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第二章
34.チョコレートとボディーブロー1
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ゆっくりと意識が浮上して、アリシティアは目を開けた。
視界には、見覚えのない格子が入った大きな窓が映し出されている。彼女は自分が置かれた状況が理解できずに、未だに朦朧とした意識下でぼんやりと、眠る前の事を思い出していた。
窓の奥には静寂に包まれた夜空が広がり、大地の向こう側に没する間際の上弦の月が、青く輝いていた。
アリシティアはどこか覚えのあるその光景に、心臓を鷲掴みにされたような息苦しさと、得体の知れない恐ろしさを覚える。その恐怖から逃れるように、彼女は急いで窓から視線をそらせた。
室内を確認するために身体を起こそうとしたとき、後ろから自分を抱きしめている存在に気づく。
背後から静かな息づかいが聞こえる。アリシティアを後ろから抱きしめて眠っている人物は、片腕を枕にするようにアリシティアの首の下に回し、もう片方の腕はしっかりと彼女の腰を抱き込んでいた。
なんとなくではあるが、ようやく彼女は自分が置かれた状況を思いだした。アリシティアは自分を抱きしめたまま眠っているのが、面の皮は厚いがその造形だけは誰よりも整っている婚約者だと思い至る。
上半身を起こすために、腰に回された手から逃れるように、そっと身体をねじった。だが、その動きを邪魔するように、腰に回された手に力が入り、ぐっと引き寄せられる。
「……ねえ、まだ夜明け前だよ。もう少しだけ眠ろう?」
ほんの少しかすれたような甘いテノールが耳元で響いた。それと同時にチュッチュッとリップ音がして柔らかい感触が何度も耳の後ろに押し当てられる。
ここのところ、ルイスの過剰すぎるスキンシップとキス魔な部分が復活していた。彼は初めて出会ったときから、いきなり赤の他人であるアリシティアを抱きしめて、キスしてきた前科者だ。あれを今でも、不特定多数にやらかしているのなら、完全に犯罪者だ。だが、身分が高くて顔が良いという理由だけで、ルイスの場合は全て許されているのかもしれない。
ただ幼い頃は、彼が人恋しい時にそれらの行為がひどくなっていた印象がある。
もうすぐ彼の両親の亡くなった日が来る。そのせいかもしれないと、アリシティアはぼんやりと考え、背中のぬくもりを感じながら大人しく目を閉じた。
✽✽✽
ぼんやりと目を覚まして、しばらくするとまた意識を手放す。そんな事を何度が繰り返したのち、再びゆっくりとアリシティアの意識が浮上する。
トン…と、足が地につく感覚がした。誰かが腰を支えている。
「着いたよ。今度こそしっかり起きて。もう寝ちゃだめだよ?」
ルイスの声にゆっくりと目を開くと、見慣れた紫の目がアリシティアを覗き込んでいた。
「……あれ? なんでベアトリーチェが、娼館にいるの?」
「私が私の部屋にいて、何がおかしいのよ?」
「……ベアトリーチェ、魔女をやめて高級娼婦になるの?」
しっかり開かない目を擦りながら、アリシティアはベアトリーチェを見上げた。
彼女の目の前にいるハイヒールを履いた190近い長身の男性は、相変わらず、白衣の下に、黒いシャツと黒のタイトスカートを合わせている。その左右対称の完璧な顔にサラリとおちてきた長い黒髪を右手で払いあげながら、呆れたように目を細めた。
「訳わかんない事言ってんじゃないわよ!! 寝すぎよ、このコアラ女!! いい加減しっかり目を覚ましなさい」
ドスの利いた低い声とともに、バシンと音が響き、アリシティアは頭に衝撃を感じる。それと同時に背後からルイスに抱きしめられた。
「ちょっと、僕の婚約者を殴らないでよ」
耳元でルイスの声が聞こえ、髪を梳くように叩かれた頭を撫でられる。
ゆっくりと室内を見渡す。中央の大きなテーブルには乱雑に色んな物が積み上げられ、壁面には本棚に入り切らない本がら今にも雪崩を起こしそうな状態で積み上がっている。怪しげな実験用具やらなにやら、どう見ても見覚えがあった。
