21 / 60
4. Allure
Allure 2話
しおりを挟む
あの夜以来、店で顔を会わせても極力普通に接してきたつもりだが、それが想像以上に疲れるということに気付いたのはここ最近だ。裏を返せばそれほど彼を意識しているという現実を突き付けられるようでもあって、疲労困ぱいの日々が情けない。そんな男を自宅に送るなどというのは、本来以ての外なのだ。
彼の部屋へ行けば、少なからずあの夜のような状況になることも否定できないし、仮にそうならなかったとしたら、意外や期待外れに感じてしまうかも知れない。波濤にとっては、どちらにしても気が進まないに変わりはなかった。
一体自分はどうしたいというのだろう。
先程からの彼の言動ひとつを取ってみても、あの夜から何ら変わらない好意をありありと感じるのも確かだ。
からかい半分、悪戯まじりの言葉が耳に心地よい。『お前が心配してくれんならもっと元気が出ちまう』などと言われれば、少なからず頬が染まる。心が躍る。
受け入れたいのか突き放したいのか解らない。
あの夜、告白への返事として、『お前とはいい同僚でいたい。それ以上にも以下にもなりたくない』と言ってはみたものの、こうして誘われれば心が躍るような気持ちになるのが非常に厄介だ。
考えれば考えるほど気が滅入るとばかりに、波濤は深い溜息を漏らしながら、飛んでいく窓の景色を見つめていた。
◇ ◇ ◇
「荷物、ここでいいのかよ?」
まだ若干足元がふらついているような素振りでリビングへと向かう龍の後ろを付いて、紙袋を両手に抱えながらそう訊いた。すると彼は満足そうにこちらを振り返って笑い、上着を脱ぎ捨てソファへと身を投げ出した。
「波濤……来いよ」
両腕を広げて手招く。まるでそのまま抱き締めてやると言わんばかりの仕草で微笑まれて、思わずドキリと胸が鳴る――。
見上げてくる瞳は、酔いも手伝ってか図らずも淫らだ。何ともいえない色香に身体の中心が掬われるように熱くなる。ついふらふらと、差し出された腕の中へと包まってしまいたくなる――。
知らずの内にうっとりと彼を見つめていることに気付き、波濤はハッと我に返った。
「た、戯けたこと言ってねえで……それより何か飲むモンとかいるか? 水でも持ってきてやろっか?」
視線を泳がせながらそう訊けば、龍はそんな態度が可笑しいとでもいうように、楽しげに頬をゆるめては微笑った。
「そんじゃ貰うか、水」
そう言って思い切りノビをする。そんな様子を横目にしながら、肩をすくめる派手なゼスチャーで胸の高鳴りをごまかすと、波濤はいそいそキッチンへと向かった。
初めて立ち入る彼のプライベート空間――他人の家の台所を覗くのはちょっと興味をそそられるものだ。灯りを点ければ、予想の他きちんと片付けられているのに驚かされた。
綺麗にしているというよりは殆ど使われていないのか、生活感がまるでないのがかえって龍らしい。何だか微笑ましいような気分にさせられる。
とにかくは言われた通りに水を持ってリビングへと戻ると、龍は先程のタクシーの車内と同じように、どっかりとソファの背にもたれてまぶたを閉じていた。
やはり疲れているのだろうか、気持ちのよさそうに軽い寝息まで立てている。
飲み過ぎたというのも半ば本当のことなのだろう――そう思いながらテーブルにグラスを置いて隣へと腰掛けた。
寝入っている彼を見ていると、自然と笑みがこぼれるような安堵感を覚える。今ならばずっと見つめていても誰の目も気にしなくていいのだ。この龍自身に冷やかされることもなければ、同僚らに余計な勘ぐりをされることもない。まるで自分だけのもののように思えて、気持ちが温まる。思わずこの大きな胸に頬を寄せて、身も心も重ねてしまいたくなる――。
「……龍」
無意識に手を伸ばし、彼の髪に触れようとした瞬間に、ビクリと指先が震えた。
(そうだ、こんなことを望める立場じゃないんだった……。夢を見たりしてはいけないんだ)
波濤は寂しげな苦笑いを漏らすと、気を取り直して声を掛けた。
「龍、風邪引くぜ? 寝るんならちゃんとベッド行った方がいんじゃね? ここで寝ちまうんなら、毛布とか何か掛けるモン持ってくるけど……」
そう言って覗き込んだ拍子にスクッと瞳が開かれて、波濤は思わず仰け反るくらいに驚かされてしまった。
「ちょっ……てめ、狸寝入りかよッ!?」
「んな、白々しいことするか。お前が声掛けてくれるまではマジで寝てた。一瞬だけどな」
龍は楽しそうに言うと、未だ少しだるそうに身を起こして、『サンキュ』と、テーブルの上の水を口にした。
「しかし今日は疲れた。ハロウィンなんたらとかいうイベント、あんなの毎年やってんのか?」
年に数回はあるという、似たようなイベントをこなしてきたお前はすげえなといった調子で見つめられて、返答に困らされる。
水を飲み終えたと思いきや、色気もそっけも全くない調子で、再びノビをして深くソファに背を預ける。あまりのマイペースぶりに、今までの緊張がバカらしく思えてしまった。
またいつぞやの夜のように、よからぬ雰囲気にでもなったらどうしようだなどと、わずかにでも思ったことが癪にさえ感じられる。
