極道恋事情

一園木蓮

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厄介な依頼人

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「…………」
「逆に――例えばあの男たちが割といいヤツらだったとして、今俺が言ったような悪どいことは微塵も考えていなかったとしたら、今度はあいつらの将来を傷付けることになるんだぜ? 警察が来て、しょっ引かれて、例え小さくても犯罪歴なんかついてみろ。人生これからっていう若い男の一生を狂わせちまうことだって有り得るんだ。こんなことは誰にとっても得になんかならねえ不幸せなことなんだぜ?」
 ここまで言われて、繭にもやっと事の重大さが想像できるようになったのだろうか、人生につまずいた男たちから恨みを買うかも知れないし、こんなことに巻き込みやがってと報復を受けるかも知れない。それ以前に、紫月が言ったようにもしも自分が彼らに暴力を振るわれたりしていたらと、その現場を思い描くだけでガクガクと全身に震えが走るようだった。
「金で何でも思い通りになると思うな。よく知りもしねえ他人を簡単に信じるんじゃねえ。そんでもって、もっとてめえを大事にしろ!」
「……ッう……」
 堪らずに、繭は泣き出してしまった。だが、それは単に叱られたからというわけではない。紫月が自分の為を思って真剣に言ってくれているというのが本能で分かったからだ。
 言葉じりも決して丁寧とは言えないし、初対面にしては荒い方だろう。だが、不思議と恐怖は感じられない。それどころか、ひどく温かく心のど真ん中に響いてくるようなのだ。繭は涙しながらも、一筋の光を求めるような面持ちで真っ直ぐに紫月を見上げた。まるで、長い間彷徨っていた暗闇からやっと出口を見つけたような視線が『本当は早くここから抜け出したいんだ』と訴えているかのようだ。
 紫月にもそんな彼女の心の内が伝わったのだろう。ふうと小さな溜め息をつくと、
「よっしゃ! 以上、説教は終了だ。これからはこんな危ねえマネは二度とするなよ? アンタ、まだまだ若くて将来があるお嬢さんなんだ。もっともっと自分を大事にするって約束してくれ」
 クイと長身の腰を屈めて、彼女の顔を覗き込みながら穏やかにそう言った。
「……ッ、ひ……っク」
 『ごめんなさい』とも『ありがとう』ともまったく言葉にならないながらも、紫月が本気で叱るほど心配してくれていることだけは繭にも充分過ぎるほど伝わったのだろう、うつむきながらもコクコクと頭を縦に振る様子を安堵の面持ちで見つめる紫月だった。
「それからじいちゃん、巻き込んじまって悪かったな。この通りだ! 勘弁してやってくれ」
 今度は川久保老人に向かって深々と頭を下げると、
「ほら、お嬢さん。あんたもじいちゃんに謝るんだ」
 繭の頭に手を掛けて、グイとお辞儀をさせるように促しながらそう言った。
「……!? あ……え、えっと……あ、あの……すみませんでした……」
 戸惑いながらも素直に頭を下げた様子に、「よし!」と微笑みながら繭の頭に添えていた大きな掌でクシャクシャっと髪を撫でた。
 驚いたのは繭だ。
 こんなことをしたのに、怒りもせずに笑い掛けてくれる。それより何より、撫でられた掌の感触が驚くほど温かくて、心の奥の奥からじんわりと言いようのない気持ちが湧き出るようなのだ。
 本当なら拒絶され、罵倒されて当然のことをしている。鐘崎への想いに対しても、責めるどころか本来は決して受け入れられるはずもない我が侭な言い分に怒りもせずに穏やかに聞く耳を傾けてくれた。真っ直ぐに目と目を合わせて理解しようとしてくれた。真剣に心配して、真剣に叱ってもくれた。今まで誰一人としてこんなふうに真っ向から向き合ってくれた人はいなかった。

 無意識の内に、またしても繭の頬に大粒の涙が伝わっていた。
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