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傍迷惑な天然素材と歩く媚薬
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目の前で可愛らしい笑みを浮かべる第一王女であるエヴァンジェリン殿下は、庇護欲をそそる程に華奢で美しい。だが天真爛漫とか、純粋無垢とか言えば聞こえは良いが、全くもって空気を読まない我が道を行く人だ。
王と王妃の王女教育はどうなっているのだと、机を投げ飛ばしたくなる程に、彼女はどんな時も常に自由だった。
淑女というには程遠く、羨ましい程に感情を全面に出す。私も仲の良い人との、私的な場所ではかなり自由ではあるが、彼女は公的な場でも、そのスタイルを崩さない。よくそれで社交界の荒波の中で生きていけるなとは思うのだけれど、彼女の周囲には彼女を守る男達と、取り巻きがウヨウヨいるから、まあ大丈夫なのだろう。
ただ、王族として彼女を外交の場に出すとなると、宰相あたりがハゲ散らかすくらいには、危なっかしい。
とてもではないが、他国に嫁に出したりはできない。間違いなく戦争になる。
「お久しぶりね。楽にしてちょうだい。マクレガー公爵と公爵夫人はお元気?」
おや?と思いながら頭を上げ、ああ…と、内心納得した。
彼女の隣には、婚約者がいるにもかかわらず、王女の恋人候補と言われているルイス様がいた。男性でありながら、彼のその美貌は社交界随一だ。
王女は王女なりに、好きな人の前では周囲に気を配って、とり繕っているのかもしれない。
「ええ、元気にしております。王女殿下にお気遣い頂けたと知ると、父も母も喜びますわ」
はっきり言って、さっさとどこかへ行って欲しい。会話を続けるつもりはないという意味を込めて言葉を切る。
そんな私を見て、ルイス様がクスリと笑った。
「レティシア様は、今日もアルフレード殿下にいつもの用事?」
ほんの少し垂れた目を細めて、ルイス様は胸焼けしそうな程の微笑に、甘ったるい声で話しかけてくる。
いやもう、本当にやめて欲しい。耳が妊娠する。
本人にそのつもりはないのか、あるいは人を惑わす程の顔と声の良さをわかっていてやっているのか。ある意味、王女はこの男の一番の被害者かもしれない。
傍迷惑にも全方位に向かって色香を振りまくこの歩く媚薬は、王弟殿下の次に得体が知れない。
こんなにも胡散臭いのに、こいつの顔が良いせいで、絶対世間は騙されている。顔が良すぎる男は信用してはならない。これ絶対。
「ええ。お断りのお手紙を頂くまで、全てにおいて、いつも通りですわ」
ルイス様と会話をかわしながら、チラリと王女の後ろの護衛を盗み見る。筆頭公爵家であるオルシーニ家の三男レオナルド様に、近衞隊のマスコット、アウトーリ伯爵家の次男リカルド様がいた。
レオナルド様もルイス様と共に、社交界で王女の恋人候補と噂されてはいるものの、王女と特別親しい訳ではない。
レオナルド様が王女の恋人候補と言われている理由は、彼が隣国の王の姪である現オルシーニ公爵夫人の一人息子だからだ。
よくまあ王の姪が、筆頭公爵家とはいえ、他国貴族の後妻になど入ったなとは思うが、恋愛結婚だったらしいから、そういう事もあるのだろう。
とはいえ、そのせいで前妻の息子である二人の兄に蛇蝎の如く嫌われ、何度も殺されそうになったレオナルド様は気の毒としか言いようがない。ただ、常に命の危険に晒されていたせいか、彼の危機察知能力は、恐ろしいくらいずば抜けている。
現に今も、私がほんの少し視線を向けただけなのに、半歩下がり剣の柄に手を置いたのを私は見逃さなかった。全く失礼な奴である。王太子の妻がダメなら、こいつを婿にしてやろうと、ほんのちょっと考えただけなのに。
