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春遠からじ
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ゆっくりと旅の疲れを取り、次の日は太陽が高くなるまで各自の部屋で休んだ一行は、ブランチがてら星光大道沿いのカジュアルレストランに来ていた。李と劉は実家に里帰りし、真田はあゆみに会いに行ったので、今日は鄧と源次郎が四人のお付きで回ることとなった。
目の前には香港島と九龍島の挟む湾が広がっており、眺めも最高だ。直射日光は相変わらずに暑いが、湾を渡る海風が心地好い。
「実はな、このレストランは兄貴と義姉さんが初めてデートをした時に来た店なんだそうだ」
周が不適な笑みと共にそんな説明をする。
「ほええ、風兄ちゃんと美紅姉ちゃんの思い出の場所かぁ」
紫月が興味ありげに店内を見渡している。
「何でも兄貴はえらく晩生だったそうでな。その初デートも曹さんがお膳立てしてくれたんだとか」
「へええ、風兄ちゃん慎重派だったんだー?」
「そうらしいぞ。それまでは色恋に関しちゃまったく興味無えって感じだったのに、義姉さんを見て一目惚れしたんだと」
「マジ? へええ、その頃の馴れ初め話も聞きてえなぁ」
なあ遼、と紫月が隣の席の鐘崎を見やる。
「そうだな。風さんがどんなふうに打ち明けたのか興味があるな」
鐘崎も薄く笑みを見せながら穏やかな表情で相槌を打っている。まだ完全にとはいかないものの、少しずつ彼の心が癒されているのだろうことが窺えた。
「義姉さんはここから少し行った繁華街のステージバーで歌い手をしていたそうなんだがな。その店の前で流れていた義姉さんの映像を観て、兄貴が一目惚れしちまったらしい。その直後に偶然チンピラに絡まれてたところを助けたとかで、一気に夢中になったらしいぞ。その時も曹さんが一緒だったそうでな」
曹来は風の側近であり、周ファミリーの専任弁護士でもあるから、風の気持ちを悟った彼がすぐに美紅の住所などを調べてくれたのだそうだ。
「そんなわけで兄貴は曹さんに頭が上がらんらしい」
周がおどけた口ぶりでそんなことを言うと、一気に場が湧いた。
昼食後は近くの芸術館に立ち寄り、すっかり真夏の暑さを凌いだ一同は星光大道を散歩しがてらオープンカフェで喉を潤すことにした。周と鐘崎、それに鄧と源次郎はアイスコーヒー、紫月と冰はアイスクリームが乗ったソーダ水にご機嫌だ。パラソルの付いたテーブルでティータイムを楽しんでいると、珍しい相手に遭遇して、一同は驚かされてしまうこととなった。
何と、そこにはアイスティー片手に隣の席へと腰を下ろそうとしているエージェントのメビィがいたからだ。
「え――?」
「あれえ、メビィちゃんじゃねえの!」
互いに瞳を大きく見開いては驚き顔でいる。
「すっげ偶然! こんなトコで会うなんてさ」
相変わらず真っ向親しげに話し掛けたのは紫月だ。メビィの方もまさかの偶然によほど驚いている様子だった。
「紫月さん! 皆さん! ご無沙汰しています。まさか香港で皆さんに会うなんて!」
「メビィちゃんは? 一人?」
彼女の側に連れは見当たらない。
「ええ、アタシは今やっと休憩で出てきたところなの。すぐそこのホテルでウチのチームと一緒に任務中よ」
「そうだったのかぁ。お疲れさん!」
「紫月さんたちは? お仕事?」
「いんや、俺らは休暇さ」
彼女は一人のようだし、どうせならこっちの席に来ないかということになり、メビィと共に茶をすることになった。
目の前には香港島と九龍島の挟む湾が広がっており、眺めも最高だ。直射日光は相変わらずに暑いが、湾を渡る海風が心地好い。
「実はな、このレストランは兄貴と義姉さんが初めてデートをした時に来た店なんだそうだ」
周が不適な笑みと共にそんな説明をする。
「ほええ、風兄ちゃんと美紅姉ちゃんの思い出の場所かぁ」
紫月が興味ありげに店内を見渡している。
「何でも兄貴はえらく晩生だったそうでな。その初デートも曹さんがお膳立てしてくれたんだとか」
「へええ、風兄ちゃん慎重派だったんだー?」
「そうらしいぞ。それまでは色恋に関しちゃまったく興味無えって感じだったのに、義姉さんを見て一目惚れしたんだと」
「マジ? へええ、その頃の馴れ初め話も聞きてえなぁ」
なあ遼、と紫月が隣の席の鐘崎を見やる。
「そうだな。風さんがどんなふうに打ち明けたのか興味があるな」
鐘崎も薄く笑みを見せながら穏やかな表情で相槌を打っている。まだ完全にとはいかないものの、少しずつ彼の心が癒されているのだろうことが窺えた。
「義姉さんはここから少し行った繁華街のステージバーで歌い手をしていたそうなんだがな。その店の前で流れていた義姉さんの映像を観て、兄貴が一目惚れしちまったらしい。その直後に偶然チンピラに絡まれてたところを助けたとかで、一気に夢中になったらしいぞ。その時も曹さんが一緒だったそうでな」
曹来は風の側近であり、周ファミリーの専任弁護士でもあるから、風の気持ちを悟った彼がすぐに美紅の住所などを調べてくれたのだそうだ。
「そんなわけで兄貴は曹さんに頭が上がらんらしい」
周がおどけた口ぶりでそんなことを言うと、一気に場が湧いた。
昼食後は近くの芸術館に立ち寄り、すっかり真夏の暑さを凌いだ一同は星光大道を散歩しがてらオープンカフェで喉を潤すことにした。周と鐘崎、それに鄧と源次郎はアイスコーヒー、紫月と冰はアイスクリームが乗ったソーダ水にご機嫌だ。パラソルの付いたテーブルでティータイムを楽しんでいると、珍しい相手に遭遇して、一同は驚かされてしまうこととなった。
何と、そこにはアイスティー片手に隣の席へと腰を下ろそうとしているエージェントのメビィがいたからだ。
「え――?」
「あれえ、メビィちゃんじゃねえの!」
互いに瞳を大きく見開いては驚き顔でいる。
「すっげ偶然! こんなトコで会うなんてさ」
相変わらず真っ向親しげに話し掛けたのは紫月だ。メビィの方もまさかの偶然によほど驚いている様子だった。
「紫月さん! 皆さん! ご無沙汰しています。まさか香港で皆さんに会うなんて!」
「メビィちゃんは? 一人?」
彼女の側に連れは見当たらない。
「ええ、アタシは今やっと休憩で出てきたところなの。すぐそこのホテルでウチのチームと一緒に任務中よ」
「そうだったのかぁ。お疲れさん!」
「紫月さんたちは? お仕事?」
「いんや、俺らは休暇さ」
彼女は一人のようだし、どうせならこっちの席に来ないかということになり、メビィと共に茶をすることになった。
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