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第三章
②
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このリトリアン王国の建国神話とも言われる物語、『取り換え姫と世界樹の守護者』
それは、女神の愛を失ったリネス国滅亡への序章であり、とてつもなく美しい魔術師と、悪女と呼ばれた偽者の姫の悲恋の物語でもある。
かつてリネスには好色な王がいた。王は美しい娘を見初め、その恋人を殺し、娘を王妃とした。
王妃は殺された恋人の復讐の為、女神リネスの子孫である王族の血筋を絶やす事を決意する。
そして、王の血を継ぐ我が子を平民の娘と取り替え、王の庶子である王子をも殺そうとする。
だが、取り替えられた平民の姫は、我儘で傍若無人に振る舞う事で、兄王子の命を守り続けた。
その事実を知るのは、兄王子と、政略で結ばれた、とてつもなく美しく膨大な魔力を持つ、彼女の婚約者である魔術師だけ。
だが、本物の王女が現れ、王女取り換えの事実が露見した。
悪女と名高い取り換え姫とはちがい、美しく謙虚な王女は、誰からも愛された。
そんな彼女は、たった一つだけ、己の望みを口にした。
彼女が望んだのは、美しく強大な魔力を持つ、取り換え姫の婚約者だった。
だが、婚約者である魔術師は王女を拒絶し、取り換え姫ただ一人を求めた。
結果、王女の願いを叶える為、取り替え姫は平民でありながら王女の地位を簒奪した罪人として、あまりにも無惨に殺されてしまう。
取り替え姫を救えなかった魔術師は、失った彼女の魂を追い求め、世界樹への扉を開き、世界樹の守護者となる。
そして兄王子はリネス国を捨て去り、このリトリアン王国を建国した。
「──── 申し訳ない。しばらく、時間をくれ」
アルフレードは、右手で両目を覆い、王宮にあるには簡素すぎる程に簡素なソファーの背もたれに身を委ねた。
本来であれば、このように完全に油断した姿を他者の前で晒す事など、許されはしない。
だが、この魔女と名乗る男の前では別だ。彼は、人の理から外れた者であるのだから。
アルフレードは深く息を吸い込み、しばらくして、一気に吐き出した。
古びた羊皮紙や、締め切られた空間特有の、澱んだ空気が鼻腔を擽る。
だが、先程まで感じていた、自分の心音は、今はもう聞こえない。それでも……。
「無理だ。理解できない」
諦念に似た感情を吐露する。
はっきり言えば、想定外の情報が多すぎる。
「人の常識に縛られるという事は、厄介な事ね。人は自分でイメージし得る事しか理解できない」
アルフレードの耳元で、クスリと魔女が笑った気がした。魔女は向かいのソファーから、動いてすらいないのに。
「さっき魔女殿が言った、『三千世界』とはなんだ?」
「ああ、ごめんなさい。この世界には存在し無い概念ね。とにかく、想像しうる限りの無限の世界だとでも考えて頂戴。深い意味では無いわ」
“この世界には存在しない”
つまりそれは、目の前の男が、この世界以外の事を知っているという事に、他ならないのではないか。
そんな事をふと考えた時。アルフレードの中に、疑問が浮かんだ。
御伽話『取り換え姫と世界樹の守護者』のラストでは、世界樹のある世界に辿り着いた守護者が、生まれ変わる取り替え姫の魂を追い求めるところで終わっている。
だが……。
「世界樹の守護者の交代は、前任の守護者を殺す事……」
御伽話の中では、残虐な事実が語られる事はない。だが、神代から伝わる聖典には、神々や世界樹についての記録が残されている。あまたの世界の王でもある、世界樹の守護者の、代替わりの儀式についても。
世界樹の元に到達できるのは、神々すらも凌駕するほどの、膨大な力を持つ者のみ。
