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6. Red Zone
Red Zone 6話
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今までは当たり前のように見流せてきたことだ。
ホストという仕事柄、大して気にならなかった客とのやり取りが、こうも目につくようになるなどとは思ってもみなかった。
というよりは、実際こんな気持ちにさせられるとは思わなかったというのが近いだろうか。とにかく客と接する彼はやはり”男”なのであって、その肩に甘えて寄り掛かる女の存在などを目の当たりにすれば、ごく当然のことが不思議にさえ思えてくる。何とも言い難い気分だった。
何も知らない彼女ら――つまりは波濤と自分の現在の関係を知る由もない客たちにしてみれば、少なからず好意を持って彼を指名し、その胸に甘えるのだろう。例えば昨夜のように自身の腕の中でめちゃくちゃにし、我が物顔で抱いたとしても、それは変わらない事実なのだ。
解ってはいるが、何だかそんな現実が憂鬱に感じられてならなかった。
波濤という男が自分だけのもののようでもあり、全く別の、何の関係もない他人のような気もする。
酷く切ない気がしていた。
手に取れるようでいて取れないような、欲しくて仕方ないのにいらないような、そんな奇妙な気分だった。嫉妬――と、ひと言で括ってしまうには何かが違うようで足りないようで、何とも曖昧な気分だった。
そんな気重のままに呆然と時間を過ごした閉店間近、自身の客を送り終えた店頭に立ち、このまま店に戻るのも気が進まずに、龍は裏階段へと足を向けた。頭を冷やす為というわけじゃないが、一服でもしていこう――そう思って胸ポケットの煙草に手を伸ばした、その時だった。
「ごめんなさいね、こんなところに呼び出して……でもちょっとだけ……二人っきりになりたかったの……」
「いいよ、俺もアユミさんと二人っきりになりたかった。ちゃんと礼を言いたくって……」
聞き慣れたその声に、龍はハッと身を潜めた。波涛の声だ。
傍には常連の女だろうか、フロアーを抜けてこんな裏階段なんかで何をしているのだろう、などとは訊かずとも大方の想像はつく。悪いとは思ったが、おいそれと動くわけにもいかずに、龍はその場にじっと伏せながら無意識に聞き耳を立ててしまった。
「やめて……それ以上言わないで……」
「アユミさん?」
「だってお礼だなんて……どうせさっきのこと……なんでしょう? ボトル入れてくれてありがとう、なんて言われたら悲しいわ」
「違うよ、そのことだけじゃない。今日は俺、調子悪くってヘタかましっ放しだったのに、アユミさん何も訊かねえで一緒に笑っててくれたじゃん? せっかく来てくれてるのにノリ悪くって申し訳ねえってずっと気になってた。でもそんな俺のこと、責めもしねえで楽しいって顔で笑ってくれた。それがすっげえうれしくって……だからちゃんと礼を言いたかったんだ。本当にありがとう、アユミさん」
「ヤダ、波濤ったら……」
今、二人がどんな表情で、どんな思いでいるのか、おおよそ検討がついた。生真面目な波濤の真剣そうな言葉は本物なのだろう、対する客の彼女もそれに似合いの性質の良さが滲み出ているようで、龍は何とも居たたまれない気持ちに陥ってしまった。
「実はね、私と入れ違いに帰った女の子があなたにアフター断られちゃったって言っているのが聞こえてしまったの。お友達にでも電話していたのかしら? 予定が潰れたから今夜泊めて欲しいって携帯片手にそう言っていたわ。あの子、いつもあなたを指名してるから顔を覚えていて……あなたが約束をキャンセルするなんてよっぽどの理由があるんじゃないかって思ったのよ? もしかしたら具合でも悪いんじゃないかって……そうしたら案の定、元気なさそうな顔してるんだもん。心配したのよ?」
「そっか、それでアユミさん……ホントにごめんね。今日は皆に迷惑かけ通しだな、俺……」
「いいのよ。でも大丈夫? 具合悪いって……風邪でも引いちゃった?」
「ん、大したことねえんだ。ちょっと熱っぽいだけで」
「そう、じゃあ大事にしなきゃだめね?」