一気に気が削がれたとでもいおうか、ドッと疲れが押し寄せてくるようだった。
だが緊張が解けたことで、心地よいだるさを感じるのも悪くない気がして、つられるように波濤もまたソファへと背を預けた。
彼の部屋へ行けば、少なからずあの夜のような状況になることも否定できないし、仮にそうならなかったとしたら、意外や期待外れに感じてしまうかも知れない。波濤にとっては、どちらにしても気が進まないに変わりはなかった。
一体自分はどうしたいというのだろう。
先程からの彼の言動ひとつを取ってみても、あの夜から何ら変わらない好意をありありと感じるのも確かだ。
からかい半分、悪戯まじりの言葉が耳に心地よい。『お前が心配してくれんならもっと元気が出ちまう』などと言われれば、少なからず頬が染まる。心が躍る。
受け入れたいのか突き放したいのか解らない。
あの夜、告白への返事として、『お前とはいい同僚でいたい。それ以上にも以下にもなりたくない』と言ってはみたものの、こうして誘われれば心が躍るような気持ちになるのが非常に厄介だ。
考えれば考えるほど気が滅入るとばかりに、波濤は深い溜息を漏らしながら、飛んでいく窓の景色を見つめていた。
◇ ◇ ◇
「荷物、ここでいいのかよ?」
まだ若干足元がふらついているような素振りでリビングへと向かう龍の後ろを付いて、紙袋を両手に抱えながらそう訊いた。すると彼は満足そうにこちらを振り返って笑い、上着を脱ぎ捨てソファへと身を投げ出した。
「波濤……来いよ」
両腕を広げて手招く。まるでそのまま抱き締めてやると言わんばかりの仕草で微笑まれて、思わずドキリと胸が鳴る――。
見上げてくる瞳は、酔いも手伝ってか図らずも淫らだ。何ともいえない色香に身体の中心が掬われるように熱くなる。ついふらふらと、差し出された腕の中へと包まってしまいたくなる――。
知らずの内にうっとりと彼を見つめていることに気付き、波濤はハッと我に返った。
「た、戯けたこと言ってねえで……それより何か飲むモンとかいるか? 水でも持ってきてやろっか?」
視線を泳がせながらそう訊けば、龍はそんな態度が可笑しいとでもいうように、楽しげに頬をゆるめては微笑った。
「そんじゃ貰うか、水」
そう言って思い切りノビをする。そんな様子を横目にしながら、肩をすくめる派手なゼスチャーで胸の高鳴りをごまかすと、波濤はいそいそキッチンへと向かった。
初めて立ち入る彼のプライベート空間――他人の家の台所を覗くのはちょっと興味をそそられるものだ。灯りを点ければ、予想の他きちんと片付けられているのに驚かされた。
綺麗にしているというよりは殆ど使われていないのか、生活感がまるでないのがかえって龍らしい。何だか微笑ましいような気分にさせられる。
とにかくは言われた通りに水を持ってリビングへと戻ると、龍は先程のタクシーの車内と同じように、どっかりとソファの背にもたれてまぶたを閉じていた。
やはり疲れているのだろうか、気持ちのよさそうに軽い寝息まで立てている。
飲み過ぎたというのも半ば本当のことなのだろう――そう思いながらテーブルにグラスを置いて隣へと腰掛けた。
寝入っている彼を見ていると、自然と笑みがこぼれるような安堵感を覚える。今ならばずっと見つめていても誰の目も気にしなくていいのだ。この龍自身に冷やかされることもなければ、同僚らに余計な勘ぐりをされることもない。まるで自分だけのもののように思えて、気持ちが温まる。思わずこの大きな胸に頬を寄せて、身も心も重ねてしまいたくなる――。
「……龍」
無意識に手を伸ばし、彼の髪に触れようとした瞬間に、ビクリと指先が震えた。
(そうだ、こんなことを望める立場じゃないんだった……。夢を見たりしてはいけないんだ)
波濤は寂しげな苦笑いを漏らすと、気を取り直して声を掛けた。
「龍、風邪引くぜ? 寝るんならちゃんとベッド行った方がいんじゃね? ここで寝ちまうんなら、毛布とか何か掛けるモン持ってくるけど……」
そう言って覗き込んだ拍子にスクッと瞳が開かれて、波濤は思わず仰け反るくらいに驚かされてしまった。
「ちょっ……てめ、狸寝入りかよッ!?」
「んな、白々しいことするか。お前が声掛けてくれるまではマジで寝てた。一瞬だけどな」
龍は楽しそうに言うと、未だ少しだるそうに身を起こして、『サンキュ』と、テーブルの上の水を口にした。
「しかし今日は疲れた。ハロウィンなんたらとかいうイベント、あんなの毎年やってんのか?」
年に数回はあるという、似たようなイベントをこなしてきたお前はすげえなといった調子で見つめられて、返答に困らされる。
水を飲み終えたと思いきや、色気もそっけも全くない調子で、再びノビをして深くソファに背を預ける。あまりのマイペースぶりに、今までの緊張がバカらしく思えてしまった。
またいつぞやの夜のように、よからぬ雰囲気にでもなったらどうしようだなどと、わずかにでも思ったことが癪にさえ感じられる。
一気に気が削がれたとでもいおうか、ドッと疲れが押し寄せてくるようだった。
