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漆黒の人(香港マフィア頭領次男坊編)
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「連絡をしなかったのは申し訳ありません。ですが、どうしても社長さんにお目に掛かってお渡ししたいものがあるんです。今日のご都合が悪いようでしたら、せめてご予定だけでもうかがっていただくことはできませんか?」
精一杯丁寧に頼むも、受付嬢の態度は変わらなかった。それどころか、ますます機嫌を損ねたような表情があからさまだ。そこまでされても帰る気配のない冰に業を煮やしたのか、険のある方の女が耳を疑うようなことを言ってよこした。
「あなた、もしかしてどこかのホストかなにか?」
「え……?」
冰は一瞬何を言われているのか分からないとばかりに首を傾げさせられてしまった。
「たまにいるのよね。社長が接待で呼ばれた席で知り合ったかなんか知らないけど、一度会っただけで営業掛けてくるような人! どうせ社長がいい男だし羽振りも良さそうなんで目を付けたってところでしょ? ちょっとくらい顔がいいからって、図々しく社にまで押し掛けてくるなんて勘違いもいいところだわ。そんな人を社長が相手にすると思って? 悪いけど、我が社はそういうの一切お断りよ!」
言葉遣いすら最初の丁寧さはなく、取り継ぐ意思のないのがあからさまだ。分かったらとっとと帰ってちょうだいとばかりにソッポを向いてしまった。
だがまあ、これで彼女がそっけない態度を取る理由が一応は理解できた。あまり好ましくない前例があったからなのだろう。こちらの雰囲気がそのように見えてしまったのなら仕方がない。とにかくはそういった用件でないことを説明すれば納得してもらえるだろうか。
「あの……私は違います。ホストではありませんし、営業ということでもございません。知り合いがこれまでずっと社長様にはお世話になっておりまして……それで……」
世話になっているのは自分も含めてなわけだが、この場でそこまで説明する必要もないだろう。冰は当たり障りのないよう、丁寧に面会したい旨だけを伝えんとした。だが、どうやら無駄だったようだ。
「しつこいわね! 分かっていただけないようなら警備の者を呼ぶわよ」
女が苛立ちながらそう怒鳴り掛けたその時だった。
「何をしている! こんなところで大声を出して、揉め事か?」
後方から男の声がそう言った。見れば、エレベーターを降りてきた一人の男が冷たい視線でこちらを見据えている。きちんとした身なりの、いかにもできそうなエリート感をまとった冷静沈着といった雰囲気の男だ。
彼に気付くなり、女は一八〇度態度を翻したようにして猫撫で声を出した。
「李さん!」
男は李というらしい。この高飛車な女でも一目置く存在のようだ。
「すみません。実はこのお客様が突然訪ねていらして、社長に会いたいとおっしゃるものですから……」
すごすごと言い訳めいたように説明するも、その”お客様”は怪しい人物で困っていると目線が訴えている。
男は冰を一瞥すると、彼女たちよりは丁寧な仕草で、
「ご用件を伺います」
と言ってきた。
冰はホッと胸を撫で下ろすと同時に、”李”というらしい男の名前から、彼が香港の人なのだろうと思った。もしかするとあの漆黒の男の縁者か部下なのかも知れない。
受付嬢の女が広東語を話せるかどうかは分からなかったが、ここはひとつ賭けに出てみるのも手だろうか。冰は敢えて広東語で李に自己紹介を試みることにしたのだった。
精一杯丁寧に頼むも、受付嬢の態度は変わらなかった。それどころか、ますます機嫌を損ねたような表情があからさまだ。そこまでされても帰る気配のない冰に業を煮やしたのか、険のある方の女が耳を疑うようなことを言ってよこした。
「あなた、もしかしてどこかのホストかなにか?」
「え……?」
冰は一瞬何を言われているのか分からないとばかりに首を傾げさせられてしまった。
「たまにいるのよね。社長が接待で呼ばれた席で知り合ったかなんか知らないけど、一度会っただけで営業掛けてくるような人! どうせ社長がいい男だし羽振りも良さそうなんで目を付けたってところでしょ? ちょっとくらい顔がいいからって、図々しく社にまで押し掛けてくるなんて勘違いもいいところだわ。そんな人を社長が相手にすると思って? 悪いけど、我が社はそういうの一切お断りよ!」
言葉遣いすら最初の丁寧さはなく、取り継ぐ意思のないのがあからさまだ。分かったらとっとと帰ってちょうだいとばかりにソッポを向いてしまった。
だがまあ、これで彼女がそっけない態度を取る理由が一応は理解できた。あまり好ましくない前例があったからなのだろう。こちらの雰囲気がそのように見えてしまったのなら仕方がない。とにかくはそういった用件でないことを説明すれば納得してもらえるだろうか。
「あの……私は違います。ホストではありませんし、営業ということでもございません。知り合いがこれまでずっと社長様にはお世話になっておりまして……それで……」
世話になっているのは自分も含めてなわけだが、この場でそこまで説明する必要もないだろう。冰は当たり障りのないよう、丁寧に面会したい旨だけを伝えんとした。だが、どうやら無駄だったようだ。
「しつこいわね! 分かっていただけないようなら警備の者を呼ぶわよ」
女が苛立ちながらそう怒鳴り掛けたその時だった。
「何をしている! こんなところで大声を出して、揉め事か?」
後方から男の声がそう言った。見れば、エレベーターを降りてきた一人の男が冷たい視線でこちらを見据えている。きちんとした身なりの、いかにもできそうなエリート感をまとった冷静沈着といった雰囲気の男だ。
彼に気付くなり、女は一八〇度態度を翻したようにして猫撫で声を出した。
「李さん!」
男は李というらしい。この高飛車な女でも一目置く存在のようだ。
「すみません。実はこのお客様が突然訪ねていらして、社長に会いたいとおっしゃるものですから……」
すごすごと言い訳めいたように説明するも、その”お客様”は怪しい人物で困っていると目線が訴えている。
男は冰を一瞥すると、彼女たちよりは丁寧な仕草で、
「ご用件を伺います」
と言ってきた。
冰はホッと胸を撫で下ろすと同時に、”李”というらしい男の名前から、彼が香港の人なのだろうと思った。もしかするとあの漆黒の男の縁者か部下なのかも知れない。
受付嬢の女が広東語を話せるかどうかは分からなかったが、ここはひとつ賭けに出てみるのも手だろうか。冰は敢えて広東語で李に自己紹介を試みることにしたのだった。
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