余命一年の転生モブ令嬢のはずが、美貌の侯爵様の執愛に捕らわれています

つゆり 花燈

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第三章

6.雪と最愛と彼女の最後1

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 ソファーの上で、アリシティアが「ふわっ」と声を出してあくびをする。
 錬金術師の塔の五階。大きな窓は開け放たれて、窓辺のソファーには優しい光が降りそそいでいた。仰向けに寝転んだアリシティアが窓の外を見ると、どこまでも高く、青い空が広がっていた。
 気持ち良さに目を閉じ、ふわふわと意識をさまよわせかけたアリシティアに、ベアトリーチェが「そういえば…」と問いかけた。

「この前、あんたの婚約者がここに来た時、なんであんたがパトリア語を話せるんだって、私に聞いてきたんだけど」

「なんて答えたの?」

「自分で聞けって言ったわ。だって知らないし。あんたの母国語って日本語よね?」

「んー、そうなんだけどね。私は親に放置されてて、猫と暮らしてたの。で、両隣に住んでる超フレンドリーな母子が、そんな私にすっごく良くしてくれたの。その人たち元々は英語圏の人たちでね、日本語が出来なかったから必然的に覚えたの」

「…あんたって、そういう微妙に返答に困ることを……」

「あら、優しい。気遣ってくれるのね」

 ほんの少しだけ声音をかえたベアトリーチェに、アリシティアはくすくすと笑いながら、記憶の中で薄れつつある、彼女の前世を思い出していた。







 ✽✽✽



 記憶の中の、名前も覚えていない前世のアリシティアの人生は、たぶん世間一般には幸せとは言えないものだった。



 アリシティアが小学生の頃、父は浮気をし、ある日突然母とアリシティアを捨てた。母は狭い母子寮のアパートにアリシティアを残して、恋人の所に入り浸っていた。
 とはいえ、数日おきに、菓子パンや総菜などを買ってきたので、死んでも良いとは思っていなかっただろう。生活保護と児童扶養手当が目当てでもなかったと思いたい。


 アリシティアが住む部屋の両隣は、英語しか話せない家族が住んでいた。他にも、母親が外国人の母子が多かった。すこぶるフレンドリーな人たちで、幼かった彼女はずいぶんと助けられた。彼らは日本語ができないので、アリシティアは必然的に英語を覚えた。

 アリシティアの母はおそらく精神的にとても幼かったのだろう。そして、母親である前に女で、恋をしていないと生きていけない人だった。男と別れては帰ってきて、アリシティアに泣きつき、また新しい男ができたら出ていく。そんな生活を繰り返していた。
 けれど、生活保護の関係で担当の人が来る日だけは必ず家にいたので、連絡が途絶える事はなかった。

 アリシティアは、両隣のフレンドリーな家庭のおかげで、最低限の生活は出来ていた。それにドラマで見るような、放置された子供のようにもならなかった。
 アリシティアの母は、定期的に大量に服や靴、生活用品を買い込んできたし、幼い頃から携帯電話を持たされ、一人で生活できるように現金も渡されていた。



 そんな生活を悲しいとも苦しいとも思わなかった。アリシティアは狭い世界の中にいたけれど、常に一人ではなかったから。

 アリシティアの側には、クリーム色をした長毛種の、とてつもなく人懐っこく、世界一綺麗で可愛い猫がいた。窓どころか、鍵さえも小さな手で開けて出入りする、器用でとても賢い子。

 けれど、アリシティアはその子が亡くなるまで、ずっとそばにいる事はできなかった。



 はじまりがいつだっだのか、彼女は覚えていない。何となく体調がわるい日が多くなった。
最初一度だけ母に頼んで、病院に行かせて貰った。生活保護の場合、診察代の自己負担がない代わりに、病院に行くには役所から書類を貰う必要がある。そして、病院の受付では保険証の代わりにその書類を提出する。
母はそれを『恥ずかしい』と、嫌がった。

しかも、せっかく行った病院の医師には「風邪だと思いますが様子をみましょう」と言われ、三日分の薬を出されて終わった。
その後も日によって、体調の悪い日が多くなった。けれどそれを、気まぐれに帰ってきた母に告げても『どうせ病院に行っても風邪って言われるだけよ』と言われてしまう。それが数度続くと、彼女は母に言うのを諦めた。

 しかしその選択のせいで、人前で倒れ救急車で病院に運ばれた時には、残りの時間を待つだけの状態となっていた。
 ネットで調べた生存率は、笑える程低かった。




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