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第三章
④
しおりを挟むアルフレードにとっては、とてつもなく深刻な内容であるが、目前の魔女は、「魂が同じなら、お馬鹿で抜けてる所も似るのかしら」と、ひたすら笑っている。
「──それは、他者にかけた呪いが、自身の身に跳ね返ったという事か?」
アルフレードは思考を整理するように、眉間を揉みながら問う。
「いいえ。取り換え姫が十八歳で死ぬ瞬間、自らを裏切った婚約者の愛する人も、自分と同じように不幸のうちに死ねば良いのにと、強く願ったの。その結果、取り換え姫の魂が呪われ、彼女の魂を持つ者は必ず十八歳で死んでしまうようになった。つまりは、取り換え姫の婚約者が心から愛していたのは、取り換え姫本人だったということ」
皮肉よね……と、魔女はひとしきり笑ったあと、呼吸を落ち着けるように、ゆっくりと息を吐く。
ただ、その紫の瞳の奥には、何故か途方もない寂寞を宿しているように見えた。
「私には、取り換え姫が『婚約者』本人ではなく、『婚約者が愛する者』を呪ったという話自体が信じられない。もしもアリシティアであれば、浮気をしたルイスを呪うことはあっても、ルイスの浮気相手を呪ったりはしないと思わないか?」
「アリスは人を呪ったりしないとは言わないのね」
「───そうだな。あの子は、呪われたら呪い返す位は、嬉々としてやりそうだ」
確かに……と、ベアトリーチェはあまりにもあっさりと同意した。
「アリスが取り換え姫の転生した魂の持ち主だとしても、人としては別人。まあ、それ以前に、強い願いと呪いは、紙一重なのよ。あの時代、この世界はまだとても未成熟で、神々も魔法も呪術も、人の身近にあるものだった。故に、死に際の取り換え姫の強い願いは、いくつもの偶然の上に条件が整い、呪いとして成立してしまったわけ」
「まるで見てきたように言う」
「事実、見てきたのよ」
ベアトリーチェはアメジストのような切れ長の目を細め、得意げに微笑んでみせた。
「────ああ、魔女達の記憶の継承か」
アルフレードは納得したように呟く。
力ある魔女達は、能力と記憶を代々継承すると聞いた事がある。
『取り換え姫と世界樹の守護者』の御伽噺は幾つかのパターンがあり、その中には魔女ベアトリーチェが出てくる話も存在する。
つまるところ、目の前の男は、初代の魔女ベアトリーチェの記憶を持っているという事だ。
取り換え姫が己の魂にかけた呪い。呪われた魂を持つアリシティア。
そして、その彼女が愛する、守護者の魂の欠片でできた、まがい物の命。
「──あの、誰もを魅了する命の輝きが、まがい物だと言うのか」
美しい従弟を想い、アルフレードはぽつりと呟いた。
「さながら、暗闇の中虫を惹きつける、自然には存在しない異質な光のようでしょう? 生まれくる人の身体が、従来の通り世界樹を巡る魂を得る前に、守護者は自身の魂の欠片を与えて、人としては不完全なまがい物であり、人の根幹をなす魂も持たない劣化した複製を作り上げた」
魔女の言葉に、アルフレードはつい苦虫を噛み潰したような表情になる。
かつてアリシティアも、人と虫を同列に語っていた。女神から見れば、人も虫も、さして変わらないだろうと。
この魔女もまた、アリシティアと似た思考の持ち主なのかもしれない。
「取り換え姫とアリシティアが同じ魂を持つだけの別人だと言うのなら、何故守護者は己の魂を砕き、文字通り身を削ってまで、自身の記憶すら持たないまがいものの命を生み出し続けたんだ?」
「他者の考えている事なんて、私が知る訳ないじゃない」
「魔女殿ならば、人の思考すらも読めるのかと思っていた」
「もしそうなら、私は今ここであなたと話していないわ」
不機嫌そうに眉根を寄せる魔女をみて、それもそうかと、アルフレードは納得する。
「では、取り換え姫が自分自身の魂にかけた呪いを解く方法は、魔女殿でも知らないのか」
「そっちは知ってるわ」
あまりにもあっさりと答えるベアトリーチェを前に、アルフレードは思わず目の前の魔女を凝視した。
そんなアルフレードを無視して、ベアトリーチェは再び指を立てた。
「十二体の宵闇の少女は、時渡りの力を持つ人形師リーベンデイルが、取り換え姫の魂を持つ者の為に残した、類感呪術の媒体なの」
「類感呪術?」
聞き慣れない言葉を繰り返す王太子を前に、ベアトリーチェは悠然と頷く。
「リーベンデイルは己の命も、魂も、彼が持てる全てを対価に、宵闇の少女を作り上げた。それらは、百年も後に生まれる少女の為だけに、リーベンデイルが用意した、膨大な力を持つ、身代わりの為の呪術媒体」
魔女が囁くように話すその言葉が、アルフレードの耳にこだまする。彼は呼吸をする事も忘れて、ただ、魔女が紡ぐ言葉に聞き入った。そして、唐突に理解した。
いつの頃からか、昼夜問わず何度も何度もアルフレードの脳裏に直接語りかけてくる、ある人物の言葉の意味を。
──── 彼女の為に、私の作った“十二体の宵闇の少女”を集めてくれ
アルフレードは、リーベンデイルの狂信者と呼ばれる者達がそうであったように、己もまた、宵闇の少女に魅了され、正気を失っているのではないかと、何度も自問した。
だが、多分それは違う。初代国王の直系の子孫であり、この国の王となる正当な血筋を持つアルフレードに、リーベンデイルは己の望みを託した。
「……クソ! 確かに、リーベンデイルは取り換え姫の兄王子だ」
虚空を見上げたアルフレードの視線の先では、魔石の光を反射したチリがキラキラと舞っている。
アルフレードは、普段の彼からは考えられない程に、怨みがましい毒を、初代国王に向けて吐き出した。
「だったら、最初からはっきりそう言え!」
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