そして、その場所に辿り着いた者は、前任の守護者を殺さねばならない。より強き者のみが、新たな守護者となる。
聖典に書かれた事が事実であるならば、御伽話のように、世界樹が魔術師の青年を守護者に選んだのではない。
魔術師の青年が、守護者となる事を選んだのだ。
「魔術師の青年が、世界樹の元に旅立った以降の物語は、史実には存在しない」
アルフレードは最も重要な事をあえて思考から外し、知り得た情報をなんとか整理する。
「王殺しの儀式。力を失った王を殺し、より強い者を新たな王とし、数多ある世界の均衡を保つ」
目の前のソファーに腰掛けているはずのベアトリーチェの声が、まるで耳元で囁かれているかのように、脳裏に響いた。
思考が支配されてしまうような、奇妙な感覚に陥る。
彼のその玲瓏な声にまで、“魔力”が宿っているかのようだ。
「だとすれば、それならあの御伽話は、守護者が少しずつ狂気に侵されていく繰り返しの物語は、誰が書いた?」
それは単純な独り言だった。答えを求めた訳ではない。けれど目の前の魔女は答えた。
「勿論、リーベンデイルよ」
御伽話の最後は、眠りにつく取り替え姫の魂の向かう先が、リトリアン王国であると語られている。
その結末は、何度転生しても必ず十八歳で死んでしまう、取り替え姫の幸せな眠りを望む物だ。
「つまりは、取り替え姫の兄王子か」
「そう。巡る魂に、記憶を刻む者。彼は、多くの魔法使いが存在した国リネスの王子であり、生まれながらの魔法使い」
──── ああ、本当に最悪だ
アルフレードは現実逃避のように両目を覆っていた手を外し、二度頭を振る。
嫌でも分かってしまうでは無いか。
十八歳で必ず死んでしまう取り替え姫。その魂を追い求める守護者。
何度も繰り返し取り替え姫が死ぬのは、転生した守護者に生まれ変わるに至る記憶がないからだ。
「どうやってリーベンデイルは、『その後の物語』を知った?」
「魂を繋げる為の媒体に一度でも触れれば、記憶の欠片を垣間見る事が出来る」
「媒体?」
「取り替え姫の呪われた血」
瞬間、アルフレードの目の前が真っ暗になった。彼を司る全てが、動きを止めた。知らされた事実を拒絶するように。
絶句するアルフレードを前に、ベアトリーチェは柔らかな笑みを浮かべた。そして、三本の指を立てる。
「取り替え姫の呪われた血に触れた後、生きていたのはたったの三人。取り替え姫の婚約者である、世界樹の守護者となった魔術師。このリトリアンの初代国王でもある兄王子。そして、初代の魔女ベアトリーチェ」
「……呪われた?」
「そうよ、取り替え姫の魂が呪われている事は、御伽話のなかでも語られているでしょう? 呪ったのはリネスの王女ではないけれど」
数十年、数百年と昔の本が並ぶ、時間が止まったかのような空間の中。
異質なまでに色鮮やかな美しい男に、アルフレードは逃避していた事実を突きつけられた。
彼は乱雑に髪を掻きむしった。
そして、あまりにも荒唐無稽な、決して認めたくなかった結論を口にする。
「このままであれば、アリシティアは呪いにより十八歳で死んでしまう……と言う事か」
「まあ、そう言うことね」
「──だが、世界樹の守護者は、膨大な力を持つのだろう? ならば、ルイスが過去を思い出す事さえできれば、その運命を変えられるのでは?」
取り替え姫の魂を追い、何度も転生を繰り返す世界樹の守護者。
守護者は必ず取り替え姫の近くに生まれる。だが、守護者としての記憶を忘れてしまう彼は、いつの世も彼女を十八歳で死なせてしまうと、御伽話では語られている。
すれ違うアリシティアとルイスの過去は、さながら運命の神に用意された舞台のようだと、アルフレードは思う。
だがもしも……。
そこまで考えた時。その思考は遮られた。
「あーー、それは無理よ。だってラローヴェル侯爵は、そもそも守護者の記憶なんて持ってないし」