甘い囁きと後ろ髪を引かれるような、か細い声が交差する。仄かに香ってくる香水の匂いは波濤のものなのか、彼女のものか、それらが混ざり合ったようなものが風に乗ってここまで届いた。
ホストという仕事柄、大して気にならなかった客とのやり取りが、こうも目につくようになるなどとは思ってもみなかった。
というよりは、実際こんな気持ちにさせられるとは思わなかったというのが近いだろうか。とにかく客と接する彼はやはり”男”なのであって、その肩に甘えて寄り掛かる女の存在などを目の当たりにすれば、ごく当然のことが不思議にさえ思えてくる。何とも言い難い気分だった。
何も知らない彼女ら――つまりは波濤と自分の現在の関係を知る由もない客たちにしてみれば、少なからず好意を持って彼を指名し、その胸に甘えるのだろう。例えば昨夜のように自身の腕の中でめちゃくちゃにし、我が物顔で抱いたとしても、それは変わらない事実なのだ。
解ってはいるが、何だかそんな現実が憂鬱に感じられてならなかった。
波濤という男が自分だけのもののようでもあり、全く別の、何の関係もない他人のような気もする。
酷く切ない気がしていた。
手に取れるようでいて取れないような、欲しくて仕方ないのにいらないような、そんな奇妙な気分だった。嫉妬――と、ひと言で括ってしまうには何かが違うようで足りないようで、何とも曖昧な気分だった。
そんな気重のままに呆然と時間を過ごした閉店間近、自身の客を送り終えた店頭に立ち、このまま店に戻るのも気が進まずに、龍は裏階段へと足を向けた。頭を冷やす為というわけじゃないが、一服でもしていこう――そう思って胸ポケットの煙草に手を伸ばした、その時だった。
「ごめんなさいね、こんなところに呼び出して……でもちょっとだけ……二人っきりになりたかったの……」
「いいよ、俺もアユミさんと二人っきりになりたかった。ちゃんと礼を言いたくって……」
聞き慣れたその声に、龍はハッと身を潜めた。波涛の声だ。
傍には常連の女だろうか、フロアーを抜けてこんな裏階段なんかで何をしているのだろう、などとは訊かずとも大方の想像はつく。悪いとは思ったが、おいそれと動くわけにもいかずに、龍はその場にじっと伏せながら無意識に聞き耳を立ててしまった。
「やめて……それ以上言わないで……」
「アユミさん?」
「だってお礼だなんて……どうせさっきのこと……なんでしょう? ボトル入れてくれてありがとう、なんて言われたら悲しいわ」
「違うよ、そのことだけじゃない。今日は俺、調子悪くってヘタかましっ放しだったのに、アユミさん何も訊かねえで一緒に笑っててくれたじゃん? せっかく来てくれてるのにノリ悪くって申し訳ねえってずっと気になってた。でもそんな俺のこと、責めもしねえで楽しいって顔で笑ってくれた。それがすっげえうれしくって……だからちゃんと礼を言いたかったんだ。本当にありがとう、アユミさん」
「ヤダ、波濤ったら……」
今、二人がどんな表情で、どんな思いでいるのか、おおよそ検討がついた。生真面目な波濤の真剣そうな言葉は本物なのだろう、対する客の彼女もそれに似合いの性質の良さが滲み出ているようで、龍は何とも居たたまれない気持ちに陥ってしまった。
「実はね、私と入れ違いに帰った女の子があなたにアフター断られちゃったって言っているのが聞こえてしまったの。お友達にでも電話していたのかしら? 予定が潰れたから今夜泊めて欲しいって携帯片手にそう言っていたわ。あの子、いつもあなたを指名してるから顔を覚えていて……あなたが約束をキャンセルするなんてよっぽどの理由があるんじゃないかって思ったのよ? もしかしたら具合でも悪いんじゃないかって……そうしたら案の定、元気なさそうな顔してるんだもん。心配したのよ?」
「そっか、それでアユミさん……ホントにごめんね。今日は皆に迷惑かけ通しだな、俺……」
「いいのよ。でも大丈夫? 具合悪いって……風邪でも引いちゃった?」
「ん、大したことねえんだ。ちょっと熱っぽいだけで」
「そう、じゃあ大事にしなきゃだめね?」
甘い囁きと後ろ髪を引かれるような、か細い声が交差する。仄かに香ってくる香水の匂いは波濤のものなのか、彼女のものか、それらが混ざり合ったようなものが風に乗ってここまで届いた。
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