一園木蓮

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 そうして俺はヤツのオススメである”肉食系”ステーキランチを、そしてヤツはご贔屓のパスタランチを注文し、先に運ばれてきたセットのソフトドリンクで喉を潤した。そんな折だ。
「そういや、あの野郎遅えなあ……」
 広すぎるフロアーを見渡しながらヤツはそう言って、短くなったフィルターをひねり消した。その様子からして、どうやらもう一人連れが来るらしい。
「誰かと待ち合わせでもしてるのか?」
「ああ、まあな」
 さして違和感のなく、普通に会話できているのがはたまた不思議だ。これではまるで古くからの知り合いそのものだ。
 俺はなんだかうれしいようなむずがゆいようなヘンな気持ちになりながら、それでもやはり悪い気はしなかった。
――なあ、倫周。俺はボチボチ上手くやれてるぜ?
 お前はどうしてる? と、そんなことを考えながら、しばしぼうっと庭先に目をやった。
 どことなく倫周の父親の麗さんに似た面差しの、紫月というコイツを見ていると、あの頃のことが脳裏をよぎる。やはり強引にでも一緒に連れて帰国すればよかったのだろうかと、今更ながらに香港に残してきた倫周のことが気に掛かってやまなかった。
 そんな俺のセンチメンタルがさえぎられたのは、無遠慮な音を立てて隣りの席の椅子が引かれたその時だ。
 突如、騒々しい雰囲気と共に現れたのは、長身の一人の男。よくよく見れば、先刻、同じ教室の窓側最後尾に座っていた例の無関心男だった。
 俺に気付くなり、『こいつは誰だ?』というふうにして、俺と紫月という奴とを交互に見ながら首を傾げている。その様子からして、やはり転入生がきたということも露知らずといったところだろうか。紫月という奴が呆れるようにして、
「今朝、俺らのクラスに転入してきた遼二だよ。なかなかの肉食系イケメン君だろーが?」
 と、これまたおちょくったような物言いで、この男に紹介した。
 いきなりの呼び捨てはともかくとして、いい加減その”肉食”ってのはよしてくれないかと思いながらも、俺は『鐘崎遼二です』と、一応の自己紹介をしてみせた。
 だが、この無関心男は『ふぅん、そう』といった感じで、やはり大した興味を示さないどころか名乗ることさえしないままで、かったるそうにテーブルの上で突っ伏してしまった。すぐ傍でメニュー表を広げながら、何を食うんだと言いたげにしている紫月のことにもおかまいなしといった調子で、『あーあ、眠みィよ……』などと大アクビをかましている。
 何ともマイペースなその態度に、ますます奇妙な関心が湧いて、俺はしばしぼうっとしながらそいつに見入ってしまった。
 そんな様子を茶化すかのように、隣りから紫月という奴が例の流し目をニヤつかせて、
「へえ、アンタそーゆーのが好みなの?」
 と、突如ワケの分からないことをほざいてよこしたのに、俺はハッとなってヤツの方を振り返った。
 好みだ――?
 言われた意味が分からずに首を傾げた次の瞬間、ヤツはもっと突拍子のないようなことを言ってのけた。
「そいつみてえな野郎が好みなのかと思ってさ? だってアンタ……ゲイだろ?」

――!?

 紫月の言葉に反応するように、さすがの無関心男も突っ伏していた顔を上げ、怪訝そうな目つきで眉をしかめ気味だ。
 ほんの一瞬、俺たち三人の座った円系の洒落たテーブルに静寂が漂い、だが当の紫月は悪びれた様子もなく、それどころか自信ありげにニヤニヤと瞳をゆるめたままこちらを凝視する。
「俺のカンは間違ってねえと思うけどな? つまり、俺とアンタは同類ってことよ!」
 ズズーッと品のないような音を立ててソフトドリンクをすすり、ストローを少々挑発的に、まるでエロティックに舌先で転がすような仕草を繰り返しながら、紫月はそう言った。
 つまりは何だ、こいつ自身はゲイだということか。
 ゲイ――
 普段の生活の中ではあまり聞き慣れない言葉だが、同性愛者のことをいっているのだろう。だがしかし、出会って間もない他人にそんなことを打ち明けて、どういうつもりなのかと、さすがにこいつの真意は計りかねる。しかもそんな相手を前に、同類だと言い切るこの押しの太さには正直脱帽、怒る気にもなれない。
 俺は多少面喰らいながらも、反面、まるで臆する様子もなく、堂々とそんなことを暴露してみせる紫月という男が清々しくも思える気がして、何とも微笑ましい気分にさせられてしまった。
 一方の傍らでは、例の無関心野郎が平然とした様子で俺たちを交互交互に窺っている。一応、新入りの俺に助け舟を出すわけでもなければ、友人の紫月を止めるでもない静観状態だ。自分とは無関係のテリトリーには節介に立ち入らないとでもいうふうなドライ感が、これまた俺には心地よく思えた。
 無遠慮で不親切だが、腹の底を探り合うような駆け引きめいたものとは無縁の潔さが肌に合いそうだ。こいつらとなら上手くやっていけそうだと、理由のない確信までもがこみ上げて、そんな思いのままに俺は紫月の問い掛けに相槌ちを返した。
「さあな、自分がゲイかどうかなんて考えたこともねえからよく分かんねえ」
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