極道恋事情

一園木蓮

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身代わりの罠

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 その後も何軒か店を回った後、そろそろ撤収するかということになった。
「楽しかったわ。また来ましょうね、あなた!」
 メビィは相変わらず鐘崎の腕にしがみついて離れない。
「そろそろ帰ろう。行程としては充分だろう」
 鐘崎がそう切り出したが、メビィはせっかくだからお茶をしていきましょうよと言い出した。
「行きたいお店があるの。丸の内だし、帰りがてら寄るにはちょうどいいと思うのよ」
 それに夫婦仲良くティータイムというシチュエーションを敵の監視係に見せておくのも必要だと言い張る。
「見張りの連中は……付いて来ているな」
 コソッと鄧に耳打ちすると、彼もまたそのようだと答えた。
「ええ。昨夜の会食の席には二人、今日は別の人間ですが、先程から二人見受けられますね」
 では仕方がない。確かに仲良くお茶をする場面も必要か。鐘崎は渋々ながらも賛同することにした。
 場所はグラン・エー近くのティールームだ。
「私、一度入ってみたいと思っていたのよ。紅茶の専門店なんですって」
 遼二さんは紅茶はお好きかしらと訊かれて、またもや腕にしがみつかれた。
「ご夫人、差し出がましいようですが、ここでは”遼二さん”はまずいですよ。クラウスとお呼びになられてくださいませ」
 にこやかながらもすかさず鄧が釘を刺す。
「あら、そうだったわね。ごめんなさい。つい……。じゃあ、”あなた”。これでいいかしら?」
 メビィはツンと唇を結びながらもそう言い直した。
 その後、三人で小一時間のティータイムを終えてからホテルへと戻ったのは、すっかり陽も落ちた夕食前の時間帯だった。
 特別室へと戻り、鄧が先に帰ると、メビィがまたしても面倒なことを言い出した。
「ねえ遼二さん。ああ、もう今はお部屋だからこの呼び方でいいわよね? これからディナーをどうかしら。外へ出るのがまずければ、ここのレストランで構わないわ。夫婦水入らずで食事っていうのも見せておく必要があるんじゃないかと思うんだけど」
 さすがにそこまでする必要もなかろう。
「ブライトナー夫妻はただでさえ会合当日までは慎重にしていなければならない身だ。それに会合に向けての準備もあるだろうし、クラウスの性格からしてあまり外へは出たがらないだろう。夜食はルームサービスの方が無難だ。粟津に連絡を入れておくから、夕食はこの部屋でとってくれ」
「遼二さんも一緒に食べていかれるわね?」
「いや。俺はまだ親父への報告なども残っているのでな。これで失礼する」
「あら、冷たいのね。残念だこと」
「言うまでもないと思うがこれは遊びじゃねえんだ。あまり浮かれていてはいざという時に支障が出る」
 断り文句ひとつ、邪険にしてもいけないしと気遣うのも疲れるところだが、鐘崎の言葉にメビィは渋顔ながらも納得したようだった。
「それもそうね。仕方ないわ。じゃあまた明日」
「明日の予定は医師会の案内で病院を視察することになっていたな。俺は朝九時にここへ来る。アンタも準備しておいてくれ」
「ええ。それじゃ」
「ああ。今日はご苦労だった」
 鐘崎にとって長い一日がようやくと終わったのだった。


◇    ◇    ◇


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