一園木蓮

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 さすがにそれ以上丁寧に答える義理もなく、多少ぶっきらぼうな調子で必要最小限だけを告げた。だがヤツは、そんな些細なこちらの思惑など全く気にとめることも無く、まるで今の今まで主導権を握っていた紫月という奴にとって代わるとでもいうように、いきなり流暢にしゃべり始めた。
「あいつさ、紫月の野郎。悪ィヤツじゃねえんだけどよ、思ったことを”まんま”口に出しやがるから、毒舌とかって言われたりすんだよ……」
 広いカフェ内をウロウロとしながら、ウェイターを探している紫月の後ろ姿に視線を向けたまま、まるで親しげにそんなことを口走る。
 何だ、今頃になってフォローの言葉かよ。
 そんなことよりてめえのことはどうなんだ、未だに自分の名前すら言わないままで、ツラツラと話を続けるこの男を、多少怪訝そうに観察していた。
「ま、けど、さすがの紫月もお前にゃ敵わなかったってトコだろーな? まさかあんなふうに切り返すなんて夢にも思わねえっつーか……恐れ入ったぜ、お手上げ降参!」

――黒

 何故だか分からないが、突如頭の中に漆黒色が広がった。至近距離で視線をはっきりと合わせながらそんなことを言い放ちやがったコイツの印象だ。
 バランスよく整った目鼻立ちは東洋的でいて、それを増長させるような印象の黒髪が何とも艶めかしい。一目見ただけで、きっと女が放っちゃ置かないだろうなと思わせるような面構えをしているのは確かだ。女に限らず、おそらくは万人がそういった印象を抱くに違いないだろう。ヤツの、比較的大きな瞳の墨色と、それに輪をかけたような黒髪の色が強烈なせいか、俺はこいつが放つ何ともいえない闇色に包まれたような不思議な印象に、理由のない興味をそそられる気がしていた。
 野郎に興味があるだなんて、これじゃさっき紫月という奴が言っていた冷やかしが、半ばそのままじゃないか。いや待て、俺のこの『興味』というのは、格別そういった方向にあるとは限らないが、まあ理由はどうあれ、何とも気に掛かる存在というのは確かなようだ。
 パッと目を引く外見に相反して何事にも無関心なふうで、それはあの紫月という奴とは面白いくらいに対照的だ。
 紫月の場合、自分の持つ魅力や才能の粗方をはっきりと自覚しているところからくる、自信めいたものが全面に押し出されていて、それはそれで個性的だ。ある種、そういったタイプの人間は分かりやすくもある。つまりはその感情を読むことも容易であって、だからヤツのようなタイプは扱いやすい部類に入るといっていい。
 例えば紫月とこの無関心野郎とが、突如親しげな態度を翻し、こちらに刃を向けてきたとしても、紫月に対しての方が受け身反撃を取りやすいということになる。
 頭の中でそんな想像をこと細かにシュミレーションしながら、俺はハッと我に返った。
 此処は日本だ。しかも危険とは無縁といっていい学園の中で、今現在、俺はそこで学業を学ぶ高校生だ。見知らぬ誰かと接する度にこんなことを考えるようじゃ、まるで香港にいた頃と変わらない。
 そう簡単には抜けきらないだろう習性とはいえ、同級生を相手にそんなことを考えている自分自身が哀れ愚かに思えて、俺は思わず苦笑してしまった。
「考え事?」
「――は?」
 不思議そうにこちらをチラ見しながら、またもやヤツに話し掛けられて、俺は隣りを振り返った。
「今、一人で笑ってたように見えたからさ」
「……いや、別に。なんでもねえよ。ちょっと昔のコト思い出しただけ」
 ふうん、と短くヤツは言うと、いきなりポケットから携帯電話を取り出し、器用にいじりながら、意外なことを口走った。
 それはつい今しがたに紫月という奴が振ってよこした話題に輪をかけたような内容で、俺は少々驚かされてしまった。
「ところでさっきの話――オンナは抱けねえって、あれホント?」
「――ッ?」
「そんなら、アッチの方はどーしてんだろうって思ってよ?」
 突飛な問い掛けに、不覚にも視線が泳いでしまった。

 あっちの方だと?
 さすがに今度は言われている意味は理解できたが、この男からそんな台詞が出てくるなどとは思いもしなかったから、少々面食らった。
 紫月の軽口は性格的なものからくるノリの良さの一端だろうが、こいつはどうにもそんな雰囲気を持ち合わせているようには思えない。どちらかといえば、もっと落ち着いた印象だ。
 そんなことより何なんだ一体。紫月といい、こいつといい、会って間もない転入生相手にそんな事情を訊ねてどうしたいというのだろうと、どうにも怪訝に思えて仕方ない。単なる下ネタと言い切るには笑い処がまるでない。それとも普通の高校男子はそんな話題が社交代わりなのか、あるいは格別意識する俺の方がヘンなのか?
 多少、眉の引きつる思いながらも、俺はとりあえず黙ってヤツの話の続きに耳を傾けていた。
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