極道恋事情

一園木蓮

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春遠からじ

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 その日、汐留の周邸ではシェフが作ったという新作のスイーツを前に和やかな茶会が開かれていた。といっても客は鐘崎と紫月の二人のみ――。重い事件の後で彼らのことを気に掛けた周焔と冰が催したのだ。
 幸いにしてあの事件の後も紫月はこれまでと変わりのない様子でいたが、相反して鐘崎の中では自責や憤りといった様々な感情に苦しめられているようなところが見受けられ、表面上では何がどう変わったというわけではないものの、周も冰も少なからず心配していたわけだ。
「おわ、すっげー! めっちゃ綺麗なぁ!」
 これホントにケーキ? と言いながら紫月がマジマジとテーブルの上の菓子類を眺めては感嘆の声を上げている。
 イギリス風のアフタヌーンティーの食器類に並べられたケーキにはクリームで象られた様々な花が見事だ。
「薔薇に向日葵、この小ちゃい花がいーっぱいついてるのは……?」
「小手毬だそうですよ」
 ひとつひとつのケーキをしきじきと眺めながら大きな瞳をクリクリとさせている紫月に、冰がにこやかな笑顔で説明する。
「すっげえなぁ……。こんな細かい花をクリームで作っちゃうなんてなぁ」
「今回のケーキは生クリームじゃなくバタークリームっていうので作ったとか。少し固めのしっかりしたバターの質感でお花の形が綺麗に出せるんだそうです」
「ほええ、そうなんだ。こっちは紫陽花だべ? 桔梗に竜胆に――これは椿だ!」
「ええ、そうです。鐘崎さんと紫月さんをイメージしてね」
 チョコレートでコーティングされたスポンジの上にはバタークリームで彩られた鮮やかな紅椿が咲き誇っている。白椿の方の台は淡いピンク色で、ストロベリーチョコレートのコーティングだそうだ。
 周と冰の、二人を思うあたたかい気持ちが充分に込められたものだった。
「ふふ、このチョコレートのコーティングのところは俺と白龍も一緒に手伝ったんですよー」
「マジ? ふわぁ、すっげ綺麗にできてる。ありがとなぁ!」
「驚いたのは白龍がすっごく器用だったってことなんですよ! 俺なんかコーティングが固まるまでに上手く塗れなくて四苦八苦だったっていうのに、白龍は一発で綺麗に決めちゃうんですもん」
「ええー、マジかぁ。氷川って料理得意なん?」
「ええ、普段やらないだけで、何でもできちゃうんですから! 俺もびっくりしました」
 冰が大きな瞳をクリクリとさせながらそんなことを言う。
「ほう? 氷川が料理をな」
 少しの笑みを浮かべながらそんなふうに興味を示した鐘崎に、周と冰も心の中でホッと胸を撫で下ろした。
 こうして四人で顔を合わせていると、鐘崎の様子はこれまでと変わらないように思える。紫月の方は相変わらずで、あんな事件に遭った割には落ち込んでいるようでもないし、普段通り明るい笑顔も見せている。だが鐘崎にとっては全て自分のせいでああなったと責任を感じているようで、そんな思いが彼を苦しめているのではと、周りで見ている者たちにとってはついそんなふうに感じてしまうのだ。
 だからこそたまにはこういった時間を作ってやりたい。少しでも気分転換になればと思い、このような茶会を開いたわけだった。
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