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極道恋浪漫 第一章
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「しかし飛燕。どうして俺に連絡を取ってくれなかったのだ」
鄧という医師を通して手紙のひとつくらい送ることもできただろうにと思う。
「もちろん――何度もそれを考えた。僚一は当時からしょっちゅうこの香港をはじめとしたアジア諸国に仕事で訪れていたのを知っていたからな。だが、羅辰という男はどうにも抜かりのないヤツでな。外部との接触に関しては非常に難しく、仮に鄧医師を介して言伝たとしても、失敗に終わる可能性が高かったのだ。私はともかく、鄧一家や春日野夫妻にとばっちりがいく可能性も十分に考えられた。鄧との連携がバレれば、この先遊女や男娼らを逃すこともできなくなる、そう思ってな」
しかし、望みを捨てたわけではなかったという。いつの日か、僚一が仕事でここを訪れることがあるかも知れない。その際のメッセージとして、紫月を本名のまま男遊郭で目立つ存在にし、妓楼の名を椿楼に変えた。
「お前さんならばひょっとして気が付いてくれるやも知れんと思ったのだ」
「飛燕――そうだったのか。俺は何度もこの香港へ足を運んでいながら、今の今まで気付けずにいた。本当にすまなかったな」
飛燕はいいのだと言って薄く笑った。
「しかしさすがだな。お前さんが仕込んだ紫月の剣術は見事だった。さっき、咄嗟に日本刀を彼に投げてよこした際、この紫月は見事にお前さんの意を汲み取って、周りにいた側近連中を峰打ちにした」
あの切羽詰まった状況でなかなか判断できるものではない。しかも紫月はこの父と普段から強い絆で結ばれているというよりは、冷たい父親だ、何を考えているのか分からないというように思っているようだと、息子の遼二から聞いていた。にもかかわらず、紫月は父の投げてよこした刀で即座に峰打ちにしてのけたわけだ。飛燕もまた、刀を投げた際に『峰打ちで討ち取れ』とは告げなかった。
「うむ――もしかして飛燕殿はご子息の紫月君にそういう仕込み方をしたのではないか?」
そう言ったのは隼だった。
「先程紫月君が刀を手にした時、意思とは関係なく身体が勝手に動くような戦い方に見えたものでな。峰打ちで討ち取らせたのも、殺戮の為の刃ではなく、一時的に敵を足止めすることで逃げる時間を稼ぐというような戦術だ。飛燕殿はご子息に何かあった場合、自分自身で身を守れる剣術を身体に叩き込むように教えられたのではないか?」
間違っているだろうか――と、静かに隼は訊いた。
「――ええ、おっしゃる通りです」
「やはりか。しかし、想像を絶するような厳しい訓練だったろうな」
「――ええ。この子には、紫月には辛い思いをさせたと思います。剣術のことだけじゃない。親として……ただの一度たりと甘えさせてやることもしなかった。褒めてやったことはおろか、笑顔のひとつすら見せてやれなかった。きっと恨まれていると思っています」
伏し目がちながら淡々と語る飛燕に、紫月当人は言葉にならないほど驚いて、瞬きすら忘れたようにして父から視線を外せずにいた。
鄧という医師を通して手紙のひとつくらい送ることもできただろうにと思う。
「もちろん――何度もそれを考えた。僚一は当時からしょっちゅうこの香港をはじめとしたアジア諸国に仕事で訪れていたのを知っていたからな。だが、羅辰という男はどうにも抜かりのないヤツでな。外部との接触に関しては非常に難しく、仮に鄧医師を介して言伝たとしても、失敗に終わる可能性が高かったのだ。私はともかく、鄧一家や春日野夫妻にとばっちりがいく可能性も十分に考えられた。鄧との連携がバレれば、この先遊女や男娼らを逃すこともできなくなる、そう思ってな」
しかし、望みを捨てたわけではなかったという。いつの日か、僚一が仕事でここを訪れることがあるかも知れない。その際のメッセージとして、紫月を本名のまま男遊郭で目立つ存在にし、妓楼の名を椿楼に変えた。
「お前さんならばひょっとして気が付いてくれるやも知れんと思ったのだ」
「飛燕――そうだったのか。俺は何度もこの香港へ足を運んでいながら、今の今まで気付けずにいた。本当にすまなかったな」
飛燕はいいのだと言って薄く笑った。
「しかしさすがだな。お前さんが仕込んだ紫月の剣術は見事だった。さっき、咄嗟に日本刀を彼に投げてよこした際、この紫月は見事にお前さんの意を汲み取って、周りにいた側近連中を峰打ちにした」
あの切羽詰まった状況でなかなか判断できるものではない。しかも紫月はこの父と普段から強い絆で結ばれているというよりは、冷たい父親だ、何を考えているのか分からないというように思っているようだと、息子の遼二から聞いていた。にもかかわらず、紫月は父の投げてよこした刀で即座に峰打ちにしてのけたわけだ。飛燕もまた、刀を投げた際に『峰打ちで討ち取れ』とは告げなかった。
「うむ――もしかして飛燕殿はご子息の紫月君にそういう仕込み方をしたのではないか?」
そう言ったのは隼だった。
「先程紫月君が刀を手にした時、意思とは関係なく身体が勝手に動くような戦い方に見えたものでな。峰打ちで討ち取らせたのも、殺戮の為の刃ではなく、一時的に敵を足止めすることで逃げる時間を稼ぐというような戦術だ。飛燕殿はご子息に何かあった場合、自分自身で身を守れる剣術を身体に叩き込むように教えられたのではないか?」
間違っているだろうか――と、静かに隼は訊いた。
「――ええ、おっしゃる通りです」
「やはりか。しかし、想像を絶するような厳しい訓練だったろうな」
「――ええ。この子には、紫月には辛い思いをさせたと思います。剣術のことだけじゃない。親として……ただの一度たりと甘えさせてやることもしなかった。褒めてやったことはおろか、笑顔のひとつすら見せてやれなかった。きっと恨まれていると思っています」
伏し目がちながら淡々と語る飛燕に、紫月当人は言葉にならないほど驚いて、瞬きすら忘れたようにして父から視線を外せずにいた。
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