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狙われた恋人
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「失礼、雪吹冰さんでいらっしゃいますか?」
「え……?」
それは、とある昼下がりのことだった。上司の李から言付かった資料を隣の系列会社に届けた帰り道のことである。突如知らない男三人に取り囲まれて、冰は驚いたように立ち止まった。
「あの……あなた方はいったい……」
冰が驚くのも無理はない。男たちが話し掛けてきたのは広東語でだったからだ。
「やはり! 広東語をお話でいらっしゃる!」
男の一人が瞳を輝かせながら、こう続けた。
「実はあなた様のご養父でいらっしゃる黄様のことで至急ご相談させていただきたいことがございまして、私共は香港からやって参りました」
「じいちゃんのことで……ですか?」
「はい――。この度、黄様が所有なさっていた土地があることが分かりまして」
「土地……ですか?」
「はい。黄様のご名義で、郊外にかなり広大な土地を所有されております。ただご本人様は既にお亡くなりになっており、ご親族や専任の弁護士などもいらっしゃらないご様子――。相続の手続きなどをどうしたものかと思ってお調べしたところ、ご養子の雪吹様に辿り着いたというわけです」
突然の話に冰は驚いた。
黄老人が亡くなる際に看取った冰は、老人が生活費として貯蓄していた財産と、周焔が送り続けてくれていた養育費を直接渡されたものの、土地を所有していたなどという話は聞いていなかったからだ。
冰が戸惑った様子でいると、男が少々急かすようにこう言った。
「雪吹様、突然のことで驚かれるのも無理はないと存じますが、実はその土地のことで少々急ぎのご相談がございます。お時間をいただけないでしょうか?」
「急ぎの相談といいますと……?」
「ここではちょっと……。落ち着いた場所でお話申し上げたいのですが――」
「はぁ……」
どうすべきか、冰は即答できずにいた。広大な土地というからには、それなりに金額が絡む話なのは想像に容易い。自分一人では判断がつかないことも多かろう。ここはひとつ、周に話してから、何なら彼にも同席してもらって一緒に話を聞く方がいいだろうかと思い、男にそう伝えることにした。
「すみません、ご用件は分かりました。ですが、只今は勤務中ですので、終業後でも構いませんか?」
丁寧に訊いたが、男は難しい顔で首を縦には振らなかった。
「お仕事中にたいへん恐縮とは存じます。ですが、本当に急ぎのことでして。お時間は取らせませんので、是非お付き合いくだされば幸いです」
「はぁ……。では、上司にひと言その旨を伝えてから……」
「いえ! 本当にお時間は取らせません。ほんの少しですから」
最初の時とは違い、だんだんと言葉じりも強くなっていく。あまりに強引な様子に、冰は次第に恐怖に似た思いが湧き上がるのを感じた。
◇ ◇ ◇
「え……?」
それは、とある昼下がりのことだった。上司の李から言付かった資料を隣の系列会社に届けた帰り道のことである。突如知らない男三人に取り囲まれて、冰は驚いたように立ち止まった。
「あの……あなた方はいったい……」
冰が驚くのも無理はない。男たちが話し掛けてきたのは広東語でだったからだ。
「やはり! 広東語をお話でいらっしゃる!」
男の一人が瞳を輝かせながら、こう続けた。
「実はあなた様のご養父でいらっしゃる黄様のことで至急ご相談させていただきたいことがございまして、私共は香港からやって参りました」
「じいちゃんのことで……ですか?」
「はい――。この度、黄様が所有なさっていた土地があることが分かりまして」
「土地……ですか?」
「はい。黄様のご名義で、郊外にかなり広大な土地を所有されております。ただご本人様は既にお亡くなりになっており、ご親族や専任の弁護士などもいらっしゃらないご様子――。相続の手続きなどをどうしたものかと思ってお調べしたところ、ご養子の雪吹様に辿り着いたというわけです」
突然の話に冰は驚いた。
黄老人が亡くなる際に看取った冰は、老人が生活費として貯蓄していた財産と、周焔が送り続けてくれていた養育費を直接渡されたものの、土地を所有していたなどという話は聞いていなかったからだ。
冰が戸惑った様子でいると、男が少々急かすようにこう言った。
「雪吹様、突然のことで驚かれるのも無理はないと存じますが、実はその土地のことで少々急ぎのご相談がございます。お時間をいただけないでしょうか?」
「急ぎの相談といいますと……?」
「ここではちょっと……。落ち着いた場所でお話申し上げたいのですが――」
「はぁ……」
どうすべきか、冰は即答できずにいた。広大な土地というからには、それなりに金額が絡む話なのは想像に容易い。自分一人では判断がつかないことも多かろう。ここはひとつ、周に話してから、何なら彼にも同席してもらって一緒に話を聞く方がいいだろうかと思い、男にそう伝えることにした。
「すみません、ご用件は分かりました。ですが、只今は勤務中ですので、終業後でも構いませんか?」
丁寧に訊いたが、男は難しい顔で首を縦には振らなかった。
「お仕事中にたいへん恐縮とは存じます。ですが、本当に急ぎのことでして。お時間は取らせませんので、是非お付き合いくだされば幸いです」
「はぁ……。では、上司にひと言その旨を伝えてから……」
「いえ! 本当にお時間は取らせません。ほんの少しですから」
最初の時とは違い、だんだんと言葉じりも強くなっていく。あまりに強引な様子に、冰は次第に恐怖に似た思いが湧き上がるのを感じた。
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