「……あれ? ここ、錬金術師の塔?なんで?」
「なんでじゃ無いわよ。いい加減にしっかり眼を覚ましなさい。あんた最近、寝起きの悪さに拍車がかかってるわよ?」
ベアトリーチェが再びアリシティアの頭を叩いた。ぱしんと音が室内に響く。結構痛かったが、おかげで少しずつ、アリシティアの意識は覚醒してきた。
「だから、頭を叩かないでよ、僕のアリスが馬鹿になったらどうしてくれるの」
未だにぼんやりとしたアリシティアを庇うように背中に隠したルイスが、ベアトリーチェを睨みつけた。そんなルイスを見て、ベアトリーチェが鼻で嗤う。
「もう十分に馬鹿よ、馬鹿」
「いくら魔女殿といえど、僕の可愛い婚約者を馬鹿馬鹿言わないでくれるかな?」
「脳筋馬鹿を馬鹿って言って何が悪いの。そもそもね、侯爵閣下はこのお馬鹿を甘やかしすぎなのよ。なんで寝ぼけてるからって、こんなところまでわざわざ抱いてくるのよ。何事かと思ったじゃない」
「そんなの僕の勝手だろ?寝ぼけて僕に抱きついてくるのが可愛いんだから」
「やめて頂戴。そういう鳥肌が立つ話は聞きたくないわ。次からは浴室に叩き込んで冷たいシャワーでも頭からかけて、完全に目を覚まさせてから連れて来て頂戴」
「そんな事をして、アリスが風邪でもひいたらどうするんだよ?」
「馬鹿は風邪をひかないから大丈夫なのよ」
「何その理論。聞いたこともない」
「あんたそんな事も知らないの? そんなの、ありとあらゆる世界の常識よ。それが気に入らないなら普通に殴って叩き起こしなさい」
「はぁ?僕にそんな事、出来るわけないだろ?」
アリシティアを背に庇ったルイスと、ベアトリーチェがテンポよく会話をしている。たが、どうやらさっきまで完全に寝ぼけていたらしいアリシティアには、そもそもの状況がよくわからない。
「……なんだか、二人共仲良しね、いつからそんなに仲良くなったの?」
ルイスの後ろから顔をだしたアリシティアは、2人を眺める。釈然としないし、なんだかちょっと羨ましい。
だがそんな彼女を、ベアトリーチェとルイスは思いっきり睨みつけた。
視界には、見覚えのない格子が入った大きな窓が映し出されている。彼女は自分が置かれた状況が理解できずに、未だに朦朧とした意識下でぼんやりと、眠る前の事を思い出していた。
窓の奥には静寂に包まれた夜空が広がり、大地の向こう側に没する間際の上弦の月が、青く輝いていた。
アリシティアはどこか覚えのあるその光景に、心臓を鷲掴みにされたような息苦しさと、得体の知れない恐ろしさを覚える。その恐怖から逃れるように、彼女は急いで窓から視線をそらせた。
室内を確認するために身体を起こそうとしたとき、後ろから自分を抱きしめている存在に気づく。
背後から静かな息づかいが聞こえる。アリシティアを後ろから抱きしめて眠っている人物は、片腕を枕にするようにアリシティアの首の下に回し、もう片方の腕はしっかりと彼女の腰を抱き込んでいた。
なんとなくではあるが、ようやく彼女は自分が置かれた状況を思いだした。アリシティアは自分を抱きしめたまま眠っているのが、面の皮は厚いがその造形だけは誰よりも整っている婚約者だと思い至る。
上半身を起こすために、腰に回された手から逃れるように、そっと身体をねじった。だが、その動きを邪魔するように、腰に回された手に力が入り、ぐっと引き寄せられる。
「……ねえ、まだ夜明け前だよ。もう少しだけ眠ろう?」
ほんの少しかすれたような甘いテノールが耳元で響いた。それと同時にチュッチュッとリップ音がして柔らかい感触が何度も耳の後ろに押し当てられる。
ここのところ、ルイスの過剰すぎるスキンシップとキス魔な部分が復活していた。彼は初めて出会ったときから、いきなり赤の他人であるアリシティアを抱きしめて、キスしてきた前科者だ。あれを今でも、不特定多数にやらかしているのなら、完全に犯罪者だ。だが、身分が高くて顔が良いという理由だけで、ルイスの場合は全て許されているのかもしれない。
