一園木蓮

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焔(続編)

「遼二よー、おめえさ、初めてランチ食った時に女は抱けねえとか言ってたけど……やっぱゲイ? んでもってあの冰に惚れちまったとか?」
 図星だろうと冷やかすような視線を向けてくる。
 だが実際は違う。俺は単に冰の身の上が心配なのであって、あいつ自身に恋情を感じているわけではないからだ。
 とはいえ紫月の目にはそう映るのだろう。初めてのあの日から堂々自分はゲイだと暴露した男だ、その辺りの勘は鋭いんだと言いたげに不敵な笑みをぶつけてくる。
「勘違いするな。惚れたわけじゃねえ」
「ふぅん? ま、いっけどー。ちょっと羨ましいって思っただけよ」
「羨ましい――?」
「そ! 俺もあんなふうにムキになってくれる相手がいたらなって思うだけ」
「……ムキになってたように見えたか?」
「ああ、見えたね。おめえ一人で帰すつもりはねえ! とかさ。ありゃあ誰が見たって惚れちゃったとしか思えねえ入れ込みっぷりだっつの!」
「――そんなつもりはねえよ」
「自分じゃ気がついてねえだけじゃね?」
「そんなことはねえ」
「信じらんね!」
 段々語気が荒くなってくる。何故にこうまで突っ掛かってくるのか、紫月の意図が分からずに少しの苛立ちが募る。
「まあ座れ――。コーヒーでも淹れる」
 そう言うと、存外素直に紫月は窓辺を離れて、ついさっきまで冰が陣取っていた椅子に腰掛けた。

 コーヒー豆を挽き、セットする。

 落ち着け、落ち着くんだ。たかがガキの嫌味くらいで何を苛立つ必要がある。ガキと言うにはさすがに語弊があろうが、裏の世界にどっぷりと浸かって生きてきた俺からすれば、紫月や冰のような高校生などガキも同然――いちいち真に受けるのは大人げないと思ってしまう。そう自分に言い聞かせながら黙々とカップを棚から引っ張り出す。そんな俺の仕草を見るともなしに見つめていた紫月から意外な言葉が飛び出して、ガラにもなく一瞬言葉を失いそうになった。
「なあ、遼二よぉ。さっきさ、もしか俺が帰るっつっても――お前、おんなしように送っていくとか言った?」

「――え?」

「気になってさ。冰だから送りたかったのか、それともダチなら誰にでも同じこと言ったのかなって。例えばそれが俺でもおんなしように気に掛けてくれたのか――ってさ」

 どうだろう。もしも帰ると言ったのが冰ではなく紫月だったら俺は止めたろうか――。とめなかったかも知れない。
 理由は、紫月には冰が抱えているような事情が無いからだ。
 こいつの実家は名のある道場を経営していて、今は父親が師範となって切り盛りしているようだが、祖父や曽祖父に当たる人物は大きな寺の住職だそうだ。江戸以前の古くから続く立派な寺で、紫月の家は代々住職として寺を護ってきたようである。元々はその寺で青少年を集めて武術を教えていたようだが、近くの土地に道場を建てて、今では大々的にやっている。
 紫月はそこの一人息子で、幼稚園から今の学園に通い、エスカレーター式で高等部まで上がってきたという経歴の持ち主だった。彼自身も幼い頃から道場で学び、関東大会や全国大会まで進んだ記録を数々持っている。つまり、ある程度腕は達つといったところなのだろう。高等部に入ってからは部活動など積極的に参加している様子はなかったが、実家では常に修行を続けているようだった。
 裕福という点では冰も紫月も似たようなものだが、俺の調べた限りでは紫月に冰が抱えているような酷な現状は見当たらないといったところだった。
 そんな彼が帰りたいと言ったなら、『ああそうか、気をつけてな』程度で、特に気には掛けなかっただろう。
 だがしかし、素直に『とめなかったと思う』と言うのは憚られる思いでいた。何故なら紫月の縋るようでいて物憂げな視線が酷く悲しそうに見えたからだ。普段の自信満々でいて図太い性質のこいつとは思えない、それはどこか冰の抱えている苦悩にも通ずるような視線だった。
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