余命一年の転生モブ令嬢のはずが、美貌の侯爵様の執愛に捕らわれています

つゆり 花燈

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第三章

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 銀狐の仮面で顔の上半分を隠したルイスは、影としてはあり得ない態度のアリシティアとディノルフィーノに、冷たい視線を向ける。そして声を出す事なく、口を小さく動かした。

 “ お し お き“

 瞬間、スンと無表情になる二人を横目に、アルフレードはエドワードに視線を戻した。

「失礼しました、伯父上」

「我が国では、うるさい猫は外に放り出すのだがな」

 呆れたようなエドワードの呟きに、アルフレードはうっすらと微笑んだ。

「この忘却の館は娼館とはいえ、住人達は我が国で最上級の淑女であり、夜の外交官でもあるんです。だからこそこの娼館には、この娼館独自の序列体系ヒエラルキーが存在する。つまりは、この館の客は誰であろうと娼婦たちを権力で従わせる事は出来ないんです。付け加えるなら、この館の猫に至っては、何故か客や娼婦よりも立場が上なんですよ」

「ふざけた話だ」

 半眼で吐き捨てるエドワードを見て、アルフレードは苦笑した。

「そんな事より、アストリアは我が国を巻き込んで、何をしようとしているのです?」

 アルフレードの問いに、エドワードはクツクツと喉で笑った。

「何故そう思う?」

「今、伯父上が仰ったではありませんか。夜明け色の女神の瞳の娘を、我が国・・・にくれないかと。つまりはアストリアの王家が、女神リネスの威光を欲っしていると言う事では?」

「ああ、そうだな。ライリッヒ神聖帝国は、皇帝の弟が皇帝に忠誠を誓い、代々神殿の大祭司の地位につくのは知っているな」

「それは勿論」

「だが今、次期皇帝の座を二人の王子が争っている。僅かに皇太子が有利ではあるが、第二皇子も中々に策士でね。当然、第三皇子の母である我が叔母上は焦っていると言うわけだ。今ライリッヒの皇帝が戦争狂の皇太子に代替わりすれば、我がアストリアは属国にされかねない」

「確かに」

「とはいえ、第三皇子が皇位に着く確率は限りなく低い。だがもしも、その第三皇子が女神の代理人とも言える色を持つ王女・・と婚姻を結べはどうなるとおもう?」

「それはつまり、私の大切な幼なじみであり、父王が『我が国の至宝』とまで言った、夜明け色の瞳を持つ娘を、我が国ならばいざ知らず、アストリアの婚姻の駒にする為に、養女として差し出せと言う事ですか?」

「まあ、その通りだ。女神の瞳の持ち主をアストリアの王女として、ライリッヒ帝国の第三皇子に嫁がせれば、帝国の第三の勢力である神殿は、我がアストリア王家の血を引く第三皇子の勢力に組みするだろう。そうなれば、第三皇子が王となれなくとも、今の帝国へのアストリアの影響力を維持できる」

「それに対して、我がリトリアンには何の益もありませんよ」

「望むものは何でもさしだそう」

「彼女と同等以上の価値ある物など、アストリアにも、帝国にも、存在しないでしょう」

 アルフレードの口調は淡々としていたが、彼のまとう空気は限りなく冷たかった。

「たかだか、伯爵家の娘だろう? アストリアがライリッヒ神聖帝国の属国となればアストリアの王女を母に持つお前自身、アストリアの後ろ盾をうしなうぞ?」

 エドワードは眉間に皺を寄せた。

「アストリアの後ろ盾が無くとも、私の地位は揺るぎません。それだけの実績を残して来ました。何より、そのたかだか伯爵家の娘を差し出せば、我が国の王宮は血に染まるでしょう」

「……物騒だな。まあ、駄目で元々な話だから、気にするな。だが、それなら、お前の妹姫はどうだ? 彼女とて、女神リネスの直系だ。ライリッヒ帝国は女神リネスの血族を恐れているからな」

