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極道の姐
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「あなた……冰さんっていうのね」
「はい……。あの、あなた方を騙すような真似をして……ごめんなさい」
心底すまなさそうに頭を下げた冰に、静雨の方が驚かされてしまう。
「いいえ……! いいえ、アタシこそあんな大それたことをして……あなたと焔には謝っても謝り切れないわね……」
伏し目がちにうなだれた静雨の瞳には、今にも溢れんばかりの涙が浮かんでいた。
「焔は……どうしているかしら? 丸一日食事もさせてあげられなくて……ずっと縄で縛ったりして……具合を悪くしていなければいいけれど……」
「大丈夫です。少し休んだらすっかり快復したみたいで、今は元気ですよ」
穏やかに冰が言う。
「そう。良かった……。お兄様もご無事かしら?」
「ええ、お兄様の方ももうすっかりいつも通りです」
「良かった。……あなたにも迷惑を掛けてしまったわ……。焔は……きっとアタシを許さないわね」
諦めたように静雨が笑う。と、その時だった。冰を追い掛けて来たのか、周が姿を現したのだ。
「……焔……!」
長いストライドの堂々たる足取りで周が部屋へと入ってくる姿に静雨はビクりと肩を震わせた。
特には怒鳴るわけでもなければ険しい表情というわけでもない周を目の当たりにし、静雨は恐ろしくて顔さえ見られないといった具合でうつむいてしまった。
「冰、ここにいたのか。勝手にいなくなるから心配したぞ」
ちょっと目を離した隙に冰の姿が見えなくなったことで、心配した周が追い掛けて来たらしい。だが、周には彼がこの部屋に向かったのだろうと確信があったようだ。
心やさしい冰のことだ。自分たちをとんでもない目に遭わせたこんな女に対してでも、容体を気に掛けてしまうのは彼ならではなのだろう。静雨は居ても立っても居られずといった調子で謝罪の言葉を口にした。
「焔……ごめんなさい……アタシ、あなたにひどいことを……。あなただけじゃない。お兄様にもこの冰さんにも……迷惑を掛けて……。制裁は覚悟しているわ。ただ、その前に謝りたい……。本当にごめんなさい……」
周の顔を見ることもできないままで、静雨は身を縮めて謝罪を繰り返した。
「とんでもないことをしたのは分かっているわ……。許してくれなんて言えないけれど……あなたの気の済むようにして……。殺されても文句は言わない……それで許されるならアタシ……」
うつむいたままで肩を震わせ、周からの制裁を待つ。さすがに覚悟を決めているといった様子が見て取れた。
「俺一人ならお前をどうするもわけもねえがな。だが、この冰がそれを望まねえだろう」
周は「ふぅ」と小さな溜め息を落とすと、冰に向かって『沙汰はお前が決めろ』と目配せをしてみせた。冰もそんな周の寛大な気持ちに申し訳なさそうにしながらもうなずくと、静雨に向かって穏やかに言ったのだった。
「静雨さん、俺はあなたに……本当のあなたに戻って、ずっと元気でいて欲しいです。俺がこんなことを言うのは図々しいと思いますけど……本当に……元気で幸せでいて欲しいんです」
まさに冰の本心なのだろう。周への想いが叶わない時点で『幸せに』というのは酷なことだと分かっているし、だからといって自分自身も周の側を離れることはできない。そんな自分にあなたの幸せを願うなどと言うのはおこがましいと思っているのだろう様子が痛いほど分かる。そんな冰のやさしい心根が静雨にも充分に伝わったようだ。
「はい……。あの、あなた方を騙すような真似をして……ごめんなさい」
心底すまなさそうに頭を下げた冰に、静雨の方が驚かされてしまう。
「いいえ……! いいえ、アタシこそあんな大それたことをして……あなたと焔には謝っても謝り切れないわね……」
伏し目がちにうなだれた静雨の瞳には、今にも溢れんばかりの涙が浮かんでいた。
「焔は……どうしているかしら? 丸一日食事もさせてあげられなくて……ずっと縄で縛ったりして……具合を悪くしていなければいいけれど……」
「大丈夫です。少し休んだらすっかり快復したみたいで、今は元気ですよ」
穏やかに冰が言う。
「そう。良かった……。お兄様もご無事かしら?」
「ええ、お兄様の方ももうすっかりいつも通りです」
「良かった。……あなたにも迷惑を掛けてしまったわ……。焔は……きっとアタシを許さないわね」
諦めたように静雨が笑う。と、その時だった。冰を追い掛けて来たのか、周が姿を現したのだ。
「……焔……!」
長いストライドの堂々たる足取りで周が部屋へと入ってくる姿に静雨はビクりと肩を震わせた。
特には怒鳴るわけでもなければ険しい表情というわけでもない周を目の当たりにし、静雨は恐ろしくて顔さえ見られないといった具合でうつむいてしまった。
「冰、ここにいたのか。勝手にいなくなるから心配したぞ」
ちょっと目を離した隙に冰の姿が見えなくなったことで、心配した周が追い掛けて来たらしい。だが、周には彼がこの部屋に向かったのだろうと確信があったようだ。
心やさしい冰のことだ。自分たちをとんでもない目に遭わせたこんな女に対してでも、容体を気に掛けてしまうのは彼ならではなのだろう。静雨は居ても立っても居られずといった調子で謝罪の言葉を口にした。
「焔……ごめんなさい……アタシ、あなたにひどいことを……。あなただけじゃない。お兄様にもこの冰さんにも……迷惑を掛けて……。制裁は覚悟しているわ。ただ、その前に謝りたい……。本当にごめんなさい……」
周の顔を見ることもできないままで、静雨は身を縮めて謝罪を繰り返した。
「とんでもないことをしたのは分かっているわ……。許してくれなんて言えないけれど……あなたの気の済むようにして……。殺されても文句は言わない……それで許されるならアタシ……」
うつむいたままで肩を震わせ、周からの制裁を待つ。さすがに覚悟を決めているといった様子が見て取れた。
「俺一人ならお前をどうするもわけもねえがな。だが、この冰がそれを望まねえだろう」
周は「ふぅ」と小さな溜め息を落とすと、冰に向かって『沙汰はお前が決めろ』と目配せをしてみせた。冰もそんな周の寛大な気持ちに申し訳なさそうにしながらもうなずくと、静雨に向かって穏やかに言ったのだった。
「静雨さん、俺はあなたに……本当のあなたに戻って、ずっと元気でいて欲しいです。俺がこんなことを言うのは図々しいと思いますけど……本当に……元気で幸せでいて欲しいんです」
まさに冰の本心なのだろう。周への想いが叶わない時点で『幸せに』というのは酷なことだと分かっているし、だからといって自分自身も周の側を離れることはできない。そんな自分にあなたの幸せを願うなどと言うのはおこがましいと思っているのだろう様子が痛いほど分かる。そんな冰のやさしい心根が静雨にも充分に伝わったようだ。
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