「は?」
「だって彼は、転生した守護者じゃないもの」
ベアトリーチェはその秀麗な相貌に、殊更愉快げな笑みを浮かべた。
それは、女神の愛を失ったリネス国滅亡への序章であり、とてつもなく美しい魔術師と、悪女と呼ばれた偽者の姫の悲恋の物語でもある。
かつてリネスには好色な王がいた。王は美しい娘を見初め、その恋人を殺し、娘を王妃とした。
王妃は殺された恋人の復讐の為、女神リネスの子孫である王族の血筋を絶やす事を決意する。
そして、王の血を継ぐ我が子を平民の娘と取り替え、王の庶子である王子をも殺そうとする。
だが、取り替えられた平民の姫は、我儘で傍若無人に振る舞う事で、兄王子の命を守り続けた。
その事実を知るのは、兄王子と、政略で結ばれた、とてつもなく美しく膨大な魔力を持つ、彼女の婚約者である魔術師だけ。
だが、本物の王女が現れ、王女取り換えの事実が露見した。
悪女と名高い取り換え姫とはちがい、美しく謙虚な王女は、誰からも愛された。
そんな彼女は、たった一つだけ、己の望みを口にした。
彼女が望んだのは、美しく強大な魔力を持つ、取り換え姫の婚約者だった。
だが、婚約者である魔術師は王女を拒絶し、取り換え姫ただ一人を求めた。
結果、王女の願いを叶える為、取り替え姫は平民でありながら王女の地位を簒奪した罪人として、あまりにも無惨に殺されてしまう。
取り替え姫を救えなかった魔術師は、失った彼女の魂を追い求め、世界樹への扉を開き、世界樹の守護者となる。
そして兄王子はリネス国を捨て去り、このリトリアン王国を建国した。
「──── 申し訳ない。しばらく、時間をくれ」
アルフレードは、右手で両目を覆い、王宮にあるには簡素すぎる程に簡素なソファーの背もたれに身を委ねた。
本来であれば、このように完全に油断した姿を他者の前で晒す事など、許されはしない。
だが、この魔女と名乗る男の前では別だ。彼は、人の理から外れた者であるのだから。
アルフレードは深く息を吸い込み、しばらくして、一気に吐き出した。
古びた羊皮紙や、締め切られた空間特有の、澱んだ空気が鼻腔を擽る。
だが、先程まで感じていた、自分の心音は、今はもう聞こえない。それでも……。
「無理だ。理解できない」
諦念に似た感情を吐露する。
はっきり言えば、想定外の情報が多すぎる。
「人の常識に縛られるという事は、厄介な事ね。人は自分でイメージし得る事しか理解できない」
アルフレードの耳元で、クスリと魔女が笑った気がした。魔女は向かいのソファーから、動いてすらいないのに。
「さっき魔女殿が言った、『三千世界』とはなんだ?」
「ああ、ごめんなさい。この世界には存在し無い概念ね。とにかく、想像しうる限りの無限の世界だとでも考えて頂戴。深い意味では無いわ」
“この世界には存在しない”
つまりそれは、目の前の男が、この世界以外の事を知っているという事に、他ならないのではないか。
そんな事をふと考えた時。アルフレードの中に、疑問が浮かんだ。
御伽話『取り換え姫と世界樹の守護者』のラストでは、世界樹のある世界に辿り着いた守護者が、生まれ変わる取り替え姫の魂を追い求めるところで終わっている。
だが……。
「世界樹の守護者の交代は、前任の守護者を殺す事……」
御伽話の中では、残虐な事実が語られる事はない。だが、神代から伝わる聖典には、神々や世界樹についての記録が残されている。あまたの世界の王でもある、世界樹の守護者の、代替わりの儀式についても。
世界樹の元に到達できるのは、神々すらも凌駕するほどの、膨大な力を持つ者のみ。
そして、その場所に辿り着いた者は、前任の守護者を殺さねばならない。より強き者のみが、新たな守護者となる。
聖典に書かれた事が事実であるならば、御伽話のように、世界樹が魔術師の青年を守護者に選んだのではない。
