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恋敵
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「あんた、無事だったか……」
一見したところ、特に暴力を受けたような痕跡は見当たらなかった。ただ、あまり顔色は良くないし、終始うつむき加減でいる。まあ、それも当然といえばそうか。これから連れて行かれるのは金を横領したという元いた会社なわけである。紫月が声を掛けても、返事すら返せないといったふうだった。
[俺たちはこれからマカオに降りる。着いたらホテルで社長が待っているから会ってもらうことになるぞ]
男の一人からそう説明されて、紫月らは少々驚いたように瞳を見開いた。
[マカオかよ……。香港じゃねえの?]
[社は香港だが、今回はマカオに行く。闇市に売り飛ばすのに都合がいいんでな]
ニヤニヤと薄ら笑いながら言う。
[女はともかく、お前たちの処遇も社長が決めるから。おとなしくついて来るんだ。いいな?]
[へいへい、了解でございますよ]
紫月が軽口で返し、一先ずは従うふりを通す傍らで、冰は少し前に張に捕らわれた時のことを思い出していた。
(マカオ――。まさかまたマカオに来ることになるなんて)
あの時も最初は驚いて、どうなることかと思ったが、周が一目散に捜しに乗り出してくれて助けに来てくれたのだ。
(はぁ……白龍。今頃どうしてるかな。きっとまた心配掛けてるんだよね、俺……)
元恋人だと名乗る女性のことも気に掛かる。本当だったら、もう明日には周と共に香港に発つはずだったのだ。同じ着陸の瞬間でも、あの逞しい肩に寄り掛かりながら一緒に窓から香港の景色を見るはずだった。そんなことを思えば、愛しさが募った。何だか所在なげで、すぐにもあの広い胸板に抱き締められたい――そんな気持ちだった。
◇ ◇ ◇
その頃、周の方でも朝を待っての出国の準備が整えられているところだった。
機内に持ち込む荷物をザッと見繕っていたが、冰が支度していたスーツケースを見つけて、胸を締め付けられる思いに陥った。
着替えの下着や靴下などが丁寧に畳まれてケース内にきちんと収まっている。髭剃りなども普段使い慣れているものが綺麗に仕分けされて詰め込まれている。スーツは皺や埃にならないようにとの配慮からか、一着ずつカバーがかけられているし、何より驚いたのはギフト用の品々がたくさん用意されていたことだった。
いつの間に揃えたのか、おそらくはファミリーたちへの土産品と思われる。両親や兄夫婦、主たる側近の者たちにまできちんと人数分が揃えられている。一等大きな包みは菓子折りだろうか。日本の老舗菓子店の日持ちするタイプの物らしく、箱数も多いことから、ファミリーの周囲で働く家令の者たちにも行き渡るようにと冰なりにいろいろと考えて購入したのだろう。それらひとつひとつを見つめていると、彼の温かい心遣いが隅々まで息づいているようで、ますますたまらない想いが募っていった。
本来ならば、この荷物を持って冰と共に朗らかな気分で出発していただろうことを思えば、言い様のない気持ちが胸を苦しくするのだった。
(待ってろ、冰――。すぐに迎えに行くからな)
冰が用意してくれていたスーツケースを携えながら、まるでそれが彼の分身であるとでもいうような心持ちで、周もまた愛しい恋人の面影を胸に汐留の邸を後にしたのだった。
一見したところ、特に暴力を受けたような痕跡は見当たらなかった。ただ、あまり顔色は良くないし、終始うつむき加減でいる。まあ、それも当然といえばそうか。これから連れて行かれるのは金を横領したという元いた会社なわけである。紫月が声を掛けても、返事すら返せないといったふうだった。
[俺たちはこれからマカオに降りる。着いたらホテルで社長が待っているから会ってもらうことになるぞ]
男の一人からそう説明されて、紫月らは少々驚いたように瞳を見開いた。
[マカオかよ……。香港じゃねえの?]
[社は香港だが、今回はマカオに行く。闇市に売り飛ばすのに都合がいいんでな]
ニヤニヤと薄ら笑いながら言う。
[女はともかく、お前たちの処遇も社長が決めるから。おとなしくついて来るんだ。いいな?]
[へいへい、了解でございますよ]
紫月が軽口で返し、一先ずは従うふりを通す傍らで、冰は少し前に張に捕らわれた時のことを思い出していた。
(マカオ――。まさかまたマカオに来ることになるなんて)
あの時も最初は驚いて、どうなることかと思ったが、周が一目散に捜しに乗り出してくれて助けに来てくれたのだ。
(はぁ……白龍。今頃どうしてるかな。きっとまた心配掛けてるんだよね、俺……)
元恋人だと名乗る女性のことも気に掛かる。本当だったら、もう明日には周と共に香港に発つはずだったのだ。同じ着陸の瞬間でも、あの逞しい肩に寄り掛かりながら一緒に窓から香港の景色を見るはずだった。そんなことを思えば、愛しさが募った。何だか所在なげで、すぐにもあの広い胸板に抱き締められたい――そんな気持ちだった。
◇ ◇ ◇
その頃、周の方でも朝を待っての出国の準備が整えられているところだった。
機内に持ち込む荷物をザッと見繕っていたが、冰が支度していたスーツケースを見つけて、胸を締め付けられる思いに陥った。
着替えの下着や靴下などが丁寧に畳まれてケース内にきちんと収まっている。髭剃りなども普段使い慣れているものが綺麗に仕分けされて詰め込まれている。スーツは皺や埃にならないようにとの配慮からか、一着ずつカバーがかけられているし、何より驚いたのはギフト用の品々がたくさん用意されていたことだった。
いつの間に揃えたのか、おそらくはファミリーたちへの土産品と思われる。両親や兄夫婦、主たる側近の者たちにまできちんと人数分が揃えられている。一等大きな包みは菓子折りだろうか。日本の老舗菓子店の日持ちするタイプの物らしく、箱数も多いことから、ファミリーの周囲で働く家令の者たちにも行き渡るようにと冰なりにいろいろと考えて購入したのだろう。それらひとつひとつを見つめていると、彼の温かい心遣いが隅々まで息づいているようで、ますますたまらない想いが募っていった。
本来ならば、この荷物を持って冰と共に朗らかな気分で出発していただろうことを思えば、言い様のない気持ちが胸を苦しくするのだった。
(待ってろ、冰――。すぐに迎えに行くからな)
冰が用意してくれていたスーツケースを携えながら、まるでそれが彼の分身であるとでもいうような心持ちで、周もまた愛しい恋人の面影を胸に汐留の邸を後にしたのだった。
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