極道恋事情

一園木蓮

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三千世界に極道の華

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「あんたはいったい誰なんだ。何故俺に良くしてくれる。もしかして……家族かなにかか?」
「家族? あら、いやだ。そうじゃないけれどね、アタシにとってもあなたが大事な人だっていうのは本当よ? 心配しないで。きっと思い出せる時が来るわ。それまではアタシを信じて、言った通りにしていてちょうだい。アタシなんかよりも、もっともっとずっとあなたを大事に思っている人たちが必ず助けてくれるから!」
 蓉子は毎晩息子の様子を見にやって来る僚一から、男遊郭の花魁をしている紅椿が息子の伴侶だということや、彼らが遊郭で働かされる為に外の世界からここへ拉致されてきたことなどを聞き及んでいたのだ。彼女自身は鐘崎よりも幾分年上ではあったが、日々世話を続ける内に弟ができたような感情が芽生えていったようだ。
「大丈夫。絶対に記憶を取り戻せると信じて、もう少し辛抱してちょうだい。今はとにかく体力をつけることが何より大事だわ」
 身体が良くなれば気力も湧いてくる。蓉子はそう信じて栄養のある根菜を使った消化の良いスープなどを自らこしらえては鐘崎に与え続けたのだった。
 そうしていよいよ桃の節句の祭りの日がやってきた。街を上げての花魁道中が催されるとのことで、見物客たちでいつも以上に賑わいを見せている大通りには華やかな桃の花が飾られ、芳しい香りで埋め尽くされていた。
「いよいよ今夜だわね」
 蓉子は僚一に言われた通りに花魁道中が催される時間になると、密かに鐘崎の手を取って邸の外へと連れ出した。敵がアジトにしている最端の祠から三浦屋のある大門の近くまで急ぎ足で小走りを続ける。
「おい、あんた……何処へ行こうってんだ……?」
 蓉子の介抱のお陰ですっかり体調を取り戻した鐘崎が不思議顔で訊く。
「ふふ、今宵は桃の祭りなの。この街きっての大掛かりな花魁道中が催されるわ。あなたの体調もだいぶ良くなってきたみたいだし、それを見物に行こうと思ってね。そりゃあ雅なんだから!」
 あなたもそれを見れば少しは気分が晴れるわと言って蓉子は笑ったが、内心はドキドキとしていて、祈るような心持ちでもあった。
 薬によって記憶を奪われたこの彼が生涯唯一無二として望んだ伴侶の花魁――紅椿の道中を目にするわけである。その姿を見ることで記憶が取り戻せればと切に願う。それと同時に、自分たちが邸から消えたことに敵が勘付かないわけもない。遅かれ早かれ追手が捜しにやって来るだろう。万一の時は桃の祭りを見物しに出ただけだと言ってごまかせと僚一にも言われていたが、はたして無法者の彼らが素直に聞き入れてくれるかは五分五分といったところだ。蓉子にとっても乾坤一擲の賭けに変わりはない。無事にこの彼が記憶を取り戻すことさえできれば道は開けるはずだ。蓉子はまさに神に祈る気持ちで大通りを急いだのだった。
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