 リトリアンの皇太子であるアルフレードも、ライリッヒ神聖帝国の第三皇子も、アストリアの王族の婚姻政策で、他国の王族と婚姻を結んだアストリアの姫達を母に持つ。
 アルフレードの母が亡くなってからは、アルフレードの母の代わりに、アルフレードの母方の祖父となるアストリアの国王が、アルフレードの亡き母の代わりに後ろ盾となっている。
 だからこそ、もしもアストリアという国が揺らげば、アルフレードの立場とて、その地位を現在のリトリアンの正妃を母に持つエヴァンジェリンにすげ替えられかねない。

 リトリアンの王族は、今はなきリネス国から受け継いだ女神の血筋ゆえに、男女どちらにも王位継承権があるのだから。

 だが、アルフレードとしてはエヴァンジェリンにだけは王太子の座を渡すわけにはいかない理由がある。


「……エディ伯父上、私の話を聞いていましたか? エヴァンジェリンを他国に出せば、同盟どころか戦争の火種になりかねないのですよ」

「……そんなに問題があるのか?」

「そうですね、とても美しく、純粋で、優しく、何より正直です」

「それの何が問題なんだ?」

「素直すぎて言わなくても良い事まで口にするし、人は誰しも対等な存在であり、身分制度が国の発展を妨げているとまで考えている。民には絶大な人気ですが、そのせいで下位の身分の者を勘違いさせる。あと、思い込みが激しい。勿論、私から見れば可愛い妹ではあるのですが、夢みがちで、政略結婚は不幸だなどと政略結婚を控えた貴族の前で、平然と発言してしまうのです。そんな娘を政治の駒として政略結婚などさせようとすれば、どんな惨事が起こるか。何よりも、エヴァンジェリンを支持している正妃の派閥は、絶対に彼女を他国には出さないでしょう」

 これまでの内心の不満を吐き出すかのように、アルフレードはいきをつくことすらせず、長い言葉を一気に言い切った。

「そ、そうか」

 その迫力に押されて、エドワードは表情を固まらせた。

「しかも、ほんの少し目を離すと、何をしでかすかわかったものではないのです。先だっては、エヴァンジェリンの第一婚約者候補であった彼女の幼なじみが、別の女性を想っていると気付き、よりにもよって、その幼なじみの想い人に媚薬を盛って、幼なじみと一緒の部屋に、一晩閉じ込めてしまったのです」

 アルフレードは俯き、両手で顔を覆う。そして、「何だよ、媚薬とハーブティーを間違えたって。もっとマシな言い訳位出来ないのか」……等と、呪詛のように恨み言をぶつぶつと呟き始めた。幸いな事に、その言葉までは、エドワードに届いてはいない。

 だが、アルフレードに背後から抱きついていたアリシティアの耳にはしっかりと聞こえていた。


 ──── それって、公子様レオナルドが、お姫様以外の人と婚約したって事?

 アリシティアは目を見開く。先ほどまでの鬱々とした思考など、一瞬にして消えてしまうほどの衝撃だった。


 ルイスに睨まれるので、アルフレードに状況を問いただしたりはしないが、内心は大パニックである。
 なにせここに来て、『青い蝶が見る夢』のメインヒーローが、ヒロイン以外と結ばれてしまったと言うのだ。

 この世界と類似した小説、『青い蝶が見る夢』は、いわゆる逆ハーレム物である。ヒロインが三人のヒーローにちやほやされるのが、当たり前の世界なのだ。
 三人のヒーローのうち、一人は美形枠のルイス・エル・ラ=ローヴェル。アリシティアの婚約者ではあるが、小説内のルイスの婚約者は、名前すら出てこない忘れられた婚約者だった。だが、この世界では、王弟の政治的な策略により、アリシティアはルイスの溺愛婚約者として、今や社交界に認知されてしまっていて、今更ルイスがエヴァンジェリンに乗り換える事は、余程の理由が無いかぎり、出来はしないだろう。

