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極道恋浪漫 第一章
55 友情と愛情と
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遊郭街椿楼、紫月邸――。
焔と遼二から諸々の事情を聞いた紫月は、当然ながらひどく驚いたようだった。
「まさか……そんなことがこの遊郭街で行われていただなんて」
病に罹った者たちが入院させられることは紫月も知っていた。だが、まさか治療もせずに葬ってしまうなどとは思いもよらなかったそうだ。ましてやその役目を父である飛燕が引き受けていて、しかも秘密裏に鄧という医者一家に預け、砦の外へ逃していたなどと聞けばすぐには反応すらままならない驚きように他ならない。と同時に、自分が本当は日本人で、遼二の父親と自分の父親が古くからの友人であったということも彼にとっては初耳だったようだ。
しばし呆然としてショック状態を隠せないでいる彼を、遼二は邸の中庭へと誘い、散歩がてら慰めることにした。
「あの親父が……遊女や男娼たちを救い続けてきただなんて……」
衝撃の事実もそうだが、そのことに今の今までまったく気付かずにいた自分が情けないと言って紫月は肩を落とす。彼もまた、焔同様この遊郭街をあずかる立場として責任を感じているのだろうことがひしひしと伝わってきて、傍から見ている遼二にしてみれば気の毒なくらいに映る。
それ以前に、自分は日本人で、赤子の頃に父の飛燕と共にこの遊郭街に拉致されてきたなどという生い立ちそのものが信じられないでいるようだった。
「紫月――。突然のことでお前さんが驚くのも無理はねえ。俺も親父から飛燕さんのことを聞いた時は言われていることがよく分からねえくらいだったから」
「遼……」
「もしも当時――二十四年前に何事もなくお前さんと親父さんが香港旅行から無事に帰って来ていたなら、俺たちは幼馴染として今頃は良き友となっていただろうと思うとな。本当に信じ難いことばかりで言葉もねえ」
「……ん。まさかここに暮らすようになった経緯が……拉致だったなんてな。しかも俺も親父も日本人で、遼の親父さんとは古くからの知り合いだったとかさ……。ンなこと聞かされてもすぐには信じられねえっつか……夢でも見てるんじゃねえかって思うよ」
「――分かるぜ。今は何が真実で何が偽りなのかって、そう思っても仕方ねえさ」
二人、特に当てもなしにただ肩を並べてゆっくりと庭を歩く。
「な、遼――。俺はさ、ずっとこの香港で生まれ育って、自分が本当は日本人だったなんて思いもよらなかった。俺の親父ってのはさ、とにかく厳しくて冷てえ人でな。俺は主に広東語と英語で育てられたんだけど、物心ついた頃には日本語も大事だからっつって覚えさせられた。武術にしてもそうだ。毎日毎日、学校の宿題以前にまずは稽古だっつって、友達と遊ぶ時間もなかったんだ」
父の飛燕は滅多に笑うことすらなかったという。来る日も来る日も武術と多国語を徹底的に叩き込まれ、その日教えたことが完璧にできるまでは絶対に許してくれなかったという。
「他の友達の親みてえに……一緒にどっか遊びに連れてってくれたことなんかねえし、たまに学校でいい成績が取れた時も……運動会で一等賞が貰えた時も……ただの一度たりと褒めてくれた覚えもねえ。ダチは皆んな肩車して親に遊んでもらったり、誕生日にはお祝いだっつってレストラン連れてってもらったり、遊園地に行って楽しかったって話もしょっちゅう聞いてた。そういうのを見聞きするたびにウチの親父はどうしてそういうことをしてくれねえんだろうって思った。親父はきっと出来の悪い息子だって思ってるんだって……。俺ンことが嫌いなんだって思ってた」
やさしく抱き締めてくれたことなど皆無で、あたたかな触れ合いはもちろんのこと精神的にも甘えさせてもらえることなど無かったという。他の子供たちが当たり前のように受ける親からの愛情や温もりなど自分には無縁だと諦めてきたのだそうだ。