魔術師の青年が、守護者となる事を選んだのだ。
「魔術師の青年が、世界樹の元に旅立った以降の物語は、史実には存在しない」
アルフレードは最も重要な事をあえて思考から外し、知り得た情報をなんとか整理する。
「王殺しの儀式。力を失った王を殺し、より強い者を新たな王とし、数多ある世界の均衡を保つ」
目の前のソファーに腰掛けているはずのベアトリーチェの声が、まるで耳元で囁かれているかのように、脳裏に響いた。
思考が支配されてしまうような、奇妙な感覚に陥る。
彼のその玲瓏な声にまで、“魔力”が宿っているかのようだ。
「だとすれば、それならあの御伽話は、守護者が少しずつ狂気に侵されていく繰り返しの物語は、誰が書いた?」
それは単純な独り言だった。答えを求めた訳ではない。けれど目の前の魔女は答えた。
「勿論、リーベンデイルよ」
御伽話の最後は、眠りにつく取り替え姫の魂の向かう先が、リトリアン王国であると語られている。
その結末は、何度転生しても必ず十八歳で死んでしまう、取り替え姫の幸せな眠りを望む物だ。
「つまりは、取り替え姫の兄王子か」
「そう。巡る魂に、記憶を刻む者。彼は、多くの魔法使いが存在した国リネスの王子であり、生まれながらの魔法使い」
──── ああ、本当に最悪だ
アルフレードは現実逃避のように両目を覆っていた手を外し、二度頭を振る。
嫌でも分かってしまうでは無いか。
十八歳で必ず死んでしまう取り替え姫。その魂を追い求める守護者。
何度も繰り返し取り替え姫が死ぬのは、転生した守護者に生まれ変わるに至る記憶がないからだ。
「どうやってリーベンデイルは、『その後の物語』を知った?」
「魂を繋げる為の媒体に一度でも触れれば、記憶の欠片を垣間見る事が出来る」
「媒体?」
「取り替え姫の呪われた血」
瞬間、アルフレードの目の前が真っ暗になった。彼を司る全てが、動きを止めた。知らされた事実を拒絶するように。
絶句するアルフレードを前に、ベアトリーチェは柔らかな笑みを浮かべた。そして、三本の指を立てる。
「取り替え姫の呪われた血に触れた後、生きていたのはたったの三人。取り替え姫の婚約者である、世界樹の守護者となった魔術師。このリトリアンの初代国王でもある兄王子。そして、初代の魔女ベアトリーチェ」
「……呪われた?」
「そうよ、取り替え姫の魂が呪われている事は、御伽話のなかでも語られているでしょう? 呪ったのはリネスの王女ではないけれど」
数十年、数百年と昔の本が並ぶ、時間が止まったかのような空間の中。
異質なまでに色鮮やかな美しい男に、アルフレードは逃避していた事実を突きつけられた。
彼は乱雑に髪を掻きむしった。
そして、あまりにも荒唐無稽な、決して認めたくなかった結論を口にする。
「このままであれば、アリシティアは呪いにより十八歳で死んでしまう……と言う事か」
「まあ、そう言うことね」
「──だが、世界樹の守護者は、膨大な力を持つのだろう? ならば、ルイスが過去を思い出す事さえできれば、その運命を変えられるのでは?」
取り替え姫の魂を追い、何度も転生を繰り返す世界樹の守護者。
守護者は必ず取り替え姫の近くに生まれる。だが、守護者としての記憶を忘れてしまう彼は、いつの世も彼女を十八歳で死なせてしまうと、御伽話では語られている。
すれ違うアリシティアとルイスの過去は、さながら運命の神に用意された舞台のようだと、アルフレードは思う。
だがもしも……。
そこまで考えた時。その思考は遮られた。
「あーー、それは無理よ。だってラローヴェル侯爵は、そもそも守護者の記憶なんて持ってないし」
「は?」
「だって彼は、転生した守護者じゃないもの」
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