 二人目のヒーローは、知性枠のウィルキウス・ディ=ヴィドー。ただ、小説では宰相の養子となっていたが、彼もまたアリシティアと同じく前世の記憶を持つせいか、なぜか王宮の片隅の錬金術師の塔に住み、自由気ままに怪しい薬をばら撒きながら、オネェな魔女なんてやっている。タイトスカートにピンヒールの細マッチョなど、ヒーロー以前の問題である。

 そして、残る一人が、脳筋……否、力枠のヒーロー、レオナルド・ ベルトランド・デル・オルシーニ。公爵家の三男でエヴァンジェリンの幼なじみ。小説の世界では、最後にエヴァンジェリンヒロインと結ばれるメインヒーローだ。
 だと言うのに、彼が脱落した事で、ヒロインが三人の男にちやほやされる逆ハー小説の世界でありながら、肝心のヒーローが一人も居なくなってしまったようだ。

「……え、これ、大丈夫なの?」

 アリシティアは小さな声で独り言をつぶやきつつも、普段では考えられないように、壊れた様子のアルフレードの頭をなでなでしつつ、眉間に皺を寄せた。


 エドワードは、目の前で、アルフレードに侍る猫達が、アルフレードの頭を撫でている姿を眺めながら、表情を引き攣らせている。

「あーー。よくはわからないが、そのエヴァンジェリン姫の婚約者候補の幼なじみは、結果的に想い人と結ばれたと?」

「……ええ、まんまとエヴァンジェリンにしてやられました。勿論、彼は一晩共に閉じ込められた令嬢に対して責任をとらねばなりませんので、エヴァンジェリンの第一婚約者候補からは、必然的に除外されます」

「それはまた、何とも……。大変そうだな」

「ええ、本当に大変なんです。唯一、誰も不幸になった人がいないと言うのが救いではあるのですが……」

 まさに、正式な会談の場では決して聞けない、アルフレードの愚痴である。
 これが、アルフレードの信用する伯父でなければ、アルフレードもここまでは言わなかっただろう。

「まあ、なんだ。久しぶりに会えたのだ。酒でも飲むか? さっきの女達を呼び戻してもいいぞ?」

 現在、エドワードはアストリアの特使としてリトリアンを訪れてはいる。
 そして、この忘却の館に来たのは表立って国の代表として、正式な場では話せない事を、リトリアンの代表と話すという目的があった。その一つが、ライリッヒ神聖帝国の内情であり、アストリアの現状についてだった。
 だが、実の所、それらは全て建前だ。本来の目的は、今は亡き可愛い妹の息子とゆっくりと話す事だ。
 こうでもしなければ、この忙しい甥っ子とは、私的な会話などできはしないのだ。

 各国での噂では、リトリアンの王太子は、完全無欠な王太子だ等と言われているが、何やら思った以上に苦労しているようである。
 エドワードは苦笑しつつ、銀狐の仮面の館主に、アルフレードのお気に入りの娼婦達と酒を用意するように申し付けた。







 ──────────────── 

いつも、エールに沢山のいいねをありがとうございます。
見捨てずにいてくださり、本当にありがとうございます。

 補足1

 アルフレードが呟いている、○○しないと出られない部屋のお話は、「よくある異世界の、とことん不毛な私の婚約事情」をお読みくださいませ。
 ⚠️注意、めちゃくちゃアホエロコメディです。仮面舞踏会でアリスが語っていたレオナルドの性癖を思い出しながらお読み頂ければ、面白さが倍増されるかと思います。

 アリスが知っている面白話は、基本ベアトリーチェに話しているという大前提があります。


 補足2

 アルフレードの母は、アストリア国の王女。アストリアは婚姻で各国との繋がりを強くする為、王女達は大半が国外に嫁ぎます。
 アルフレードの母は、アルフレードが幼い時亡くなり、父王は現王妃(王太后の姪)と再婚しています。
 そして、現王妃が産んだとされているのが、第一王女のエヴァンジェリンです。
(書籍版では、アルフレードの母は側妃となっています)


 
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 是非是非よろしくお願いします。(切実)
 
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