焔と遼二から諸々の事情を聞いた紫月は、当然ながらひどく驚いたようだった。
「まさか……そんなことがこの遊郭街で行われていただなんて」
病に罹った者たちが入院させられることは紫月も知っていた。だが、まさか治療もせずに葬ってしまうなどとは思いもよらなかったそうだ。ましてやその役目を父である飛燕が引き受けていて、しかも秘密裏に鄧という医者一家に預け、砦の外へ逃していたなどと聞けばすぐには反応すらままならない驚きように他ならない。と同時に、自分が本当は日本人で、遼二の父親と自分の父親が古くからの友人であったということも彼にとっては初耳だったようだ。
しばし呆然としてショック状態を隠せないでいる彼を、遼二は邸の中庭へと誘い、散歩がてら慰めることにした。
「あの親父が……遊女や男娼たちを救い続けてきただなんて……」
衝撃の事実もそうだが、そのことに今の今までまったく気付かずにいた自分が情けないと言って紫月は肩を落とす。彼もまた、焔同様この遊郭街をあずかる立場として責任を感じているのだろうことがひしひしと伝わってきて、傍から見ている遼二にしてみれば気の毒なくらいに映る。
それ以前に、自分は日本人で、赤子の頃に父の飛燕と共にこの遊郭街に拉致されてきたなどという生い立ちそのものが信じられないでいるようだった。
「紫月――。突然のことでお前さんが驚くのも無理はねえ。俺も親父から飛燕さんのことを聞いた時は言われていることがよく分からねえくらいだったから」
「遼……」
「もしも当時――二十四年前に何事もなくお前さんと親父さんが香港旅行から無事に帰って来ていたなら、俺たちは幼馴染として今頃は良き友となっていただろうと思うとな。本当に信じ難いことばかりで言葉もねえ」
「……ん。まさかここに暮らすようになった経緯が……拉致だったなんてな。しかも俺も親父も日本人で、遼の親父さんとは古くからの知り合いだったとかさ……。ンなこと聞かされてもすぐには信じられねえっつか……夢でも見てるんじゃねえかって思うよ」
「――分かるぜ。今は何が真実で何が偽りなのかって、そう思っても仕方ねえさ」
二人、特に当てもなしにただ肩を並べてゆっくりと庭を歩く。
「な、遼――。俺はさ、ずっとこの香港で生まれ育って、自分が本当は日本人だったなんて思いもよらなかった。俺の親父ってのはさ、とにかく厳しくて冷てえ人でな。俺は主に広東語と英語で育てられたんだけど、物心ついた頃には日本語も大事だからっつって覚えさせられた。武術にしてもそうだ。毎日毎日、学校の宿題以前にまずは稽古だっつって、友達と遊ぶ時間もなかったんだ」
父の飛燕は滅多に笑うことすらなかったという。来る日も来る日も武術と多国語を徹底的に叩き込まれ、その日教えたことが完璧にできるまでは絶対に許してくれなかったという。
「他の友達の親みてえに……一緒にどっか遊びに連れてってくれたことなんかねえし、たまに学校でいい成績が取れた時も……運動会で一等賞が貰えた時も……ただの一度たりと褒めてくれた覚えもねえ。ダチは皆んな肩車して親に遊んでもらったり、誕生日にはお祝いだっつってレストラン連れてってもらったり、遊園地に行って楽しかったって話もしょっちゅう聞いてた。そういうのを見聞きするたびにウチの親父はどうしてそういうことをしてくれねえんだろうって思った。親父はきっと出来の悪い息子だって思ってるんだって……。俺ンことが嫌いなんだって思ってた」
やさしく抱き締めてくれたことなど皆無で、あたたかな触れ合いはもちろんのこと精神的にも甘えさせてもらえることなど無かったという。他の子供たちが当たり前のように受ける親からの愛情や温もりなど自分には無縁だと諦めてきたのだそうだ。
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