ただ幼い頃は、彼が人恋しい時にそれらの行為がひどくなっていた印象がある。
もうすぐ彼の両親の亡くなった日が来る。そのせいかもしれないと、アリシティアはぼんやりと考え、背中のぬくもりを感じながら大人しく目を閉じた。
✽✽✽
ぼんやりと目を覚まして、しばらくするとまた意識を手放す。そんな事を何度が繰り返したのち、再びゆっくりとアリシティアの意識が浮上する。
トン…と、足が地につく感覚がした。誰かが腰を支えている。
「着いたよ。今度こそしっかり起きて。もう寝ちゃだめだよ?」
ルイスの声にゆっくりと目を開くと、見慣れた紫の目がアリシティアを覗き込んでいた。
「……あれ? なんでベアトリーチェが、娼館にいるの?」
「私が私の部屋にいて、何がおかしいのよ?」
「……ベアトリーチェ、魔女をやめて高級娼婦になるの?」
しっかり開かない目を擦りながら、アリシティアはベアトリーチェを見上げた。
彼女の目の前にいるハイヒールを履いた190近い長身の男性は、相変わらず、白衣の下に、黒いシャツと黒のタイトスカートを合わせている。その左右対称の完璧な顔にサラリとおちてきた長い黒髪を右手で払いあげながら、呆れたように目を細めた。
「訳わかんない事言ってんじゃないわよ!! 寝すぎよ、このコアラ女!! いい加減しっかり目を覚ましなさい」
ドスの利いた低い声とともに、バシンと音が響き、アリシティアは頭に衝撃を感じる。それと同時に背後からルイスに抱きしめられた。
「ちょっと、僕の婚約者を殴らないでよ」
耳元でルイスの声が聞こえ、髪を梳くように叩かれた頭を撫でられる。
ゆっくりと室内を見渡す。中央の大きなテーブルには乱雑に色んな物が積み上げられ、壁面には本棚に入り切らない本がら今にも雪崩を起こしそうな状態で積み上がっている。怪しげな実験用具やらなにやら、どう見ても見覚えがあった。
「……あれ? ここ、錬金術師の塔?なんで?」
「なんでじゃ無いわよ。いい加減にしっかり眼を覚ましなさい。あんた最近、寝起きの悪さに拍車がかかってるわよ?」
ベアトリーチェが再びアリシティアの頭を叩いた。ぱしんと音が室内に響く。結構痛かったが、おかげで少しずつ、アリシティアの意識は覚醒してきた。
「だから、頭を叩かないでよ、僕のアリスが馬鹿になったらどうしてくれるの」
未だにぼんやりとしたアリシティアを庇うように背中に隠したルイスが、ベアトリーチェを睨みつけた。そんなルイスを見て、ベアトリーチェが鼻で嗤う。
「もう十分に馬鹿よ、馬鹿」
「いくら魔女殿といえど、僕の可愛い婚約者を馬鹿馬鹿言わないでくれるかな?」
「脳筋馬鹿を馬鹿って言って何が悪いの。そもそもね、侯爵閣下はこのお馬鹿を甘やかしすぎなのよ。なんで寝ぼけてるからって、こんなところまでわざわざ抱いてくるのよ。何事かと思ったじゃない」
「そんなの僕の勝手だろ?寝ぼけて僕に抱きついてくるのが可愛いんだから」
「やめて頂戴。そういう鳥肌が立つ話は聞きたくないわ。次からは浴室に叩き込んで冷たいシャワーでも頭からかけて、完全に目を覚まさせてから連れて来て頂戴」
「そんな事をして、アリスが風邪でもひいたらどうするんだよ?」
「馬鹿は風邪をひかないから大丈夫なのよ」
「何その理論。聞いたこともない」
「あんたそんな事も知らないの? そんなの、ありとあらゆる世界の常識よ。それが気に入らないなら普通に殴って叩き起こしなさい」
「はぁ?僕にそんな事、出来るわけないだろ?」
アリシティアを背に庇ったルイスと、ベアトリーチェがテンポよく会話をしている。たが、どうやらさっきまで完全に寝ぼけていたらしいアリシティアには、そもそもの状況がよくわからない。
「……なんだか、二人共仲良しね、いつからそんなに仲良くなったの?」
ルイスの後ろから顔をだしたアリシティアは、2人を眺める。釈然としないし、なんだかちょっと羨ましい。
だがそんな彼女を、ベアトリーチェとルイスは思いっきり睨みつけた。
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