余命一年の転生モブ令嬢のはずが、美貌の侯爵様の執愛に捕らわれています

つゆり 花燈

文字の大きさ
138 / 204
【挿話】取り換え姫と世界樹の守護者

君が消えた日

しおりを挟む

 彼女が倒れている。壊れた人形のように。手足は奇妙な方向に曲がり、夜明けの空のような目は見開いたまま。その瞳孔はいつもよりも大きなまま固まっていた。ドレスは切り裂かれ、首の皮膚には食い込むように紐が巻き付いている。
 青紫がかった銀の髪は絡まり合って固まり、異臭を放つねっとりとした液体がこびりついていた。


『……』

 彼女の名前を呼ぶ。なのに何故か声が出ない。声を出そうとすると、まるで喉を潰され、灼熱の炎で焼かれたように酷く傷む。

 よくみると、彼女の身体に人の姿に似た何かがまとわりついていた。僕は右手を振り上げて風の刃を作った。真っ赤な液体と、汚らしい肉片が室内に飛び散る。

 少し彼女の身体にまで飛び散ってしまった。彼女の身体を汚すつもりは無かったのに…。


 血溜まりの中、散らばった肉片の上をゆっくりと歩き、彼女の側にひざまづいた。震える手を彼女の頬に伸ばすと、その頬はとても温かかった。


 ──── ああ、気絶しているのか。ごめんね、来るのが遅くなってしまった。


 彼女の身体を丁重にローブで包み、抱き上げようとした時。後ろで誰かが何かを叫んだ。そして、僕が彼女を連れ出そうとするのを邪魔してきた。

 早く彼女を医者にみせないとならないのに。だから、また僕は風の刃を出した。手が使えないから、思い通りには切り裂けなかった。でも僕の邪魔をした奴は、床に倒れ首から大量の血を流して、ピクピクと痙攣している。
 細切れにはできなかったけれど、僕の邪魔をしなくなったから構わない。


 両腕にしっかりと彼女を抱いて、階段を降りていく。高い塔からでると、まだ外はとても暗かった。大地の向こう側に没する間際の上弦の月がひときわ青く輝いていて、明かりは必要なかった。




 どこに連れて行こうか。城の医師は信用できない。そんな事を考えていた時。また男が一人、近づいてきた。


 ──── 邪魔だな。


 そう思って風の刃で切り裂こうとした時、その男が彼女の名前を呼んだ。叫ぶように。悲鳴のように。


 ああ、この人は切り裂いちゃダメだ。幼い頃から彼女がずっとその小さな身体で守り抜いてきた、彼女の大切な……。

 男は僕の腕の中の彼女を奪い取るように抱き寄せた。何度も何度も彼女の名前を呼ぶ。



 僕の声は出ない。喉が締め付けられているようで、何かに気道をふさがれているようで。

 この国に僕の声を奪う事ができる魔術師なんていたのか。僕は音を紡がなくとも、思念だけで魔法が使える。だから、声なんて奪っても意味はないのだけれど…。そんなことをぼんやりと考えていた時、なんとなく思い出した。





 ああそうだ。泣いているのは彼女の兄だ。けれど血は繋がってはいない。彼女は取り替え姫だったから。それでも彼女にとっては、とても大切なただひとりの家族だった。



 彼女を抱きしめて嗚咽を漏らす彼女の兄を眺めながら、僕は不意に魔女の所に行こうと思った。

 僕の中の膨大な魔力を対価に、彼女の治療をしてもらおう。必要なら僕の中の全ての血液を対価にしてもいい。魔女は魔力を含む血液を好むから。もし足りなければ、彼女を殺せと言った、このリネス国の全ての民の血を差し出そう。



 ──── 大丈夫。治療してもらうから。


 彼女の兄は彼女を抱きしめたまま、土に膝をつき、座り込んでしまった。

 彼が嘆くのはわかるけれど、出来るだけ急いで彼女を魔女に診てもらわないといけない。だから僕は手を差し出し、彼から彼女の身体を丁重に引き受ける。

 そして、沈みかけた青い上弦の月に向かって、僕は彼女を抱いたまま歩き出した。






 魔女の家に辿り着くと、勝手に扉が開く。中へ入れという事だ。足を踏み入れた先には妖艶な魔女がいて、魔女は僕について来いと言う。

 彼女を抱いたまま奥の部屋に入ると、小さな寝台があった。魔女に指示されるがまま、僕は彼女を寝台にそっと横たえる。
 僕は声がでないから、無言で手のひらの上に魔力を集め、魔女に治療の対価を支払おうとした。だが、魔女はただ首を横に振る。もしかしたら魔力よりも欲しい物があるのかもしれない。なんでも構わない。僕の持っているものならなんでも差し出す。そう言いたかったけれど、やはり声は出なかった。

 魔女は僕と彼女を残して部屋を出たけれど、すぐにたっぷりとお湯が入った桶を持って戻ってきた。

 お湯は緑色だから、なにかの薬液なのだろう。治療は専門外なので魔女に任せるしかなかった。

 魔女は開いた彼女の瞼を閉じさせて、奇妙な方向へと向いた手足を、正しい形に戻してくれた。そして薬液の入った桶に布を浸して絞り、彼女の身体を清めていく。身体だけではなく、彼女の美しく長い髪も。

 彼女は自分の髪の色が変だと言っていたけれど、僕はとても綺麗だと思う。彼女の髪を指に巻き付けて、彼女とたわいのない話をしているだけでも、僕にとっては至福の時間だった。




 魔女は彼女の髪を片側に寄せて、時間をかけて何度も何度も布で拭き、綺麗に梳かしてくれた。

 やがて魔女が大きくて白い布を持ってきて床に広げた。彼女の身体を布の上に寝かせろと言うので、彼女を抱き上げ、そっと寝かせた。彼女の身体からは傷が消えていた。手足も元の形にもどっていた。
 けれど、彼女の身体は冷たくて、どうしてか、とてもかたかった。

 魔女は彼女の身体を布で巻いた。
そして僕に「あなたの望む場所へお行きなさい」と言った。

 僕は冷たくてかたくなった彼女の身体を抱いて魔女の家を出た。
冷えた空気の中顔を上げると、朝焼けが広がっていた。

 薔薇色と朱色を混ぜ合わせたような空。僕の大好きな……。



 ───── ああ、そうか。もう君はいないんだ。




 探さないと……。僕のせいで、たった一人で先に逝かせてしまった僕の最愛を。本当はとても怖がりで、けれど意地っ張りで、寂しがり屋な君を。



 たとえどんな世界線にいたとしても、僕は必ず君を見つけるから。君がどんな姿をしていても、必ずぼくは君を抱きしめて、君にキスを贈る。


 ねぇ、だから……。







 ──── その時は、もう一度僕に微笑んで…。







しおりを挟む
感想 111

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。

Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。 そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。 そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。 これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。 (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。