私の考えを読んだかのように、ルイス様が再びクスリと笑った。
「ねぇ、レティシア様。あまり無駄な事は止めておいた方が良いよ。後で全部君自身に返ってくるからね」
「それはどういう意味ですの?」
「そのままの意味だよ。アルフレード殿下は諦めて、君と公爵家に相応しい人と結婚すればって事」
ピクリとこめかみが動く。ルイス様の言葉に、無意識に一人の男の姿を思い浮かべてしまった。だが、その考えを振り払う。彼だけはお断りだ。政略結婚は大歓迎だが、惨めな結婚は絶対嫌だ。
思わず睨みそうになり、目を閉じ息を短く吐いた。
「それって政略結婚しろって事?」
目を開けると、エヴァンジェリン王女が不満げにルイス様を睨んでいた。
「そうだね。そういう一面もあるね」
「そんなのおかしいわ。愛する人と結婚したいと思う事の何がいけないの?レティシア様はアルフレードお兄様を想っていらっしゃるのに、他の方との結婚を勧めるなんて酷いわ。そんな結婚は不幸にしかならないじゃない」
どうやらこの純粋な王女様には私がアルフレード王太子殿下を愛しているように見えるらしい。
たしかに、懲りもせずに何度も王太子殿下の元に、自らの手で釣書を持ち込んでいる話を聞けば、この素直な王女がそう思うのは仕方のない事だ。
だが、話の裏を読まないにも程がある。王族としてどころか、貴族としてもダメだろう。
「そうとも限らないよ。お互いに尊重し合う気持ちがあれば、うまくいくんじゃないかな。それに、国を安定させる為にも、貴族の家同士の結びつきはとても重要だと思うよ」
「だから貴方も、愛してもいない人と結婚するの?」
思わず息を呑んだ。私は扇子を忘れた事を心底後悔した。
よりにもよって、私という赤の他人がいる前で何を言い出すのだ、この王女様は。お前達の恋愛事情などどうでも良いが、婚約者がいる男に、人前でそんな事を聞く事がどういう事か、この王女は考えた事があるのだろうか。
扇子で顔を隠せないのが辛すぎる。下手に笑うと、頬が引き攣りそうだった。
王と王妃の王女教育はどうなっているのだと、机を投げ飛ばしたくなる程に、彼女はどんな時も常に自由だった。
淑女というには程遠く、羨ましい程に感情を全面に出す。私も仲の良い人との、私的な場所ではかなり自由ではあるが、彼女は公的な場でも、そのスタイルを崩さない。よくそれで社交界の荒波の中で生きていけるなとは思うのだけれど、彼女の周囲には彼女を守る男達と、取り巻きがウヨウヨいるから、まあ大丈夫なのだろう。
ただ、王族として彼女を外交の場に出すとなると、宰相あたりがハゲ散らかすくらいには、危なっかしい。
とてもではないが、他国に嫁に出したりはできない。間違いなく戦争になる。
「お久しぶりね。楽にしてちょうだい。マクレガー公爵と公爵夫人はお元気?」
おや?と思いながら頭を上げ、ああ…と、内心納得した。
彼女の隣には、婚約者がいるにもかかわらず、王女の恋人候補と言われているルイス様がいた。男性でありながら、彼のその美貌は社交界随一だ。
王女は王女なりに、好きな人の前では周囲に気を配って、とり繕っているのかもしれない。
「ええ、元気にしております。王女殿下にお気遣い頂けたと知ると、父も母も喜びますわ」
はっきり言って、さっさとどこかへ行って欲しい。会話を続けるつもりはないという意味を込めて言葉を切る。
そんな私を見て、ルイス様がクスリと笑った。
「レティシア様は、今日もアルフレード殿下にいつもの用事?」
ほんの少し垂れた目を細めて、ルイス様は胸焼けしそうな程の微笑に、甘ったるい声で話しかけてくる。
いやもう、本当にやめて欲しい。耳が妊娠する。
