9 / 1,212
漆黒の人(香港マフィア頭領次男坊編)
9
しおりを挟む
通されたのは、この巨大な建物にふさわしい、いかにも高級感あふれる部屋だった。まるでどこかの雑誌で見た五つ星ホテルのラグジュアリールームのような雰囲気だ。広々とした部屋には重厚な造りの応接セットが設えてあり、冰は少しここでお待ちくださいと言われてソファを勧められた。
室内にしては珍しい木彫りの極細彫刻が施されたアーチ型の扉の向こうには、次の間があるらしい。李という男は軽いノックと共にそちらへと入っていった。周焔への取り継ぎの為であろう、少しすると李が戻って来て、どうぞこちらへと告げた。
中で待っていた人物を目にするなり、軽い衝撃のような感覚が全身を電流のように突き抜けるのを感じて、しばし呆然となる。
墨色の――見るからに品の良さそうなダークスーツをまとった長身の男がゆっくりとした所作で大きなデスクから立ち上がる。
整い過ぎたという以外に形容のし難い男前の顔立ちながら眼力は半端でない。一目で万人を虜にするような華やかな雰囲気は、まるでファッションモデルさながらだ。
濡羽色の髪をゆるくバックに梳かし付けていて、背後にある一面ガラス張りの窓から差し込む午後の陽射しに照らされ、その黒がキラキラと光る。まごうことなく、それは幼き日に会った漆黒の男だった。
[周焔だ。よく訪ねてくれた]
短くも心のこもったそのひと言を掛けられた瞬間、冰の心臓は跳ね上がった。理由もなくドキドキとし出し、思わず挨拶も忘れてその場で硬直してしまう。男を捉えたまま視線が外せずに、ポカンと大口を開けて立ち尽くしてしまっていた。
そんな様子を変に思ったのだろうか、周という漆黒の男が、今度は日本語で話し掛けてきた。
「どうした? 日本語の方がいいのか?」
李から事の次第を聞いた際に、冰と広東語でやり取りをしたことも聞いていたらしく、先ずは広東語でと思ったようだ。
「あ、いえ……すみません。広東語でも日本語でもどちらでも大丈夫です。雪吹冰です! 今日は突然お訪ねして申し訳ありません!」
ガバッと腰を折り、ともすれば舌を噛みそうになりながらも慌てて自己紹介をする。
「そう畏ることはねえ」
周はわずかに口角を上げると、冰にソファを勧めた。
「黄のじいさんが亡くなったそうだな。知らなかったとはいえ、葬儀にも出られずに不義理をしてすまなかった」
「いえ……! とんでもありません! 俺――いえ、私の方こそ周さんにはひとかたならぬお世話に与りまして、何と御礼を申し上げても足りません!」
「――亡くなったのはいつだ」
「はい、ひと月ほど前です。その際に、周さんから多大なご支援をいただいていたことを聞きました。どうしても直に御礼を申し上げたくて押し掛けたご無礼をお許しください」
「いや――わざわざすまない。それにしてもお前さん、香港に住んでた割には随分と日本語が達者なんだな」
冰との今のやり取りでそう感じたのだろう、周は感心顔で言った。
室内にしては珍しい木彫りの極細彫刻が施されたアーチ型の扉の向こうには、次の間があるらしい。李という男は軽いノックと共にそちらへと入っていった。周焔への取り継ぎの為であろう、少しすると李が戻って来て、どうぞこちらへと告げた。
中で待っていた人物を目にするなり、軽い衝撃のような感覚が全身を電流のように突き抜けるのを感じて、しばし呆然となる。
墨色の――見るからに品の良さそうなダークスーツをまとった長身の男がゆっくりとした所作で大きなデスクから立ち上がる。
整い過ぎたという以外に形容のし難い男前の顔立ちながら眼力は半端でない。一目で万人を虜にするような華やかな雰囲気は、まるでファッションモデルさながらだ。
濡羽色の髪をゆるくバックに梳かし付けていて、背後にある一面ガラス張りの窓から差し込む午後の陽射しに照らされ、その黒がキラキラと光る。まごうことなく、それは幼き日に会った漆黒の男だった。
[周焔だ。よく訪ねてくれた]
短くも心のこもったそのひと言を掛けられた瞬間、冰の心臓は跳ね上がった。理由もなくドキドキとし出し、思わず挨拶も忘れてその場で硬直してしまう。男を捉えたまま視線が外せずに、ポカンと大口を開けて立ち尽くしてしまっていた。
そんな様子を変に思ったのだろうか、周という漆黒の男が、今度は日本語で話し掛けてきた。
「どうした? 日本語の方がいいのか?」
李から事の次第を聞いた際に、冰と広東語でやり取りをしたことも聞いていたらしく、先ずは広東語でと思ったようだ。
「あ、いえ……すみません。広東語でも日本語でもどちらでも大丈夫です。雪吹冰です! 今日は突然お訪ねして申し訳ありません!」
ガバッと腰を折り、ともすれば舌を噛みそうになりながらも慌てて自己紹介をする。
「そう畏ることはねえ」
周はわずかに口角を上げると、冰にソファを勧めた。
「黄のじいさんが亡くなったそうだな。知らなかったとはいえ、葬儀にも出られずに不義理をしてすまなかった」
「いえ……! とんでもありません! 俺――いえ、私の方こそ周さんにはひとかたならぬお世話に与りまして、何と御礼を申し上げても足りません!」
「――亡くなったのはいつだ」
「はい、ひと月ほど前です。その際に、周さんから多大なご支援をいただいていたことを聞きました。どうしても直に御礼を申し上げたくて押し掛けたご無礼をお許しください」
「いや――わざわざすまない。それにしてもお前さん、香港に住んでた割には随分と日本語が達者なんだな」
冰との今のやり取りでそう感じたのだろう、周は感心顔で言った。
38
あなたにおすすめの小説
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる