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第二章
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しおりを挟むルイスはアリシティアの首筋に顔を埋めて、額をぐりぐりと擦り付けてくる。
そんな彼の仕草に、前世で猫を飼っていたアリシティアは改めて確信する。
──── 絶対、ルイスの前世は猫だ。
額や頬、胴体を擦り付けられてマーキングされようが、いきなり手や足を噛まれようが、背中に乗られたまま熟睡されようが、相手が猫なら仕方がない。
幼い頃からルイスが何をしても全て許してしまうし、されるがままになってしまうのは、きっとアリシティアが前世で飼っていた猫にそっくりだからだ。
だが、いくらルイスの前世が猫でも、アリシティアがメイド姿に変装している時には、ルイスの姿のままで近寄らないで欲しい。
ただでさえルイスは『王女の恋人候補』で、『ぽっと出の婚約者』がいるのだ。その上『王宮で可愛いと有名なメイド』にまで手を出しているなどと噂が出たらどうするつもりだ。
エヴァンジェリンの恋人候補だと言われていた事は、ただの噂と言えば済む。だが、こんな事をされていると、社交界デビューしたばかりのアリシティアは婚約者をメイドに奪われたと言う不名誉な噂が立ってしまう。
──── 婚約者本人だけどね。
子供の頃からの癖で、ルイスに何かされても、ついされるがままでいてしまうが、流石にやめさせた方がよいかなとぼんやりと考えた時。
「ルイス、ドールから離れなさい」
決してルイスが盾突く事のできない、天の声が響く。王太子であるアルフレードが隣に立った。
「だって……」
抱きしめた手を離しはしないが、ルイスはアリシティアの肩から顔をあげて王太子であるアルフレードに拗ねたように小さな声で反論する。
ほんの数分前まで、襲撃犯と剣で切り結び、襲撃犯の手を地表に串刺しにしていた男と同一人物だとは、到底思えない。
アルフレードは呆れたように、ため息をついた。
「ルイス、よく見て。その子は誰?」
「……ドール」
「そうだね。そもそも、君はエヴァンジェリンと一緒に来たんじゃないの?」
「え? それは……」
ルイスは言い辛そうに、ちらりとシェヴァリをみた。
──── なんだ。タイミングが良すぎると思った。
アリシティアは自分の中から、わずかな期待が抜け落ち、いつものように諦めに埋め尽くされたのを感じた。
「もう一度だけ言うね。離れなさい」
アルフレードの言葉に、ルイスは渋々アリシティアから離れる。
「王太子殿下、わたしはもう行っても良いですか? 目的のお祭り限定のスイーツが売り切れてしまいます。王弟殿下にもお土産を頼まれてるんですよ?」
嘘だ。頼まれてなどいない。
けれど、王弟ガーフィールド公爵のお使いと言えば、間違いなくアリシティアは解放される筈だ。
「行って良いよ。今日はご苦労様。祭りを楽しんでおいで」
思った通り、アルフレードはアリシティアを解放してくれた。
ついでにキラキラとした柔らかな笑顔で、頭を撫でてくれる。それはドールの姿の時だけ、アルフレードから与えられるご褒美だった。
「はい。王太子殿下にも何かお土産を買ってきますね」
「楽しみにしているよ」
アリシティアはアルフレードを見上げ、なんの含みもない純粋な笑みを浮かべた。
アリシティアは意見を変えられる前にと、急いでアルフレードとルイスから離れ、シェヴァリにペコリと頭を下げたのち、回廊の方に走り出す。
その先には、いつの間にか2階から降りてきた、黒髪の秀麗な姿の青年が立っていた。
「お待たせベアトリーチェ」
嬉しそうに走り寄ってくるメイド服の少女に、ベアトリーチェは柔らかな視線を向ける。
「遅いわよ。女神さまから美の祝福が貰えなかったらどうしてくれるのよ」
「魔女なのに、誘惑じゃなく美が欲しいの? 大丈夫よ、ベアトリーチェは十分美人だから」
「当たり前じゃない。そういうあんたは何の祝福が欲しいの?」
「もちろん全部」
「ま、強欲な子ね。あんたの寄り道に付き合ったお詫びに何か奢って貰おうかしら?」
ベアトリーチェはアリシティアのカゴの中に手に持っていた小型のクロスボウを入れる。そのままうさぎが鎮座した籠をアリシティアの代わりに持ち、アルフレードとルイスに視線を向けた。
二人と視線が交わると同時に、ベアトリーチェは口の端だけで笑い、アリシティアと共に踵を返した。
「魔女殿。…勝手に塔から出てきてるみたいだけど良いのかな?」
独り言のように呟くアルフレードのとなりで、ルイスはとてつもなく険しい顔をする。
「ルイス!! お兄様!」
エヴァンジェリンが、アリシティアとベアトリーチェの隣をすり抜けて早足で歩いてくる。すぐ後ろにいるレオナルドはとてつもなく不機嫌な顔をしているし、リカルドは死んだ魚のような目になっていた。
追い払ったはずのエヴァンジェリンだが、彼女は外で待たせていた王太子の護衛達を連れていた。
「ルイス、怪我はない?」
エヴァンジェリンは黄金の髪を揺らして、唐突にルイスに抱きつく。
回廊の端で振り返ったアリシティアは、ルイスの姿をちらりと視界の端にとらえ、そのまま回廊を後にした。
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