本人にそのつもりはないのか、あるいは人を惑わす程の顔と声の良さをわかっていてやっているのか。ある意味、王女はこの男の一番の被害者かもしれない。
傍迷惑にも全方位に向かって色香を振りまくこの歩く媚薬は、王弟殿下の次に得体が知れない。
こんなにも胡散臭いのに、こいつの顔が良いせいで、絶対世間は騙されている。顔が良すぎる男は信用してはならない。これ絶対。
「ええ。お断りのお手紙を頂くまで、全てにおいて、いつも通りですわ」
ルイス様と会話をかわしながら、チラリと王女の後ろの護衛を盗み見る。筆頭公爵家であるオルシーニ家の三男レオナルド様に、近衞隊のマスコット、アウトーリ伯爵家の次男リカルド様がいた。
レオナルド様もルイス様と共に、社交界で王女の恋人候補と噂されてはいるものの、王女と特別親しい訳ではない。
レオナルド様が王女の恋人候補と言われている理由は、彼が隣国の王の姪である現オルシーニ公爵夫人の一人息子だからだ。
よくまあ王の姪が、筆頭公爵家とはいえ、他国貴族の後妻になど入ったなとは思うが、恋愛結婚だったらしいから、そういう事もあるのだろう。
とはいえ、そのせいで前妻の息子である二人の兄に蛇蝎の如く嫌われ、何度も殺されそうになったレオナルド様は気の毒としか言いようがない。ただ、常に命の危険に晒されていたせいか、彼の危機察知能力は、恐ろしいくらいずば抜けている。
現に今も、私がほんの少し視線を向けただけなのに、半歩下がり剣の柄に手を置いたのを私は見逃さなかった。全く失礼な奴である。王太子の妻がダメなら、こいつを婿にしてやろうと、ほんのちょっと考えただけなのに。
私の考えを読んだかのように、ルイス様が再びクスリと笑った。
「ねぇ、レティシア様。あまり無駄な事は止めておいた方が良いよ。後で全部君自身に返ってくるからね」
「それはどういう意味ですの?」
「そのままの意味だよ。アルフレード殿下は諦めて、君と公爵家に相応しい人と結婚すればって事」
ピクリとこめかみが動く。ルイス様の言葉に、無意識に一人の男の姿を思い浮かべてしまった。だが、その考えを振り払う。彼だけはお断りだ。政略結婚は大歓迎だが、惨めな結婚は絶対嫌だ。
思わず睨みそうになり、目を閉じ息を短く吐いた。
「それって政略結婚しろって事?」
目を開けると、エヴァンジェリン王女が不満げにルイス様を睨んでいた。
「そうだね。そういう一面もあるね」
「そんなのおかしいわ。愛する人と結婚したいと思う事の何がいけないの?レティシア様はアルフレードお兄様を想っていらっしゃるのに、他の方との結婚を勧めるなんて酷いわ。そんな結婚は不幸にしかならないじゃない」
どうやらこの純粋な王女様には私がアルフレード王太子殿下を愛しているように見えるらしい。
たしかに、懲りもせずに何度も王太子殿下の元に、自らの手で釣書を持ち込んでいる話を聞けば、この素直な王女がそう思うのは仕方のない事だ。
だが、話の裏を読まないにも程がある。王族としてどころか、貴族としてもダメだろう。
「そうとも限らないよ。お互いに尊重し合う気持ちがあれば、うまくいくんじゃないかな。それに、国を安定させる為にも、貴族の家同士の結びつきはとても重要だと思うよ」
「だから貴方も、愛してもいない人と結婚するの?」
思わず息を呑んだ。私は扇子を忘れた事を心底後悔した。
よりにもよって、私という赤の他人がいる前で何を言い出すのだ、この王女様は。お前達の恋愛事情などどうでも良いが、婚約者がいる男に、人前でそんな事を聞く事がどういう事か、この王女は考えた事があるのだろうか。
扇子で顔を隠せないのが辛すぎる。下手に笑うと、頬が引き攣りそうだった。
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