進むと思ったからだ。
 功の能力は「対象の背後への瞬間移動」。これを使いながらさくさくと進んでいく。
 目の前のビルの後ろに回り、その先のマンションの後ろに回る。これを繰り返す。
 目指している先は図書館である。以前の現実とも、BROの中とも違う荒廃した街並みに建つ住居は荒らされ、破壊されていた。
(BROじゃほとんどの建物は破壊不能オブジェクトだったのに)
こんな状況ではネットに頼る事ができないと功は考えていた。ネットそのものが成立しているのかが分からないし、何より信憑性がないと思ったからだ。こんな状況では尚更だ。図書館で過去の新聞を辿れば功は確実な情報を手に入れることが出来るだろう。
 30分程でそれらしい建物が見える。破壊し尽くされたという程ではない。
(よし。これなら期待できそうだ)
 中に這入るとそこは廃墟一歩手前といった様子だった。本棚がことごとく倒されているとかそんな事は無かったが長い間手入れされていない様だ。
 図書館の中を歩き回るとすぐに新聞が置いてあるブースは見つかった。功は図書館に侵入してから一時間程で2064年1月3日からの記事を見つける事ができた。
 次々とBROの報道が見つかる。
・BRO内約3000人閉じ込められる。
・アカウントが2496になったときログアウトできなくなる。
・更に500のアカウントが新規登録。その後は新規登録すらできなくなる。
ここまではBRO内でも常識だった。
(でも、どうして2496なんだ?キリが悪いな)
 そして、やっとBRO内では知り得なかった情報に辿り着く。
・原因は一切不明。そんなシステムは組み込まれておらずバグでもない。ハッキングも受けていない。
(つまり、犯人は開発者でもハッカーでもない?と言うことは犯人はまさか中に?)
 続く報道はBROプレイヤー全員が目を疑うようなものだった。
・BRO解決の糸口見つかる。サーバーをハッキングする予定。
日付は1月10日となっている。デスゲーム開始後からわずか1週間しかたっていない。
(こんなに早く解決の目処が立っているなんて……)
功はなぜこの後すぐに救出されなかったのか不思議でたまらなかった。
(ハッキングには失敗したのか?)
功が訳がわからず新聞をバサバサとめくっていると更に衝撃の記事が目に留まる。
・各地で超常現象。BROとの関連の疑い。
こっちの記事の日付も1月10日となっているが確認されたのはもっと前で、事件の規模が隠せないほどになってきたからの報道らしい。
写真も載っているが詳しくは分からない。なにやら大きな火の手が上がっているようだ。
(これはニュース映像の方がいいか)
そう思った功はここに来るときに見たPCコーナーへ行く。AR機器からもインターネットに接続できるが、BROから出てきたときに服装や持ち物はBROで身に付けていた物のままだったので奥歯に装着されていたAR機器はどこにもなかった。
 PCコーナーは他より一際荒れていた。3台あるなかの1台は粉々に。残りの2台も動くのかどうか微妙な壊れ具合だ。功が一番綺麗な台の電源を入れる。ガタガタと嫌な音を出しながらも何とか起動する。ブラウザを開き「超常現象 BRO」と入力しニュース記事を検索する。
(動画サイトでも良かったかな)
そんなことを考えていたがしっかりとその当時のニュースがヒットしていた。
『念動力!パイロキネシス!夢の超能力か!?』
『超能力を悪用した犯罪が多発』
『止まらない暴徒。ついに海外に』
エトセトラ。
 一番古い記事に埋め込まれていた動画を再生する。映っていたのは1人の女性だった。その女性の前には自動車がある。画面の中の彼女が手を伸ばすと、車は爆発した。正確に表現すると発火能力でガソリンに引火させたようだ。BROの中だからで当たり前のことが現実でも起こっている。
 (やっぱり、この世界は現実なんだ)
 (デスゲームは終わっている)
 (現実が、ゲームに)
このあり得ない事実を前にしても、功の心中は穏やかだった。
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