145 / 204
第三章
4.ベアトリーチェとウィルキウス・ルフス①
しおりを挟むここにきて、ようやくアリシティアは自らの周囲で何が起こっているかを理解した。
アリシティアが誘拐された日。
エヴァンジェリンは取り巻きだけではなく、単なる顔見知り程度のアリシティアを強引に呼び出し、仮面舞踏会に連れ出した。
そしてその仮面舞踏会で、エヴァンジェリンは仮面で素顔を隠した、どこの誰ともわからない“男”と出会う。
男は単純な囁き一つで、いとも簡単に、エヴァンジェリンからの信頼を得た。
『貴方の邪魔者が社交界デビュー出来なくなるように協力しましょう。貴方には何一つ悪いようにはなりません』
甘い甘い“男”の誘惑に、エヴァンジェリンはあっけなく堕ちた。
“男”はエヴァンジェリンを使い、アリシティアを誘拐犯が待ち構える庭園へと誘導させる。そして“男”は、アリヴェイル伯爵令嬢、アリシティア・リッテンドールの誘拐を成功させた。
きっと“男”は、アリシティアが大人しく誘拐され、自ら闇オークションの競売にかけられる事すら、予想していたのだろう。
そして“男”の筋書き通り、アリシティアは『宵闇の少女』と名付けられ、リーベンデイルの生きた人形として競売にかけられた。
『宵闇の少女』の名を知る者は、さぞ色めき立った事だろう。
あの闇オークションにどれだけリーベンデイルを詳しく知る人物がいたのかは分からない。けれどあの件がきっかけとなり、リーベンデイルの生きた人形『宵闇の少女』の噂は、闇社会に浸透していく。
現実世界に現れた、十三体目の宵闇の少女。
それは闇社会に投げ入れられた、甘美で、けれど猛毒を持つ極上の生き餌だった。
闇オークションの翌日の、エリアスとの会話がアリシティアの脳裏をよぎる。
『全く金が絡んでない。エヴァンジェリンからの見返りもない。あるのは王族の婚約者を誘拐し愛玩奴隷として闇競売にかけたという、とてつもないリスクだけだ』
『私をリーベンデイルの生きた人形として競売にかけるという事自体が目的? そんな事をしてなんの意味があるの?』
───── 間違いなく意味はあった。
あの闇オークションをきっかけに、噂は徐々に広がっていった。そしてその噂に引き寄せられるように、『リーベンデイルの生きた人形』を欲しがる人間、『宵闇の少女』の熱狂的な信者、他にも欲に目がくらんだ者達が蠢きだした。
リーベンデイルに興味がなくとも、『宵闇の少女』と名付けられたアリシティアが、とてつもない価値を持つと気づいた人間もいる。
だからこそ、あの闇オークションのすぐ後、王弟ガーフィールド公爵は子供の頃から鳥籠に閉じ込めるように隠し続けてきたアリシティアを、社交界に出すと決めたのだろう。
こうなった以上、隠し続けるよりも表に出し、アリシティアが常に多くの人から注目される方がよい。
そして王位継承権を持ち、若き侯爵であるルイス・エル・ラ=ローヴェルという存在をアリシティアの側に置くことで、彼女に対してよからぬ事を考える者達への抑止力にしようとした。
アリシティアを社交界デビューさせると決めた時の公爵は、エヴァンジェリンへのお仕置きだともっともらしい事を言ってはいた。けれど、あの公爵が、ずっと意図的に隠していたアリシティアを社交界に出すのだ。そんな単純な理由だけであるはずがない。
なぜなら、公爵のひとつの行動には、常にいくつもの理由があるからだ。
公爵はリーベンデイルの名に引き寄せられる有象無象に対して、アリシティア・リッテンドールが、王家にとっていかに大切な存在であるかという事を知らしめようとした。
だからこそアリシティアのデビュタントでは、王子の称号を持つルイスが、王族が特別な式典だけで着用する衣装を身に纏い、アリシティアをエスコートしたのだ。
そしてアリシティアは、王位継承権第二位のエリアス、第一位の王太子アルフレード、第四位であるルイス、三人の王子達とダンスを踊った。
本来であればデビュタントが、ダンスを踊ることが出来る王族は一人だけ。あの時、アリシティアがアルフレードからダンスに誘われた意味を、彼女はようやく理解した。
あのダンスによって、誰もがアリシティアと王子達の仲の良さを認識した事だろう。それは、アリシティア・リッテンドールに危害を加える事は、王家を敵に回すという事だと、知らしめる行為でもあった。
そして、政局を読むことに機敏な貴族に対しては、ルイスが正妃側には付かないという意思表示にもなる。
何よりも、アリシティア自身は、あの日から正妃側の暗殺や誘拐を常に警戒し、変装する事が多くなった。きっと、そんなアリシティアの行動すら、公爵にとっては想定内の事なのだ。
公爵は“男”の書いた筋書きから、アリシティアを守っていた。アリシティアはまたも気づかぬ内に、公爵に守られていた。
アリシティアの頭の中で、バラバラに散らばっていたパズルのピースが、勝手に組み上がっていく。
美しい“男”が、アリシティアの脳裏で笑った気がした。
29
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
お飾り王妃の死後~王の後悔~
ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。
王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。
ウィルベルト王国では周知の事実だった。
しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。
最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。
小説家になろう様にも投稿しています。
もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。
Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。
そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。
そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。
これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。
(1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。