一園木蓮

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 カフェに着くと、それこそ奇妙という表現がぴったりな程の豪勢な造りに、俺はまたまた驚かされてしまった。
 だだっ広い吹き抜けのフロアー全体がレストランになっていて、庭先のテラスにまで悠々とテーブルが並べられている。まるでパーティー会場か何かのようなそこは、おおよそ一学園いち がくえんのものとは思えないような贅沢な仕様をしていた。
 驚いている俺のことが可笑しかったのか、隣りで茶髪の紫月という奴がニヤニヤと笑っている。そんな態度とは裏腹に、後生丁寧に椅子まで引きながらヤツに席を勧められて、ようやくと我に返った端から、いきなり目の前に灰皿を差し出されて、俺はまたまた目を丸くしてしまった。

「何――? あんた、吸わねえヒト?」
 まるで当たり前のようにそう言うヤツの口元には、既にしっかりと煙草のフィルターが銜えられている。
 ちょっと待てよ、俺たち高校生だぜ?
 それとも日本ではそれもアリなのかと、俺は少々戸惑いながらヤツの顔をマジマジと凝視してしまった。そんな俺の態度の方が理解し難いというような顔をして、目の前の茶髪は心底不思議そうにこちらを見つめ返してくる。
 こうして間近で見ると、よくよく整った顔立ちをしているこいつに、俺は少々腰の引けるような奇妙な思いがよぎるのを感じていた。
 そうだ、さっきから気にかかっていた何とも言い難い既知感はこれだ。誰かに似ているような気がしていたが、親父の相方だった麗さんを思わせるような人形のような面構えと、それに似合いの細身の長身。だからこいつに対しては警戒心が湧かなかったというわけなのか、とにかく優美で華奢なその身体をしなやかにくねらせながら脚を組み、ヤツは旨そうに煙を吐き出した。
 片肘をテーブルについて物憂げに首を傾げ、目の前に立ち上る煙に瞳を細める仕草は、計算し尽くされたモデルか何かのようだ。決して一学生のそれではない。あの少々軽い感じの物言いさえなければ、見事にサマになっているじゃないか。
 そんな様子が見れば見る程、麗さんによく似ている気がして、何だか懐かしいような寂しいようなヘンな気持ちがこみ上げてならなかった。
 そんな俺を気遣うというわけじゃないだろうが、次の瞬間、奴の軽口がしばしの回想を見事に吹っ飛ばしてくれた。
「何? 俺ってそんなにイイ男?」
「は――?」
「まあアンタみてえな色男に見つめられるってのも悪い気はしねえけどぉ……」
 未だ片肘をついたデカイ態度のまま、わざと色香を伴ったような流し目で笑われて、俺は苦虫を潰したような心持ちにさせられては、額に浮かび上がった青筋を抑えた。
「なあ、おい――。日本の高校って喫煙それオーケーなのか?」
 ヤツの馴れ馴れしい冷やかしを無視して話題を変えた。すると今度は可笑しそうにクスッと声をあげながら、
「フツーはダメでしょ? このガッコだって基本はダメってうたっちゃいるが……まあ何つーか、暗黙了解ってやつよね?」
 暗黙って、それはまたどういう理屈だと首を傾げたくなる。半ば呆れながら周囲を見渡せば、ところどころのテーブルから紫煙がチラホラと垣間見えるのに、俺は滅法驚かされてしまった。
 要は何だ、こういうことらしい。桁外れの金持ちの御曹司が集まるこの学園では、彼らの親から積まれる膨大な寄付金を前にして、些細なことには干渉しないというのがお約束というわけらしい。だから教師も目を瞑ると?
「ま、さすがに酒は禁止だけどな?」
 余裕の仕草で煙をふかしながらヤツは笑った。
 それにしても有り得ない話だと、俺は転入早々、この異色の学園で体験するすべてに面喰らい気味でいた。
 そんな俺の様子を他所に、ヤツは銜え煙草のままメニュー表を広げると、相も変わらずの懐っこい調子で、お勧めランチのページを開いてよこした。
「これがね、意外に旨えんだよ。俺の絶品はパスタランチだけどさあ、こっちのステーキランチってのも捨て難い! あんた、肉食系って感じだからいいんじゃね?」
 ニヤッと唇の端をひん曲げながらヤツはそう言った。
 肉食系って、それが俺の印象というわけか。
 次々に飛び出す無遠慮な物言いに、呆れを通り越して唖然とした感が無くもない。だが、やはりどうしてかこいつ相手だと憎めないのは先程からの既知感覚のせいなのか、それとも本人の持ち味なのか。とにかく少々変わったこいつのお陰で、学園生活も退屈しなくて済みそうだ。
 俺はぼんやりとそんなことを考えながら、気付けばヤツにつられるようにして、知らぬ間に口元に笑みが浮かんでいるのが何とも可笑しかった。
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