極道恋事情

一園木蓮

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春遠からじ

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「あら、もうこんな時間! そろそろ行かなくちゃ!」
 手元の時計を見やりながらメビィは立ち上がり、『そうだわ』と言って閃いたように瞳を見開いた。
 そのままちょっと待っててと言い残し、一旦仕事場にしているホテルへと駆け戻ると、しばらくして息を切らしながら戻って来た。彼女の後方からはチームのメンバーだろうか、エージェントらしき男が小学生くらいの子供の手を引いてついてくる。
「ね、あなたたち今回はバカンスだって言ってたわね? だったら引き受けてくれないかしら」
 そう言って子供を紹介してよこした。
「この子は王子涵ワン ズーハン君、年は十歳よ。今うちのチームが引き受けてる事件が落着するまで預かってる子なんだけど――あなたたちが面倒見てくれないかしら?」
 三日もすれば依頼は片付くと思うからそれまででいいわと言って彼女は笑った。
「いや、ちょっと待て――。預かるったって……」
「俺たちゃ休暇で――」
 周と鐘崎が顔を見合わせるも、メビィは既にその気だ。
「いいじゃない、どうせ休暇でヒマしてるんでしょう? それにね――」
 鐘崎に耳打ちするように小声になると、
「あなたにとってもちょっといい経験になるかも!」
 そう言ってウィンクしてよこした。
「いい経験って――」
「この子ね、ちょっと気難しい子なの。悪い子じゃないんだけど、とにかく大人を信用していないっていうか、誰のことも受け入れないっていうか。何か心に鍵が掛かっちゃってるっていう感じなのかな。そんなところが遼二さんに似ている気がするの」
 心理学者ならではの見解なのか、なんとも自信ありげだ。三日でいい、共に過ごす中であなたにもこの子にも何かきっかけが掴めるかも知れないわと言って、メビィは笑った。
「お願い!」
「――ま、仕方ねえ。そんじゃ置いてけ」
 肩をすくめつつもそう言ったのは周だった。先程のカウンセリングで世話になったことだし、極道の世界ではそれに対して礼を重んじるのは確かに大事だ。周に続いて皆が承諾すると、メビィはよろしくねと言って子供を預けていった。
 その後ろ姿を見やりながら一番最初に声を掛けたのも周だった。
「おい、坊主。俺は周焔だ。お前さんは三日間俺たちと過ごすことになった。いいな?」
 すると子供はビクッとしたようにおずおずながらも素直にうなずいてみせた。
 陽が傾き出して湾の波間をキラキラと照らしている。
「夕飯の前に一旦ホテルに戻るか」
 預かった子供の着替えなど荷物もあることだしと、一同は宿泊先のホテルへ帰ることにした。
 フロントで鍵をもらい、エレベーターで最上階へと向かう。周と鐘崎の部屋はペントハウスのコーナースイート、隣り合わせだ。源次郎らは同じ階の隣接した――こちらもスイートタイプの部屋である。
「さて――と。部屋を決めにゃならんな」
 周は子供を見下ろしながら訊いた。
「坊主、お前の好きな部屋を選べ」
 皆でそれぞれの部屋の前に立ってどこでもいいぞと言う。
「……部屋」
「ああ。お前さんの過ごす部屋だ。誰と一緒がいい? 遠慮せずに好きなところを選べ」
 子涵ズーハンという少年は戸惑いながらも大人たちを見渡すと、冰と紫月を指差してみせた。
「このお兄さんたちのところ……」
 子供といえども目は確かだ。瞬時に一番人畜無害な冰と紫月を選ぶあたりは感心させられてしまう。
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