だが緊張が解けたことで、心地よいだるさを感じるのも悪くない気がして、つられるように波濤もまたソファへと背を預けた。
3
あなたにおすすめの小説
借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる
水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。
「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」
過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。
ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。
孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。
【完結済】極上アルファを嵌めた俺の話
降魔 鬼灯
BL
ピアニスト志望の悠理は子供の頃、仲の良かったアルファの東郷司にコンクールで敗北した。
両親を早くに亡くしその借金の返済が迫っている悠理にとって未成年最後のこのコンクールの賞金を得る事がラストチャンスだった。
しかし、司に敗北した悠理ははオメガ専用の娼館にいくより他なくなってしまう。
コンサート入賞者を招いたパーティーで司に想い人がいることを知った悠理は地味な自分がオメガだとバレていない事を利用して司を嵌めて慰謝料を奪おうと計画するが……。
交際0日婚の溺愛事情
江多之折(エタノール)
BL
死にたくはない。でも、生きたくもない。ふらふらと彷徨う根無し草は、世界の怖さを知っている。救いの手は、選ばれた者にだけ差し伸べられることも知っている。
だから緩やかに終わりを探して生きていた。
──たった数回の鬼ごっこを経験するまでは。
誠実すぎて怖い人は、4回目の顔合わせで僕の夫となる。
そんな怖がりな男と誠実な男の、結婚生活の始まり。
■現実だけど現実じゃない、そんな気持ちで読んでください。
■家庭に関してトラウマを抱えている方は読まない方が良いと思います。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。
【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】
彩華
BL
俺の名前は水野圭。年は25。
自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで)
だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。
凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!
凄い! 店員もイケメン!
と、実は穴場? な店を見つけたわけで。
(今度からこの店で弁当を買おう)
浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……?
「胃袋掴みたいなぁ」
その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。
******
そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています
お気軽にコメント頂けると嬉しいです
■表紙お借りしました
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?
krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」
突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。
なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!?
全力すれ違いラブコメファンタジーBL!
支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。
【完結】言えない言葉
未希かずは(Miki)
BL
双子の弟・水瀬碧依は、明るい兄・翼と比べられ、自信がない引っ込み思案な大学生。
同じゼミの気さくで眩しい如月大和に密かに恋するが、話しかける勇気はない。
ある日、碧依は兄になりすまし、本屋のバイトで大和に近づく大胆な計画を立てる。
兄の笑顔で大和と心を通わせる碧依だが、嘘の自分に葛藤し……。
すれ違いを経て本当の想いを伝える、切なく甘い青春BLストーリー。
第1回青春BLカップ参加作品です。
1章 「出会い」が長くなってしまったので、前後編に分けました。
2章、3章も長くなってしまって、分けました。碧依の恋心を丁寧に書き直しました。(2025/9/2 18:40)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる