1,012 / 1,212
身勝手な愛
1
しおりを挟む
汐留、午後九時――、ラグジュアリーと言われているホテルのバーだ。
「しかし変わられましたね、焔老板も。すっかり企業人になってしまわれていて驚いた――」
カラカラとスコッチのグラスを弄びながら男が苦笑する。香港マフィア頭領の次男坊で今は東京の汐留にて大手商社を経営している周焔についての話題だ。
男の対面ではその周焔側近の李狼珠が感情の見えない無表情でバーボンを傾けていた。
「――褒め言葉と受け取っておく」
仮にも侮蔑の意味で言ったのなら容赦しないぞという意味だ。
「何もそういきり立つことはないでしょう。悪い意味で言ったわけじゃありませんよ。あなたも相変わらずですね、李さん」
決して怒っているというわけではなかろうが、どうもこの李という男は感情の起伏が見えにくい。まるでそう言いたげに男は肩をすくめてみせた。
男の名は郭芳、元は香港の周ファミリーに与していたことのある――李からすればいわば昔の同胞だ。とはいえ郭芳がファミリーにいたのはほんの数年で、同胞と思っているのは彼のみかも知れない。
「他人のことよりお前さんの方はどうなのだ。確かモデル業一本で生きてみたいからヨーロッパに渡ると言って組織を抜けたと記憶しているが」
そうなのだ。この男、郭芳は元々香港にいた頃から見目の良い容姿を買われて、表向きはモデルとして芸能事務所に在籍しながら社交界で情報収集に当たるというお役目を授かっていたという経緯の持ち主である。主には李同様、周焔の管轄下に置かれていた男である。
ところがそのお役目でやっていたはずのモデルという職業が性に合ったとかで、本格的に世界の檜舞台で勝負してみたいだなどと身勝手な理由からファミリーを抜けたのだった。――が、思ったようにうだつが上がらず、モデル業はほんの一年ほどでリタイア、ヨーロッパを出て以降は東南アジアに渡ったらしい。
「本来だったら到底許されまい我が侭だ。それをボスが寛容なお心でお赦しくださったのだ。他の組織では有り得んことではあるな」
無表情のままで李が言う。いわば嫌味である。男はバツの悪そうに苦笑いを繰り返してみせた。
「まあそう苛めないでくださいよ。私だって単なる身勝手でファミリーを去ったわけじゃない。モデルを隠れ蓑に情報収集するのなら、香港という小さな枠にとらわれず世界の舞台でより貴重な情報をファミリーに提供したいと思ったからです」
今でもファミリーのことは何より敬服しているのだと彼は言った。
「しかし変わられましたね、焔老板も。すっかり企業人になってしまわれていて驚いた――」
カラカラとスコッチのグラスを弄びながら男が苦笑する。香港マフィア頭領の次男坊で今は東京の汐留にて大手商社を経営している周焔についての話題だ。
男の対面ではその周焔側近の李狼珠が感情の見えない無表情でバーボンを傾けていた。
「――褒め言葉と受け取っておく」
仮にも侮蔑の意味で言ったのなら容赦しないぞという意味だ。
「何もそういきり立つことはないでしょう。悪い意味で言ったわけじゃありませんよ。あなたも相変わらずですね、李さん」
決して怒っているというわけではなかろうが、どうもこの李という男は感情の起伏が見えにくい。まるでそう言いたげに男は肩をすくめてみせた。
男の名は郭芳、元は香港の周ファミリーに与していたことのある――李からすればいわば昔の同胞だ。とはいえ郭芳がファミリーにいたのはほんの数年で、同胞と思っているのは彼のみかも知れない。
「他人のことよりお前さんの方はどうなのだ。確かモデル業一本で生きてみたいからヨーロッパに渡ると言って組織を抜けたと記憶しているが」
そうなのだ。この男、郭芳は元々香港にいた頃から見目の良い容姿を買われて、表向きはモデルとして芸能事務所に在籍しながら社交界で情報収集に当たるというお役目を授かっていたという経緯の持ち主である。主には李同様、周焔の管轄下に置かれていた男である。
ところがそのお役目でやっていたはずのモデルという職業が性に合ったとかで、本格的に世界の檜舞台で勝負してみたいだなどと身勝手な理由からファミリーを抜けたのだった。――が、思ったようにうだつが上がらず、モデル業はほんの一年ほどでリタイア、ヨーロッパを出て以降は東南アジアに渡ったらしい。
「本来だったら到底許されまい我が侭だ。それをボスが寛容なお心でお赦しくださったのだ。他の組織では有り得んことではあるな」
無表情のままで李が言う。いわば嫌味である。男はバツの悪そうに苦笑いを繰り返してみせた。
「まあそう苛めないでくださいよ。私だって単なる身勝手でファミリーを去ったわけじゃない。モデルを隠れ蓑に情報収集するのなら、香港という小さな枠にとらわれず世界の舞台でより貴重な情報をファミリーに提供したいと思ったからです」
今でもファミリーのことは何より敬服しているのだと彼は言った。
19
あなたにおすすめの小説
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる