225 / 1,212
恋敵
31
しおりを挟む
「唐静雨か――。正直なところ、名前を聞いただけじゃ最初は思い出せなかったが。その女は多分、俺の大学時代の後輩だ。取っていたゼミが一緒だったんだが、ちょうどその頃、顧問をしていた教授の昇進祝いをすることになってな。幹事として担当させられたのが俺と唐静雨だった。そういや、祝宴の会場手配や祝い品の買い出しなんかで何度か一緒に出掛けたことがあったかも知れん」
「かも知れんって……お前さんの記憶力も大したものだな」
鐘崎としては思わず嫌味が漏れるくらい呆れてしまうわけだが、当時の周の記憶にその程度しか残っていないとするならば、元恋人というのは単に女の思い込みか、あるいは都合のいい勘違いなのかも知れない。
「しかし、十年以上も経ってるってのに今頃になってこんな事態を引き起こしたってことは、どこかでお前さんと冰の婚約の噂でも耳にしたってところか。それで慌てて日本にまで会いにやってきたのかもな」
だとするならば、彼女にとっては学生時代の先輩後輩というだけはなさそうである。当時想いを寄せていた周の婚約を知って、焼け木杭に火がついたのかどうかまでは定かでないが、想いとしてはある程度真剣であるか、もしくは周当人が思いも及ばない根深さのようなものがあるのかも知れない。そうでなければ、周を飛び越えて一等最初に恋人である冰に会いに行くなど考えにくいからだ。彼に会って何を言ったか知らないが、少なからず冰が動揺するようなことであるのは想像に容易い。
とにかく周と鐘崎は、唐静雨という女の現在から過去までを調べに掛かることにした。
彼女が何故、突然日本にやって来て冰の前に姿を現したのか、卒業してからどういった仕事に就いて、暮し向きはどうだったのかなどを洗っていく。
「如何せん、機上じゃ調べるといってもたかが知れている。親父と源さんに調査を頼もう」
鐘崎が父親の僚一へと助力を頼むと、そう時を待たずして彼女の素性が明らかになってきた。さすがは各地に多大な情報網を持つ鐘崎の父親である。彼女が勤めていた会社を辞めて、この春から日本で暮らし始めていることや、以前の会社から大金の横領疑惑で追われているらしいことまでもが分かってきた。
「横領か。だとすると、あのレストランに現れた男たちはそれ絡みということか」
鐘崎は冷静に事の次第を分析していたが、周にとっては心穏やかというわけにはいかないようである。女が何故横領などという大それたことをしたのかということはともかく、何の関係もない冰と紫月が巻き込まれたという事実が腹立たしく思えてならないからだった。
「それよりも氷川、ちょっと不思議な現象が起こっているようだぞ。マカオの張からの報告では、冰と紫月は一緒に行動しているはずなんだが、GPSの位置がバラバラだ」
「どういうことだ」
「同じマカオに居ることに変わりはねえが、冰のGPSはホテルの中を示している。紫月のは街中を移動中だ」
「二人は別々に行動してるってのか? だが、ホテルを張ってくれている兄貴からの報告では、二人一緒にホテルを後にしたらしいということだったが」
兄の風がホテルに着いた時には、入れ違いで彼ららしき人物がロビーを出て行ったのをドアマンが覚えていたとのことだった。二人共元気な様子で、楽しそうに見えたことから、普通の観光客だと思ったそうだ。ただ、二人がえらく男前の顔立ちをしていたので、強く印象に残っていたらしい。
「かも知れんって……お前さんの記憶力も大したものだな」
鐘崎としては思わず嫌味が漏れるくらい呆れてしまうわけだが、当時の周の記憶にその程度しか残っていないとするならば、元恋人というのは単に女の思い込みか、あるいは都合のいい勘違いなのかも知れない。
「しかし、十年以上も経ってるってのに今頃になってこんな事態を引き起こしたってことは、どこかでお前さんと冰の婚約の噂でも耳にしたってところか。それで慌てて日本にまで会いにやってきたのかもな」
だとするならば、彼女にとっては学生時代の先輩後輩というだけはなさそうである。当時想いを寄せていた周の婚約を知って、焼け木杭に火がついたのかどうかまでは定かでないが、想いとしてはある程度真剣であるか、もしくは周当人が思いも及ばない根深さのようなものがあるのかも知れない。そうでなければ、周を飛び越えて一等最初に恋人である冰に会いに行くなど考えにくいからだ。彼に会って何を言ったか知らないが、少なからず冰が動揺するようなことであるのは想像に容易い。
とにかく周と鐘崎は、唐静雨という女の現在から過去までを調べに掛かることにした。
彼女が何故、突然日本にやって来て冰の前に姿を現したのか、卒業してからどういった仕事に就いて、暮し向きはどうだったのかなどを洗っていく。
「如何せん、機上じゃ調べるといってもたかが知れている。親父と源さんに調査を頼もう」
鐘崎が父親の僚一へと助力を頼むと、そう時を待たずして彼女の素性が明らかになってきた。さすがは各地に多大な情報網を持つ鐘崎の父親である。彼女が勤めていた会社を辞めて、この春から日本で暮らし始めていることや、以前の会社から大金の横領疑惑で追われているらしいことまでもが分かってきた。
「横領か。だとすると、あのレストランに現れた男たちはそれ絡みということか」
鐘崎は冷静に事の次第を分析していたが、周にとっては心穏やかというわけにはいかないようである。女が何故横領などという大それたことをしたのかということはともかく、何の関係もない冰と紫月が巻き込まれたという事実が腹立たしく思えてならないからだった。
「それよりも氷川、ちょっと不思議な現象が起こっているようだぞ。マカオの張からの報告では、冰と紫月は一緒に行動しているはずなんだが、GPSの位置がバラバラだ」
「どういうことだ」
「同じマカオに居ることに変わりはねえが、冰のGPSはホテルの中を示している。紫月のは街中を移動中だ」
「二人は別々に行動してるってのか? だが、ホテルを張ってくれている兄貴からの報告では、二人一緒にホテルを後にしたらしいということだったが」
兄の風がホテルに着いた時には、入れ違いで彼ららしき人物がロビーを出て行ったのをドアマンが覚えていたとのことだった。二人共元気な様子で、楽しそうに見えたことから、普通の観光客だと思ったそうだ。ただ、二人がえらく男前の顔立ちをしていたので、強く印象に残っていたらしい。
25
あなたにおすすめの小説
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる